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第15話 重たい
なんとか背中も拭って、
――脇腹から腰にかけて拭った時に、ジェスの腰がよじれたのが、やたらとなまめかしく見えてしまったことを除けば、何事もなく。
あとは自分で、と差し出した布を受け取る手が少し震えていて、
グエンは観念して、乾いた布でジェスの背中から丁寧に水気を取ってやった。
もちろん、――脇の下も、首の後ろ、あの自分だけが見つけてしまった小さなほくろの場所も。
体を拭き終えたジェスがこちらを向いた時、
その手から濡れた布を奪って、乾いた布を持たせたのは、
ジェスのためだったのか、自分のためだったのか。
とにかく、上半身をさっぱりさせて、清潔な服に着替えさせることには成功した。
体を起こしている間に、少しずつ正気を取り戻したのか、
ジェスの目つきには芯が戻ってきて、
グエンの姿をぼおっと追いかけることはなくなっていた。
――よかった。
このままずっとジェスの目線に追いかけられたら、
いつか、何かしでかしてしまうところだった。
「――グエン、……悪い。これ外してくれるか」
「ん、なに……」
体を拭いた布をすすいで干していると、ジェスの躊躇いがちな声に呼ばれた。
何の気なしに振り返った先にいたのは、寝巻きの下衣を鼠蹊部までずらして、
片結びになってしまった下履きの紐を指差すジェスの姿だった。
――――――。
「――ああ……、うん……」
干した布の両端を丁寧に整えて、ピンと張ってから、ジェスに近寄る。
気まずげなジェスの顔に、否応なしに緊張が高まった。
寝台の横から、体をかがめて指を伸ばし、
その向きでは手元が暗くなることに気がついた。
片足の靴を脱いで寝台に乗り上げ、ジェスの脚に沿うように座って、もう一度指を伸ばす。
目線の向こう、下までボタンの止められていない上衣から、へそが見えていた。
「――悪い。……汗で、固くなってて……」
「……ああ」
服の隙間から見えるへそから、なんとか視線を剥がして、
余計なところに触れてしまわないように、慎重に手を伸ばす。
指先が結び目に触れた。
固く締まったそこを、両手の指先でつまんで、両側に向けて引っ張る。
ボタンを外すのにも苦労するくらいだ。
これは、無理なんだろう。
小さな音を立てて、爪が空を切った。
「っあ、」
もう一度。
爪をかけ直したところで、ノックの音が響いた。
再び爪が空を切った。
「……ジェス、――グエン……?」
ドアノブが回る音と、控えめな声。
ハネスだった。
「――待て、ハネス」
部屋の入り口には衝立がある。
こちらは見えていないだろうが、思わず静止した。
「着替え中だから、ちょっと待て」
「あー、ごめん。出直そうか」
ジェスが小さく首を振って、グエンはまた声を上げた。
「いや、すぐ済む。ちょっと待て」
それから、もう一度結び目に集中して、次こそは解くことができた。
「ジェス、あと他いいか?自分でできるな?」
「ああ。――助かった」
それで、靴を履き直して立ち上がり、衝立を回って入り口へと向かった。
「グエン。ジェス平気?」
扉から顔を覗かせたハネスに、軽く首を振る。
「熱はまだ高い。今汗かいてたから着替えさせてるとこ」
その言葉にハネスが少し首を傾げ、扉から手のひらを差し出した。
「洗濯物、あるなら持ってくぜ。あと、なんか食うか?」
「助かる。ジェスになんか食えるか聞いてくる」
頷いて一歩下がると、ハネスが苦笑して手のひらをひらひらと振った。
「ばぁか、お前の分もだよ。飯まだだろ?」
「――ああ、……ありがとう」
ほら、洗濯物。と促されて、踵を返す。
衝立を回り込んで、目の前の光景に足を止めて、目を閉じた。
――何も。……見なかった。
「グエン、もういい」
声をかけられて、息ができるようになった。
知らぬ間に、息を止めていた。
「――あ」
目を開けて、暖炉の火に照らされるジェスを見た。
寝台の脇に立ち、脱いだ衣類を手に取る姿を。
ただ、そこに立っているだけなのに。
さっきまであれほど近かった体が、まっすぐに立っている。それだけで、
吹き返した息が止まるくらい、美しく見えた。
「グエンー、持ってきたから開けてー」
ハネスの声に、交換したシーツを手にして立ち上がる。
シーツはジェスの汗を含んで重く、ずっしりと存在感があった。
「開ける」
声をかけて、扉を開ける。
扉を開けた先に、トレイを両手で持つハネスがいた。
体をそらして中へいざない、グエンはシーツを持って外に出た。
「え、グエンどこ行くの?俺持ってくから食いな」
気づいたハネスに言われて、軽く首を振る。
今は、少しだけでいいから、外に出たかった。
冷静になりたかった。
「ついでに体流してくる。少し任せられるか」
「いいぜ、行ってこい」
ジェスに何も言わずに出てしまったことは少し気になったが、
もう、限界を超えていた。
手にしたシーツでさえ、今は重たすぎた。
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