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第16話 どうしようもなく

 汗を流して、頭から湯をかぶって、それから少し、外の風にあたった。  湯を使う人の少ない時間帯で、よかった。  男ばかりの寮、そうした状態で湯を使うことも、珍しくはない。  気づいた者はいたかもしれないけれど、誰もみてみぬふりをしてくれていた。 「入っていいか」  ノックをして声をかけると、中からハネスが応えた。  扉を開けて、足を踏み入れると、そこは少し様子が変わっていた。 「――え、これ……」 「どうせお前夜じゅういるつもりだろ。俺はまた出なきゃいけないから、俺の代わりにこいつを置いてくよ」  それは、今朝絶賛したばかりの寝椅子だった。 「こんな重いの、どうやって……。あ」 「そ、重力魔法。お前も取れば?」  重力魔法も、専門性の高い上級魔法だ。  簡単に言うけれど、物理学の得意でない自分にうまく扱える気はしなかった。  だけど、今日みたいな時、自分一人では何もできなかったことは、少しやるせなかった。 「……ああ、まあ、暇だしな……」  まだ乾ききっていない頭をかきながら室内に入る。  ハネスに目線で促され、夕飯の用意に気がついた。 「俺そろそろいくから。なんかあったら事務に声かけろよ」 「助かった」  そうして肩を叩かれ、ハネスを見送る。  温められた室内の空気に、薪のはねる音だけが響いていた。 「……座って、食えば」  ハネスを見送ったままの姿勢で突っ立っていると、ジェスの低い声に背中を叩かれた。 「――ああ、うん」 「それ」  振り返ると、ジェスが寝椅子を目線で示して、言った。 「それで、……寝た、のか?」 「ああ……、っふ」  持ち主を差し置いて、昨日はグエンが独占してしまった。  そのことを思い出して笑うと、ジェスは顔を俯けて、粥の残りを口に運んだ。 「……そ、か」  その様子に、なんとなく拗ねた空気を感じて、首を傾げる。 「お前も後で寝てみろよ。めちゃくちゃ気持ちいいから」 「――はっ?……あ」  ぱっと顔を上げてしかめ面をしたジェスは、  寝椅子の背に触れるグエンを見て、何かに気づいたように声を上げ、口元を押さえた。 「ん?」  粥の器が、空になっていた。  寝台に歩み寄って、ジェスの背中に触れる。 「――っ」 「あ、ごめん」  ぴくりと震えたジェスの膝で、器が傾いて、匙がこぼれ落ちそうになった。  慌てて手を伸ばして取り押さえる。 「ごめん、驚かせた。――な、食いすぎて気持ち悪いとか……」  覗き込んだ顔は赤く、潤んだ目と、食後の唇は色づいていて、  合わせた目を離せなかった。 「――熱、上がってないか」  小さく首を振るジェスに、ゆっくりと手を伸ばす。  驚かせないように。  手の甲で頬に触れ、手のひらを返して、頬を包むように触れ直す。  おずおずと手のひらに頬を預ける様子に、胸が高まった。  今日のジェスは、どうしようもなく無防備で、  ――かわいい。  小さくため息をついて、髪の毛をかき上げてやる。  汗は乾き始めていて、それでも少ししっとりとしていた。 「頭拭いてやるよ。そしたら、寝な」 「……ん」  ――熱のせいだ。  引き寄せたい腕をこらえて、でも、名残惜しく髪の毛を指ですいて、手を離す。  受け止めた器を持ち上げてトレイに戻し、それから乾いた布を手にする。  片方の靴を脱ぎ、寝台の頭側に乗り上げて、  後ろからジェスの頭に布をかけてやると、勢い余って顔にまでかかってしまった。 「わ――、おい」 「っふは、――わりぃ」  顔の布を外して、そのまま肩を引き寄せる。  頭を支えて、ゆっくりともたれさせた。 「楽にしてろ」  太腿に頭を乗せて、布の上から両手で揉み込むように汗を拭ってやる。  はじめのうちは目線をうろつかせていたジェスも、しばらくすると気持ちよさそうに目を細めて、グエンを見上げてきた。  ――しょうがないことだ。  いやらしい目で見てしまうのも、  頼られるとかわいいと思ってしまうのも、  体が触れるとうれしく思うことも。  ジェスのことが、好きだから。  心根も、いつのまにか、その顔も、その体も。  ジェスの手が、いつのまにか頭の下に敷いたグエンの脚に触れていた。  膝のところ、寝巻きの布を指先で掴んでいた。  ――そんなところも含めて。  全部、好きなんだと思った。  どうしようもなく。  

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