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第56話 守るために
「念のため」
書記官が淡々と言った。
「王都にネズミの腐獣がいることはほとんどない、ということは理解しましたが、それは確定的ですか?それとも――」
「あり得ませんね」
書記官の問いに、医務官が答える。
それから、医務官はジェスの顔を見た。
「バロウズさん。あなたは核を倒した時、傷口から腐敗の毒を受けました」
「はい」
「怪我を負ってから昏倒するまで、どの程度かかりましたか」
問われて、思わずグエンの顔を見た。
自分では、ほとんど覚えていなかった。
「……ものの数十秒、一分もなかったはずです」
グエンが口を開き、ゆっくりと医務官に答えた。
その言葉に室内がざわめく。
「重装騎士として鍛えた成人男性で数十秒。
牛などの体の大きな家畜でも数分以内。
小動物では即、核の毒を受けると昏倒してしまうことがわかっています」
室内の注目が、自分に集まっていることがわかった。
「体内に魔核をもつ魔獣だから、毒を受けても何とか動き回ることができるのです。
魔獣でもないただのネズミではひとたまりもない。
バロウズさんが生還できたのは、本当に奇跡的なことでした」
医務官の言葉を受けて、今後のためにも、王都全体を守る結界に加え、小型魔獣の出入りも感知できる補助結界を敷設することが提案された。
西の森で使われていたものではあるが、ガレスの証言を元に、出入りを区別できるような改良が望ましいことが確認された。
「――さて。ネズミについてはこれでおおよそ対策できたことかと思います。皆さんありがとうございます」
にっこりと笑ったハネスが、団長たちの顔を見渡して礼を言った。
その視線を受けて、やや気まずそうに目をそらす団長もいる中で、ローヴェル団長だけがまっすぐにハネスの顔を見返していた。
その口を開き、重苦しい声で言葉を紡ぐ。
「……貴様は、ここまでの解決策を持っていて、なぜもっと早くに提案をしなかった」
「しましたとも!……ですが、皆さん本当にお忙しくて」
やや大袈裟に首を振ったハネスは、少し情けない顔をしてみせた。
「なかなかお話を聞いてもらうことができませんでして。
それで、見かねた陛下がこうして場を設けてくださったのかなあと思っております。
本当にお手を煩わせました、申し訳ありません」
「――っそ、それはともかくとして、団の魔法騎士たちがまだ動いている時に、ディッカーが全員休みとはどういうことだ。
事実はどうあれ、騎士たちの士気にも関わるだろう!」
ぎょろりとした目つきの団長が声を上げると、ハネスは情けない顔のまま、へらりと笑った。
「やだなあ。……だって、今お隣さんから攻め込まれたら、うちの国あっという間に墜ちちゃいますよ」
「何……」
絶句する団長に向けて、ハネスはなおも言った。
「笑えないですよ。ネズミ退治してる間に国力が丸裸になっちゃうだなんて。
ディッカーは、いざという時に使える魔力をきちんと溜めて、いざって時に備えておくから意味があるんです。
普段からバカスカ魔法使ってたら、ただの魔法騎士と変わりません」
それから、グエンに向かって小さく微笑む。
「魔法騎士だって、人よりできることは多彩ですけど、体力は人並みです。というか、そこは重装騎士の方が上ですかね。
……ちゃんと休ませないと、使えるものも使えなくなっちゃいますから」
ハネスの言葉に内心で大きく同意すると、ローヴェル団長が立ち上がった。
「つまりだ。それが師団のしたかったことというわけだな」
この人は、生粋の現場の叩き上げなのだろう。
声を荒げるのでもなく、淡々と事実を判断する。
立ち上がったローヴェル団長が、熱のない目でハネスを見下ろした。
「確かに、何をおいても、国を守ることは第一だ。
そしてネズミの対応も、確かに貴様の提案が今回は適正だろう。
……だが。貴様は今回大きな間違いを犯した」
ハネスは、顎を少し上げたまま、その威圧を受け止めていた。
「騎士団とは、我々団長が協力し合い、調和を持って協働している組織だ。
ただの仲良しこよしではない。
国の有事に各団が問題なく連携し、背中を預けあえるだけの信頼を醸成している」
場違いに朗らかな、鳥の鳴き声が遠く聞こえた。
「貴様はその輪から、ディッカーどもを外したのだ。——覚えておけ」
ローヴェル団長はそのまま席を立ち、部屋を出るため扉に手をかけた。
「そうですね」
ハネスが、そのままの姿勢で言った。
「では、皆さんの仲間に入れていただけるよう、これから頑張らなければなりませんね」
ぎょろりとした目つきの団長が、眉をしかめてハネスを眺め、別の団長はローヴェル団長の背中を見やった。
「ふん、せいぜい励め」
団長の誰かが言い捨て、ローヴェルに続いて席を立つ。
そのまま扉が開かれて、会議はお開きとなった。
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