30 / 31
第30話 逃げないで
「――グエン、もう、無理」
その声は、甘く、ねだるように――聞こえた。
マイカが、――ジェスがグエンの手の中から自分自身を引き抜く。
思わず追いかけそうになって、とめた。
確かに、もう二回目だった。
だけど――
手のひらに受け止めたぬめりが名残惜しくて、指をこすり合わせた。
「――マイカ……」
名前を呼びたい。
ダメだとわかっていても。
粘度のある液体は、手のひらでとろりと流れて、グエンの手を汚した。
「マイカ、――マイカ」
うなじに顔を寄せる。
ほくろの上に舌を這わせる。
これは、ジェスだ。
液体をまとわせたまま、手を引っ込めて、自分のペニスを握った。
頭がおかしくなるんじゃないかと思うほど、ぬるつく手のひらが気持ちよかった。
ジェスの体の下に腕を突っ込んで、向こうを向いてしまった胸の尖りを探りあてる。
爪の先で柔くなでると、ジェスの背中がひくりと跳ねた。
こんなところが弱かっただなんて、知らなかった。
「マイカ…………っ」
「グ、グエン、どうした――」
振り向こうとしたジェスを、肩で押さえ込んで引き止める。
こんなに、欲情しきった顔を見せられないと思った。
歯を食いしばって、目を見開いて、ジェスの全てを見たがっている、自分を。
「マイカ――!」
きら
視界の端。
何かが光って、咄嗟に、吹き出す先端を指で覆った。
腰を引いて、ジェスにかかってしまわないように。
――マイカには、……ジェスには。想う人が、いる。
いるんだ。
「――っグエン、なん、……なんで」
力の抜けた肩を押し返して、ジェスは振り返り、
グエンの手の中の惨状をみて、言葉を失ったようだった。
「マイカ、教えて」
まだ息が荒くて、うまく喋れなかった。
「――え?」
「どうして。――どうして、ウルラを引き受けたのか」
だけど、知りたかった。
どうして、自分に抱かれる、その役目を引き受けたのか。
「……どうして――って……」
「俺は」
あの日。
あの日のジェスの言葉を、思い返す。
「大事な人に、自慢の友だと思われたくて、引き受けた」
はっと、目の前の人が、息を呑んだ。
「国のためとか――」
ずっと、触れたかった。
「自分の誇りとか――」
こんなふうに、――こんなふうに、どうしようもない気持ちのままじゃなくて。
「そういう、崇高な思いは、俺にはない。なのに――」
愛おしさを、伝えることがもし許されたなら。
「どうして、俺に体を預けてくれたの」
――許される、わけもなかったのに。
気づけば、涙があふれてきそうで、
情けない顔を見られたくなくて、
ジェスの肩口に、顔を埋めた。
「どうして、……ジェス」
体の下、
ジェスが息を止めた。
「……グ、――グエ……ン」
――ああ。
いけない。
自分は、踏み込んでしまった。
今、ジェスの温かさが、グエンの手を振り解いて、扉の向こうへ逃げていってしまうような。
そんな気持ちになった。
「……いい。――言わなくていい」
固まってしまった体を肩で押さえつけて、
ぬめる指先を、ジェスの尻の谷間にあてた。
「――っ、やめ」
「言わないで」
さっき触れた時よりも、硬く窄まったその入り口に、
二人分のぬめりをまとう指で、触れた。
逃せない。
「グエン」
「逃げないで。――ひどくしたくない」
硬く、グエンの指を拒むそこを、諦め悪くなぞる。
もう片方の指先で、胸の尖りも引っかく。
ジェスは、固く身を縮めて、反応してしまわないようにしていた。
あんなに、甘く啼いてくれたのに。
「なあ、――ジェス……」
気持ちは、なくていい。
元から、そんなのは諦めていた。
だけど。
「――抱かせて。一度、今だけでいいから」
たった一度、この手にこの体を抱けるなら。
何がなんでも、逃せない。
肩に埋めた顔をこすりつける。
いいよと、許して欲しくて。
それが、自分の恋心なのか、ただの執着心なのか、
もうわからなくて。
「頼む……」
ジェスの心が、どこにあろうとも。
ともだちにシェアしよう!

