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第8話 猶予

 最終学年の冬は、在院生にとって変動の時期だ。  一部の生徒は、卒院資格を得ると早々に騎士団の門を叩き、配属されていく。  少しでも早く現場に出て、より早く足場固めをするためだ。  反対に、特に成績の優秀な者は、最後の授業まで受けて、ゆっくり卒院する。  学べる時期に、学べるだけのことを吸収するために。 「来週また二人出てくってさ。どんどん減るなあ」  ハネスが書類を整えながら、あくびまじりにボヤいた。  この寮は、比較的成績の優秀な者が集められていたけれど、  それでも、この時期になるとちらほらと退寮していく者が出始めていた。 「騎士科の最後の授業は、後方支援とか人材管理とかだろ。  現場方になりたいなら、別にいいんじゃないか」  魔法騎士科でも、残すは専門科目ばかりなので、  もう半数が卒院予定を決めていた。  グエンも、あとわずかの科目しか残っていない。 「俺、後方支援取りたかったのになあ」    ハネスがぼやく。  確かに、この男はゆくゆく幹部候補だろうから、そうした学問を学んでいるのは強みになりそうだ。  だけど、魔法騎士科のホープは、とにかく先生方から引く手数多で、  雑事に追われて他科の授業を取っている暇はなさそうだった。  今も、目尻に浮いた涙をこすりつつ書類に向き合っているので、見かねて手伝ってやっている。 「教科書読むか?」  背後から声をかけられて、思わず背筋が伸びた。 「お、ジェスー。ジェスとってるの?読みたい!」  ハネスが顔を上げて、のほほんと笑った。  その前に分厚い本が置かれて、明後日の授業で使うから、返せよ。とジェスの声が降ってくる。  この科目をとっているということは、ジェスはあとまだ数ヶ月は院にいる。  未練たらしくもそんなことを計算している自分に気づき、思わず教科書から顔を背けた。  マイカとの番い交渉は、顔合わせの日からぴったり三ヶ月後に行われることになった。  その頃には最後の科目の試験も終わり始める。  この三人でこうしてなんとなく顔を合わせられるのも、その頃までだ。 「……グエン、どうした?」  その声に顔を向けると、ジェスがこちらを覗き込んでいた。  思わずのけぞって、首を振る。  そのグエンの動きに、ジェスはぷっと吹き出して、体を起こした。 「何ぼーっとしてんだよ。らしくないな」 「ああ……。授業減って暇になるし、何やろうかなって考えてて……」  しどろもどろに言うと、腕を掴まれた。  ハネスだ。 「暇って言った?」 「言ってない」  思わず返す。  じわっと背中に汗をかいた。  まずった。 「言った。退寮者の立ち会い頼む」 「……言ってないって……」  こちらを見上げるハネスの目に、強く返すことはできなかった。 「……グエン、俺も付き合うよ」 「ジェスは神だな!」  ハネスの言葉に、お前もだよ。  そう思って、口にはできなかった。 「マドック、お前もう退寮するのか?授業残ってたろ?」  結局ジェスと二人で引き受けた退寮者の立ち会いは、翌週の半ばに一人、週末にもう一人となった。  これに毎回立ち会わされるのだとしたら、卒院年の寮監の忙しさは目も当てられないところだが、  本当なら翌年の寮監と分担するものらしい。  ハネスが珍しく忙しさをコントロールできなかったわけだ。   「ああ、ちょっと事情があって……。入団する前に一回家に帰るんだ」  マドックは魔法騎士科の生徒で、グエンと同じ貴族の出身だ。  グエンは次男、マドックは三男。  ただし次兄が病弱だと言うから、扱いはほとんどグエンと同じだろう。 「あー……、もしかして……」 「まあね」  肩をすくめて首を傾げたマドックの様子に、妻を迎えるのだろうな、と感じた。  それで、わずかばかりの間妻と過ごして、騎士として家を離れる。  うまく仕込めればひとまず役目の一つは果たしたことになる。 「そりゃ、おめでとう」 「ああ」  言葉少なに祝いを告げる。  別段好いた相手と言うわけではないんだろうな、と思う。    マドックは毎日真面目に通っていて、外との連絡を頻繁にとっている様子もなかった。  ――ハネスの手伝いで書簡の配布などを請け負っていた限りでは。 「お前は?」  荷物をまとめたマドックに聞かれて、軽く首を振る。  兄夫婦には近く子が生まれる予定で、  いずれ家の事情も変わっていくだろうとは思っていた。  それでも父には、当面は専念させてほしいと伝えて、一応の承諾を得ていた。  窓際でカーテンなどのリネンを回収していたジェスが、  顔をしかめながら近寄ってきた。  頭の上にうっすら毛ぼこりが見える。 「なんの祝いだ?なんかいいことあったのか?」  のんきに言うジェスに手を伸ばして、頭についたほこりをつまんでやる。  カーテンも引き取って、外へと促した。 「埃だらけだぞ。外で払ってこいよ。」 「――え、まじで」  廊下へと手で促して、それからカーテンをカゴに押し込んだ。  なんとなく、マドックとの話も聞かせたくなかった。 「あとやっとくから、埃はらったら報告しといてくれるか」 「おう。――あ、マドック、おめでとな?」  そう言うと、ジェスは足早に廊下を駆けていった。  その背中を少しだけ見送って、室内に向き直る。  マドックと目があって、軽く眉を上げられた。 「お前も、早く踏ん切りつけろよ」  何に対してのセリフだったかは、わからないけれど。 「――ああ。そうだな……」  受け取った鍵で、空になった部屋の扉を閉じて。  マドックが、何をこの部屋に置いていったのか、少しだけ思いを馳せてみた。  

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