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第19話 熾火
ビートを見送って門を後にしようとして、頬に冷たいものを感じて空を見上げた。
「――雨」
この冬は普段より少し暖かいのか、雪ではなくて雨が降ることが多かった。
雪ならまだしも、雨はどんどんと服に染み込んで、体温を奪ってしまう。
空をぐるりと眺めて、それからグエンは今度こそ寮に向かって歩き始めた。
「グエン、助かった。奢るから少し外に飲みに行かないか?」
引き継ぎを終えたらしいハネスとかちあって、ぐいとジョッキを呷る仕草をされる。
これから雨足が強まりそうな空模様の下、街に出る気にはなれない。
軽く眉を上げて、ハネスに答える。
「やめとくよ。雨降ってきたし」
「えっ、マジで。じゃあ俺もやめとこう。ギリギリもつかと思ったのに」
残念そうな顔をして肩をすくめたハネスと共に、階段を登る。
寮監と、各科の首席だけに与えられる、少し特別な居室。
他の生徒たちの部屋から少し離れたそのエリアには、ハネス、グエン、それから首席のハネスが寮監なので、繰り上がりで次席のジェスの居室しかない。
ここを獲得するために、どれだけ努力したことか。
それでもハネスには勝てなくて、ハネスが引き受けなければ、自分が寮監をやるつもりでいた。
先ほどのビートの顔を思い浮かべて、少し口元を歪める。
不純な動機が出発点でも、努力は努力で、成果は成果だ。
この努力や打算を、汚いことだとも、ずるいことだとも感じなかった。
ただ、努力しても叶わないことは、誰にだってある。
それだけだ。
扉の前でハネスと別れて、自室の扉を開ける。
窓から見る空はますます雨足を強めていて、今日も不在の隣人の顔を思い浮かべた。
どうしてか、無防備に熱い頬を寄せられた手のひらの感触まで思い出して、強く手を握りしめる。
――また、体調を崩してほしくないだけだ。
自室の暖炉に火を入れ、読みかけの本を手に取る。
長椅子に腰掛けて本の文字を追った。
しばらくしてハネスに呼ばれて食堂に降り、二人、ゆっくりと食事をした。
自室に戻ると起こしておいた火は落ち着き、炭は静かに赤く息づいていた。
自室を出て、ジェスの部屋の扉をノックする。
不在だということはわかっていた。
ただ、形式上の礼儀として。
自室の暖炉から熾火を火皿に移し、ジェスの部屋の暖炉へそっと分ける。
細い薪を組んで火を育てると、机の紙に短く書き置きを残した。
暖炉に火を入れておいたこと。
体を冷やさないようにということ。
巡回任務の労い。
デスクの上にそっと置いて、ジェスの部屋を後にした。
グエンが眠る頃になっても、雨はまだ続いていた。
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