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第51話 優しい真実
それからしばらくの間。
立ったままジェスにしがみついたグエンは、そのまま肩に頭を預けてうとうととし始め、
ジェスは、二日間寝ずに駆けずり回ってきたグエンの体を、そのまま椅子に――、見覚えのある、寝椅子へと横たわらせた。
「――これ……」
記憶を揺さぶられて思わずこぼれた声に、グエンはまた意識を取り戻して、ジェスの手のひらを探し、握りしめた。
どっと心臓が跳ねる。
「ごめん。大丈夫、ここにいる。……寝てろ」
「……ん……」
むずかるように応えたグエンは、寝椅子の奥へもぞもぞと動いてから、少しジェスの手を引き、
やがてまた意識を手放して、寝息を立てはじめた。
その平穏さと裏腹に、ジェスは、その寝顔をまっすぐに見ることはできなかった。
グエンが横たわるその場所は――
あの日。
グエンからその暖かさをかすめとった、あの寝椅子で。
「……冷えるな……」
春先の室内。
西よりも冷える王都の夜。
外からは、ひんやりとした空気が忍び込んでいた。
室内を見渡して、寝台に畳まれた素っ気ない上掛けを手にする。
薄っぺらくて、少しも暖かそうでない上掛け。
そうっと、グエンの体にかけてやった。
グエンと繋いだ手の反対側。
手のひらの中、時折音を立てる共鳴具は、ろうそくの灯りを跳ね返してきらきらと光り、
穏やかな顔をして眠るグエンは、まるで二年前、つきっきりで看病してくれた日の夜と同じだった。
「……ちょっとした、出来心だったんだ……」
グエンの顔を眺めながら、寝椅子の下に腰を下ろして、その座面に頬を預ける。
あの夜。熱で浮かされて、まともでなかった。というのは、ただの言い訳にしかならない。
「お前が、ハネスと二人でここに寝たのかと思ったら、……何だか許せなかった」
自分の知らないグエンの暖かさを、ハネスだけが知っているのかと思ったら、どうしても我慢できなかった。
だから、柔らかな布団に埋もれるグエンをそっと奥に押しやって、その空いた隙間に体を潜り込ませたのだ。
――本当に眠ってしまうつもりなど、なかった。
だけど。
無意識に抱き寄せられたことに、どうしても抗えなくて、
そのまま、そこで朝を迎えてしまった。
様子を見にきたハネスから、男二人で寝るなんてとんでもないと叱られて、
自分の盛大な勘違いを思い知ったけれども。
「……でも。あったかかったんだ……」
マイカとしてではなく。
自分 として、まるで恋人のような触れ合いをしたあの夜。
目が覚めて、あとほんの少しで唇が触れそうなほど近くにあったグエンの顔を見て、視界が揺れるほど心臓が音を立てたのを覚えている。
その後に、何食わぬ顔で寝椅子を抜け出そうとして、引き止められた時も。
背中に腕を回して、抱き寄せられた時も。
ただ、あの朝の全てのことは、
数少ない、優しい真実だった。
頃合いをみて、部屋に帰るつもりでいた。
……本当に。
薄っぺらい上掛けに包まれた体が寒そうだとか、
春先の夜、その冷えた空気に自分の体も冷えたとか。
そんなことを思った記憶は確かにあった。
だけど。
「おはよう、ジェス」
「……はよ……」
またこんなふうに、グエンの腕の中で目覚めることになるつもりは、本当になかった。
お互い挨拶を交わした後に、その腕にもう一度抱きしめられて、上掛けからはみ出したところに手を添わされると、
グエンの暖かさが冷えた肌をじんわりと温めて、
無性に、
恥ずかしかった。
思わずその胸に頭を押し当てて、
グエンの微笑みから逃げ出す程度には。
やがて、明るくなりはじめた空の色に、渋る体をなだめて身を起こし、何とか自室へと戻った。
別れ際は、グエンから静かに見つめられて、思わずその頬に触れてしまった。
それ以上、何かをすることはなかったけれど。
隣の自室に戻り、デスクから書き付け用の紙を取り出す。
インクにペン先をつけて、ゆっくりと、紙にペン先を走らせた。
最後に署名をして、ペンを置く。
新しい組み合わせの断りと、詫びの言葉。
グエンの声が、耳の奥に残っていた。
「バロウズ、ちょっといいか」
「はい」
新たに配属されたのは、基本的には市外の巡回と王都に出入りする人々の管理、それから王都周辺の治安維持を担う大所帯の団で、
その中でも、かつての経験と初日の手柄を買われて、市外巡回を主に引き受ける隊へと正式に配置された。
もちろん、ニルガスも共に。
隊長に声をかけられて、執務机の前、姿勢を正して立つ。
「お前、西で腐敗の、核の毒を受けて、生還したんだってな?」
「はい」
隊長の言葉に、周囲の騎士の注目が集まったのがわかった。
「その経験談を聞きたいってことで、特殊師団の師団長殿がお呼びだ。
そこの厩舎を挟んだ向こう、渡り廊下渡った先に師団の詰所があるから、行ってこい」
「はい、承知いたしました」
姿勢を崩さずに応えると、隊長はまじまじとジェスを見上げて、それからポツリと言った。
「核の毒は、ほとんど生還することがないと聞いた。
――よく生き残ったな」
その言葉に、思わず押し黙る。
目覚めて一番に見た、少し小汚くなったグエンの顔を思い出し、目を伏せた。
「……居合わせた魔法騎士が、自分の命を繋ぐために手を尽くしてくれました」
「ああ。……そいつを庇ってのことだったそうだな。
よくやった。お前もそいつも、大したもんだ。
……行ってこい」
「はっ」
周りの騎士たちの興味深げな視線を感じながら、一礼をして隊長の前を辞する。
扉のそばにいたニルガスと目があって、小さく頷かれた。
ハネスが、待っている。
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