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第25話 罪
ただの面会ではないことは、名前を聞いた時からわかっていた。
正式に婚約したわけではない。
あくまで、婚約者候補として父が認めた相手。
だというのに、面会の打診もなく、たった一名女性だけを――おそらく乳母やか、古参のメイドを連れての訪問。
こうした男所帯への訪問というのも、貴族の令嬢としてはあまりにリスクがある。
なにか――
差し迫った理由があることは、わかっていた。
「ハーウッド卿に、ご迷惑をおかけしていることはよく承知しておりますの。
その上で、単刀直入に申し上げますわ。」
エミリアは、派手な美人というわけではないが、楚々とした品のある、静かな佇まいの女性だった。
その人が、少し震える声音でそう言った時、
グエンは、知らず身構えて、肩に力を入れていた。
「――お聞きいたします」
迷惑ではない。と遮ることはやめておいた。
グエンがどう感じるにせよ、この訪問が異例のものであることに違いはなかったので。
「……わがデーテルハイドよりハーウッド卿へ、私との婚約のお申入れを差し上げていること、すでにお耳に入っているかと存じます。」
貴族令嬢らしくない、少し硬い口調でエミリアが言った。
お互い、目を見合わせることはしない。
だから、グエンは頷くのではなく、はい。と言葉で返事をした。
「こちらから申し込んでおきながら、誠に恐れ入りますが……。
ハーウッド卿、この婚約を――」
そこまで言って、エミリアは口元を押さえて言葉を詰まらせた。
そのまま顔を俯けて、目を閉じる。
扉の外から、付き添いの女性が心配げに覗き込んでいるのがわかった。
顔を上げて入室を許可すると、女性はエミリアに歩み寄り、しかしエミリアはそのまま気丈に顔を上げた。
口を開くのを制して、問いかける。
「理由をお聞きしても?」
しばし。
室内に沈黙が落ちた。
エミリアの目線は、再び下がっており、その様子をグエンはじっと観察していた。
とはいえ、グエンはビートとのことを知っている。
このままエミリアだけに話をさせるのは、フェアではないと感じた。
「――先月」
ビートの退寮の日を思い出す。
なんの変哲のない冬空の下、ビートは寮を去っていった。
「同じ魔法騎士科の卒院生が、ここを出ていきました」
顔を上げたエミリアと目が合い、少し首を傾げてみせる。
「……追いかけるおつもりですか?」
エミリアの見開いた目が、グエンの顔をはっきりと捉え、頬が一層青ざめたのがわかった。
「――お嬢様……」
付き添いがたまらないと言った様子で声をかけ、冷たそうな水を一杯、エミリアの前に置いた。
それからグエンに、茶を出してきた。
――目を閉じる。
閃いてしまった自分のことを、心底、醜い人間だと、思った。
「……それは、今のあなたにとって、取りうる選択肢ですか」
「追いかけることはできません。ですが」
エミリアの声に目を開ける。
青ざめた表情で、それでも気丈に振る舞おうとしている様子を見て、美しい人なのだと思えた。
「だからといって、この話を、進めるわけにもまいりませんの」
しばらく、無音が室内を包み込み、グエンは目線をテーブルに落とした。
「――可能性の話ですが。」
この人なら、共に分け合えるのかもしれない。
「もし、私の推測が当たっているのなら。
想うだけでなく、手を伸ばしてしまったのであれば、
――それは、騎士としてはあまりに恥ずべき行いです」
先のない恋心を、結実させようとすることは。
自分にはできない。
カップを手に取り、一口啜る。
だけど――
「ただ、それを断じる資格も、私にはありません」
責任なのか、
それでも諦めまいとする、勇気――熱意、なのか。
ビートにあって、自分に、――おそらくエミリアにも、足りないもの。
それを、眩しいほどうらやましいと思う程度には、まだ自分も子供だということだ。
エミリアが、顔を上げて、グエンの目をひたと見据えた。
「私も、同罪です」
エミリアの言葉に、思わず目を細める。
マイカのことを思い出して、なぜか笑みを刷くことができた。
それでも。
一人で立つことを学ばされていない女性が、引き受けられる責任には限界がある。
「あなたが、あいつを追いたいわけでないのなら――」
そして、その限界を十分に理解している自分も。
同じくらい罪深い。
「その罪を、私に分けて、助けてくださることはできますか」
グエンの言葉に、エミリアは訝しげに眉をひそめた。
付き添いの女性は、すでに廊下へと戻っており、エミリアは声をひそめて口を開いた。
「……どういう、ことですの」
エミリアの目の前。
水の減っていないグラスを見て、少し微笑む。
それから、目を合わせて首を傾げてみせた。
「私も、手に入れられないものがあるのです」
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