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第22話 願い
すっかり暗くなった街に足を踏み出す。
辺りの店からは暖かい色の光が溢れ、人々は身を寄せ合いながら行き交っていた。
「――グエン?」
後ろから声をかけられて、その声に思わず足を止める。
まさか、という思いのまま振り向いて、なぜか直視できなかった。
「ジェス……、巡回か?」
振り向いた先、制服姿のジェス。
見たかったと願っていたのに、なぜか気まずくて。
「ああ。でも、今日はもう終わりなんだ。
お前は、何か買い物?」
ジェスが目線を巡らせるのを、腕を掴んで自分の方へ向けさせた。
何が気まずいのかわからなかったけれど、何をしてきたのか、知られたくなかった。
「ああ。――じゃあ、一緒に戻ろうぜ。飯は?」
「まだ。腹減った」
その言葉に、笑ってみせる。
「屋台飯買って帰ろうぜ。食ってみたかったんだ。奢るよ」
それで、ジェスも笑い返してくれた。
ジェスの指が伸びて、グエンの顎の下、襟巻きをつつく。
「似合ってるぜ」
「そ、あ、……うん」
冷たい外の空気に、頬が赤くなっていた。
二人で連れ立って市場方面へと足を向け、ふと、見知った顔に足を止めた。
「どうした?」
「あ?ああ……、あれ」
道向かいの花屋で、小さな花束を受け取るビートと、そばに女性が一人。
「へえ、……やるじゃん」
ジェスも気づいたようで、そちらを見やった。
「恋人かな?――あれ、あの子」
どこか見覚えのある顔に、記憶の中を探ってみる。
女性の知り合いは多くない。
だからすぐに思い出せそうだったのだが、記憶の中に網にかかる人物はいなかった。
「知り合い?」
「かと思ったけど、思い出せなかった。気のせいかな」
言いながら、ジェスがグエンから二人を隠すようにして立ち位置を変えたのに気がついた。
「え、何?」
「んー、俺らに見られたら気まずいだろ」
そう言って、ジェスはあごで道行を示した。
――まあね。
自分も。
今、この時間を誰かに邪魔されたりはしたくない。
二人、足早にその場を立ち去った。
買い込んだ夕飯は、グエンの部屋で食べることにした。
出がけに、暖炉に火を入れておいたからだ。
小さく崩しておいたから、今もまだ小さく燃え続け、ほんのりと部屋を暖めているはずだ。
ジェスに制服を着替えるよう伝えて、先に自室に戻る。
荷物を置いてすぐ、テーブルの上に放った封書と、それから管理課からの通達をまとめて引き出しにしまった。
襟巻きを外していると、扉がノックされる。
「どうぞ、……ジェス?」
扉の向こうから顔を出したのはジェスで、まだ制服のままだった。
「どうした?」
何かあったのかと問いかけると、ジェスは室内に顔を突っ込んで、それからグエンに向き直って言った。
「寒いからこっちで着替えさせて」
「――は……あ?」
多分。
相当間抜けな顔をしていたけれど。
「前も部屋あっためといてくれただろ」
そう言われると返す言葉もなくて、ジェスを部屋へ迎え入れた。
封書を、先に片付けておいて、よかった。
ジェスを暖炉の前に誘って、それから自分も外套から袖を抜く。
ごく自然に、脱いだ外套をジェスに受け取られて、そのままジャケットまで脱がされてしまった。
「手伝わなくていいよ……」
「したいからしてんだよ。お前だって慣れてるだろ?どこにかけとく?」
確かに。
着替えを誰かに手伝わせることには慣れているけれど、
メイドたちはこんなに自己主張は強くない。
とはいえ、そんな問答をジェスとするつもりはなかった。
にこやかなジェスの手から外套を受け取り、クローゼットの扉にかける。
ジャケットも同じようにした。
なんとなく、手伝ってもらったお返しのようなつもりで、グエンもジェスの制服に手をかける。
いつもとは逆の立ち位置だ。
そう思いながら、ジェスの剣帯を背中側から緩め、肩当てのバックルも外してやる。
外した装備をテーブルに並べていると、肩から、何か暖かいものに覆われた。
それは、まだ体温の残る、ジェスの制服。
「え、なに、」
「なあ、それ、着てみろよ」
振り返ると、上の制服を脱いだジェスが、ベルトのバックルを外していた。
「――っだめだろ、騎士団の制服だぞ。何考えてんだ」
慌てて肩から制服をおろすと、ジェスは軽く笑って答えた。
「俺とお前しかいないんだから、いいだろ。――ああ」
ジェスは、何かに気づいたように体の向きを変えると、部屋の扉の鍵をかけた。
「――これでいいだろ?な、着てみろって」
――いいわけないだろ……!
そういう間にも、ジェスは下の制服を脱ぎ始め、
――アレも自分に着ろというつもりなのか、
グエンはジェスから目を背けて、制服で視界を覆うようにして、袖を通した。
バサリと音を立てて袖を通したグエンに、ジェスが「おお」と感嘆を漏らし、
それから、制服に残った体温に、いたたまれない気持ちになった。
「こっち向けよ、前留めてやるから」
――無理だ。
「――っ、下、履けよ!」
思わず大きな声が出て、その声に、ジェスが軽く眉を上げた。
ごまかすように、もう一度口を開く。
「――また、風邪引くだろ……」
「――うん、そうだな」
ジェスが部屋着に履き替えるのを横目に、――見ないようにして、
自分は、下の制服を履くために、履いていたものを脱いだ。
結局、ジェスの頼みなら、聞いてやりたくなってしまうのだから、しょうがなかった。
「――なあこれ」
わかっていたことではあるけれど。
制服を履きながら、ジェスにボヤく。
「絶対でかいぞ、俺には」
腰まで上げて、ベルトのバックルを留めようとして、ジェスにバックルを取られた。
なぜか、――そういう場面ではないのに、距離の近さがやけに気になってしまう。
「んー、グエン、お前筋肉ついてんのに思ったより細いんだな」
「お前らと一緒にすんな」
バックルの位置を調整したジェスが、ベルトを締め直して、グエンの腰から手を離す。
それから、剣帯と肩当てもつけられて、
すっかり借り物衣装の見習い騎士が出来上がってしまった。
「……なあこれ、――何がしたかったんだよ……」
「――んー?……うん」
剣帯に自前の剣も装備させられて、ジェスは部屋の隅からグエンを眺めていた。
その顔が、どうしてか少し寂しそうに見えて、
それ以上何もいえなかった。
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