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第54話 誇り高き護り手
「――腐獣の話は、その辺の専門書でも読めば済む話だろう」
「そもそも、我々の中にも腐獣の対応をした者くらいはいる」
口々に騎士たちが言うのを、ハネスはにこにこと聞いていた。
「……何か言わないか、アーネスト・ブリュージュ」
それまで、ずっと黙っていた禿頭 の騎士が口を開き、ハネスは楽しそうにそちらを見た。
「いいんですか?」
「お前が呼んだ会議だ。違うか」
騎士が言うと、書記官が温度のない声で受けた。
「陛下の召集でございます。師団長、お願いします」
「はあい。――ええと、団長の皆様方。本日はお忙しい中ありがとうございます。
みなさんお忙しいので手っ取り早く。この中で、腐獣の対応をなさったことのある方は、僕に教えてくださいますか?」
「何を言っている」
一番はじめに会議室から飛び出してきた騎士がイライラと言い、ハネスは小首を傾げた。
「ですから、腐獣の対応をなさったことのある方。
そうですね、手を挙げてくださいますか?」
ハネスはそう言いながら、ジェスたちの方も振り返った。
自分たちも問われているのだと気づき、おずおずと手を挙げる。
ニルガスは、さっと手を伸ばしていた。
「団長の皆さん。腐獣の対応なさったことのある方おられませんか?」
西の砦で対応していた四人に、医務官。
それ以外に、手を挙げているものは、室内にはいなかった。
「――貴様も、ないだろう」
何か苦いものを噛み潰したような顔をする騎士――団長に、ハネスは朗らかな笑顔を見せた。
「はい。僕も腐獣が珍しい西の騎士団にいましたので。
先日西の砦で腐獣が出ましたが、何と二十数年ぶりだったそうですよ」
それから、ジェスたちの方を振り返る。
「なおここにいる、ガレス・アシュダウン、グエンダリオ・ハーウッド。この二人は、腐獣の対応経験は数回。
そっちのジェス・バロウズ、それからニルガス……、――ん?なんでしたっけ」
にこにこしたままのハネスが、一瞬だけきょとんとした顔をして、
ニルガスに名を訊ねた。
「ニルガス・メローです」
「メローさん。この二人は西の砦に配属だった騎士で、腐獣の対応は今回初めてでしたね」
「はい」
ハネスの問いに答えると、団長たちの中から声が上がった。
「そんな若造連れてきて何になる。そこのディッカー崩れだけで充分だろう」
「あっはあ、ディッカー崩れではありませんよ。ガレスはディッカーです。誇り高きルイアナの守護です。……お間違いなく」
ハネスの人懐っこさや、人使いのうまさはよく知っていた。
知っていたつもりではいたけれど。
そこにいたのは、紛れもなくディッカーたちを率いる師団長であり、
それから、ディッカーを預かる真の守護者であるように、みえた。
ハネスの言葉に、顔を伏せて足元を見たガレスも、一呼吸置いてから顔を上げ、団長たちに向かって口を開いた。
「私は確かに腐獣の対応は何度か経験しています。
ですが、今回見出された小型魔獣の核について知るには、ここにいるニルガス・メローの証言は欠かせません。
それから、ジェス・バロウズはその核を発見して討伐した本人です。
私よりずっと、今回の件についてふさわしい証人です」
それから、ハネスと書記官の質問により、師団の小屋で話し合われたことが改めて全員に共有された。
すなわち今年は、西の森の沼ネズミは数を減らしてたものの、
生き残ってた個体にとっては天国のような冬だったということ。
つまり、これまで観測されたことのない小型魔獣の腐敗の核は、そうした稀有な環境が揃ってやっと生まれたものであることが推測されるということを。
「……しかし、その話はあくまで推論に過ぎん。
それ以上に、人心は事実よりわかりやすい脅威を怯えるものだ。
王都のネズミに腐獣が紛れていないと、――どうやって人々に理解させる?」
微妙な顔をした団長たちの中、重苦しい声で口を開いたのは、先ほどの禿頭の団長だった。
他の団長たちと比べても、一回り大きく見える団長の言葉に、ハネスは嬉しそうに笑う。
「そうなんですよね。ご指摘ありがとうございますローヴェル団長。
事実はどうあれ、人々は理解しやすいものをみる。
……メローさん、昨日お休みでしたよね?街へは降りられました?」
「は?――え?はい、行きました」
急に振られた話題に戸惑いながらニルガスが答えると、ハネスはうんうんと頷いてさらに質問をした。
「腐獣、いそうな感じしました?」
「――え?まさか。いないですよ」
ニルガスが顔の前で手を振ると、ハネスはジェスにも目を向けた。
思わず背筋を伸ばして、それから首を振る。
団長たちの方を少しだけ見て、それから発言した。
「自分も街に降りました。腐獣の気配など感じることはありませんでした」
「なぜそんなことが言える!?」
ぎょろりとした目つきの団長に問い詰められて、ちらりとニルガスと目を合わせた。
なぜも何もない。
「――においが、しません。腐獣の独特の、いわゆる腐敗臭が、王都には一切ありません」
視界の端で、ニルガスも頷いていた。
「ジェス。君は一度しか腐獣の対応にあたったことがない。
それなら、においの区別なんて、つかないこともあるとは思わない?」
ハネスに問われて、思わず首を振った。
「まさか。……あのにおいは、一度嗅いだら忘れられないほど嫌な、
……甘ったるい、喉にへばりつくみたいなにおいで」
「なるほど。じゃあガレスさん、グエン。二人も、王都に腐獣がいるとは思えない?」
問われたガレスとグエンはそれぞれハネスの言葉に頷き、グエンはさらに口を開いた。
「自分の隊は腐獣対応経験者が豊富です。
どの騎士も、腐獣の駆逐という認識はありませんでした。
……ただ、人々の恐れを取り除くため、ネズミを駆除する。それが目的でした」
「なるほど」
ハネスが頷くと、書記官が小さく手を挙げてグエンに声をかけた。
「――それでしたら、皆さんなぜ無理を押してまで徹夜でネズミの駆除にあたられたのですか?」
温度のない書記官の声は、室内にしんとした空気を連れてきた。
その静けさの中、グエンが口を開く。
少しだけ、目元が優しく笑っていた。
「皆。……人々の恐れを取り除いてあげたかった」
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