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第18話 置いていくもの
結局、それからしばらくの間ジェスとくっついていて、
様子を見に来たハネスに、大の男二人で使ったらヘタるだろうが!という、
よくわからない叱責と共に起こされた。
――正直、助かった。
ジェスの熱はずいぶん下がり、昨晩のことを思うとかなりさっぱりした顔つきで水を飲み、食事をとった。
「今日は休めよ」
「――ああ……」
忠告に、少しばかり不服そうにするので、寝椅子の背もたれに背中を預けて、軽くため息をついてみせる。
「教官が、あとで指導だって言ってたぞ。
――巡回のあと、体冷えたまま帰ってきたろ」
かちゃ、と食器の音がして、ジェスの動揺を小さく伝えた。
――いつも、驚いても驚かないんだもんな。
心のうちを見せてもらえないことを、少しだけ寂しく思う。
だけど、そういう自制心の強いところも、グエンの心を惹く一面でもあった。
だからこそ、あの晩のジェスの言葉に、逆らえなかった。
――ディッカーになった姿を、見たい。そのジェスの願いに。
「……ああ」
それでも、顔を俯けて少し気まずそうに頷くので、
見習いに出ていたことを伏せられていたことは、許してやることにした。
あの甘いにおいは、巡回中についたものだ。
――きっと。
「しっかり叱られてこい。心配かけさせんなよ」
「……ああ、――憂鬱だ……」
「ふ、ははっ」
思わず声が出て笑ってしまって、
ますます項垂れた友のために、果物を剥いてやることにした。
朝の光は柔らかく、室内をやさしく映し出していた。
「先輩、これはどうすればよろしいですか」
「――ああ、これはね……」
ジェスがすっかり回復して、教官からしっかりご指導をいただいてからしばらく後、
ハネスの後任がようやく決まり、この日は退寮手続きの引き継ぎが行われていた。
ハネスは後輩二人に指導するので忙しく、実際の立ち会いはグエンが代行してやっていた。
ジェスは巡回のために外出しており不在だった。
カーテンを吊るすレールに溜まった埃を拭い取ってから、丁寧にカーテンを外す。
窓の外は薄暗く雲が垂れ込めており、今にも雨が落ちてきそうだった。
「ハーウッド、結局寮監でもないのに、まあまあ寮監の仕事やらされてたな」
この日の退寮者、ビートの言葉に、軽く笑って答える。
「教官の覚えは良くなるし、たまにはご褒美もある。悪くなかったぜ」
しかし、ビートは肩をすくめて言った。
「お前は別に教官の覚えを良くする必要ないだろ。成績優秀で、家柄もいい。
ハネスみたいに将来の下地作りする必要もないんだし」
つまり、グエンが無駄にいい子ちゃんだったと言いたいらしい。
グエンが、いい子ちゃんを演じていたことは、否定はしない。
だが、何一つ無駄なことはなかった。
そう感じている。
外したカーテンをかごに詰めて、腰を上げる。
それから、口の端を歪めて、笑ってみせた。
「誰が何したくてそこにいるかなんて、そいつにしかわかんねえだろ」
ジェスが、毎週外出していた理由だって、
グエンが、必死で成績をキープして、首席組とつるんでいた理由だって。
表からは見えない理由が、あるかもしれないのだ。
ビートは、やや鼻白んであごを引き、それから、苦々しい様子でハネスの方を眺めた。
「――お前らみたいなのが、何でもかんでもできちまうと、
……俺たちみたいなのは、何したって追いつけねえよ……」
ビートは、奨学金を受け取りながら通う、数少ない生徒だった。
それほど裕福ではない庶民の家庭で育ち、奨学生として通う傍ら、
夜間は騎士見習いとして近隣の騎士団で長く勤めていた。
ジェスのような短期の見習いではない。
もう、丸三年。
苦労して、努力してきたことを知っている。
「お前は、向こうから請われて任官するんだろ。認めてもらってるじゃねえか」
「――中央じゃないし。俺は……、ディッカーの素質も認められなかった」
言いながら、ビートは鍵を取り出した。
手にしたその鍵を見つめて、それから室内をもう一度見回した。
軽く息をはいて、肩をおろす。
何か、ビートも、この部屋に置いていくものがあったのだと、わかった。
「……本当に欲しいものが手に入らなきゃ、意味ねえよ」
ぽつりとそう言い捨てて、鍵をグエンに手渡したビートが、
何を想ってそんなことを言っていたのか。
その時は、知るよしもなかった。
ただ、手渡された鍵が、なぜか、いつもよりずっと重く感じられた。
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