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第59話 守られたものは
エミリアの言葉に、思わずエミリアを振り返って、その顔をまじまじと見つめてしまった。
その顔に何を思ったのか、「あら」と言ってエミリアは微笑んだ。
「――誤解なさらないでね。私、不実な妻ではありませんから、この子の父親のことはグエンダリオ様もご承知のことですわ。
その上で、私たちを守ってくださいました」
「まもる……」
「ええ」
ソファの座面が揺れて、トフィを見ると、ふかふかの座面に足を踏ん張って、体を揺らしていた。
「こんなふうに、この子のことを穏やかに育てられるように。
この子をお腹に抱えて途方に暮れていた私を、助けてくださいました」
楽しげに声をあげるトフィは、ジェスの視線に気づくとまた、んっ、ま!と声を上げて笑った。
それからは、エミリアはそれほど多くのことは話さなかった。
廊下の男性が、「お嬢様、そろそろ」と声をかけて、エミリアは軽やかに返事をした。
「とにかくね。――私、グエンダリオ様とは共犯関係ですの。
私は、幼かった恋の結末を引き受けるためにあの方を利用して、
あの方は、心にもうこれ以上誰かを住まわせられなくて、そのことを隠すために私を利用した」
トフィ、おいでなさい。そう言ったエミリアは、机をまわってトフィを抱き上げ、足元に靴を履かせた。
「んー、まっ!まっ!」
床に立ち上がったトフィがジェスに向けて腕を広げる。
その様子を見て、またエミリアが微笑んだ。
「違うわ、お兄さまよ」
「まっ!」
その手のひらを、そっと手に取る。
「……お姫さまのお馬さんで構いませんよ」
柔らかな手のひらをそっと握って、エミリアの言葉をなぞり直した。
グエンの心に住み着いてしまった誰か。
それが誰なのか、まだ、わかってしまいたくなかった。
「お送りします。お姫さまを抱っこしてもよろしいですか?」
「あら」
エミリアはジェスの顔をじっと見て、面白そうに目を細めた。
「……周りの人に誤解されてしまいませんこと?」
「あ、そうですね。……申し訳ありません、出過ぎたことを」
咄嗟に謝ると、エミリアが声を立てて笑う。
「私じゃありませんわ、バロウズさん、あなたのことよ。
……私、もうじきデーテルハイドに戻りますの。
未婚の女性と幼い子供を見送っていたなんて広まったら、バロウズさんがきっと大変よ」
「あい!」
笑う母親につられてトフィも跳ねて、つい両手でその手を取ると、エミリアが少しだけ首を傾げて言った。
「……でもこの子、お父様——グエンダリオ様の抱っこが大好きでしてよ。
少しだけこの子のわがままに付き合ってくださる?」
「あい!」
なんとなく。
エミリアとグエンが普段どんなふうに会話をしているのか、少しだけ想像ができた気が、した。
早く早くと手を伸ばすのを抱き上げると、トフィは腕の中で甲高い笑い声をたてて足をばたつかせ、まっ、まっ!としきりにジェスを呼んでくれた。
エミリアに手を引かれて応接室を後にする時。
ジェスがついてこないことに不思議そうな顔をしたトフィは、ぱっとジェスの下に駆け寄ると、
体当たりをするように脚にしがみつき、顔を見上げてきた。
思わずしゃがみ込んで、指の背でその頬をなでる。
「お気をつけて、お姫さま」
「んっ」
意味がわかっているわけではないだろうが、ジェスの挨拶に満足そうに笑って、トフィはまた母親の元へと駆けて行った。
「――ふふ。そんなところはお父様に似たのかしらね。さ、行きますよ。
バロウズさん、今日はありがとうございました」
「あの……」
従者の男性に体当たりしたトフィを視界の端に収めつつ、エミリアに声をかける。
「何かしら?」
「なぜ、この話を私にしてくださったのでしょうか」
トフィがグエンの子供でないということは、ハーウッドの家にとってはとてつもなく大きな意味を持つ事実で、
そのことは、ジェスが知ってしまっていいようなことでないことを、今更になって気がついた。
「――お分かりいただけませんこと?」
口の端を少しだけあげて、エミリアが言う。
――わかるような。……わかりたくないような。
「私は、私がどうしてもなくしたくなかったものを手に入れるのを、グエンダリオ様に助けていただきましたの」
エミリアはついと振り返って、楽しそうにしているトフィの方を見た。
「ですからね。……私も、助けて差し上げたかったんですのよ」
エミリアの瞳に、少しだけいたずらっぽい輝きが灯されていることに気づいた。
まるで謎かけだ。
試されているのだと知れて、なんとか口を開く。
「グエンを、ですか」
「うふふ」
堪えきれないとでもいうように笑うと、エミリアはスカートの裾をつまみ上げて、緩やかにお辞儀をした。
「来てよかったですわ。やっぱり、……あなた方お二人に任せておいたら、先に進むものも進まないわ」
部屋の中を通り過ぎた空気が、ほんの少しうなじをなでた。
「ごきげんよう。私は勝ち取りましたの。あなた達も、健闘をお祈りいたしますわ」
顔を上げたエミリアは、最後ににっこりと微笑み、そのまま応接室を後にした。
その姿はまっすぐに背が伸びた、自信のある歩みに見えた。
室内に戻り、窓を閉める。
ワゴンを廊下に出して、室内を見回す。
少しだけ、実家に顔を出そうかな、と思った。
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