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第63話 なくしたもの
「グエン、お前は今日からしばらく近衛の応援だ」
「はっ」
朝、隊長から告げられた言葉に、反射的に返事をして、それから思わず眉を寄せてしまった。
「近衛ですか」
儀礼的な立ち振る舞いを重視する近衛騎士に、応援という言葉がピンとこず、思わず確認する。
グエンの表情に気がついた隊長は、口の端を歪めるようにして笑った。
「——ま、これもお前の経験てヤツだ。行ってこい」
その言葉に、先日の王族警護の顛末を思い出す。
道中は近衛騎士たちが王族——隣国ヴェルザニア王国の王女、マルグリッタ殿下の周りを固め、ハネスとグエン、それからもう一人の魔法騎士は少し離れて警護についた。
だが途中、家の領地を通り、宿泊先として城にご案内した際はグエンがお側に着いた。
王女殿下は領地の様子にいたく興味をお持ちになられ、その影響で旅程は三日も延びることとなった。
王族の旅程が一日延びれば、影響もそれだけ大きい。
王都では旅程の読めなさから連日騎士たちのスケジュールが組み直されていたと聞き、
自分はその辺りへの配慮が足りなかったのだと痛感した。
ただ、今のディッカー不足の中、グエンがああして応援につくことは今後もありうる。
この機会に十分学べということであれば、まだ見限られてはいないのだと感じられた。
「申し訳ありません、この機会にしっかりと学んでまいります」
「んん?何をだ?」
礼をして言葉を述べると、隊長が少し眉を上げて聞き返してきた。
「は。先日の任務の際には、十分に弁えられておらず」
「いやいや、あちらさんがお前のことを気に入ってくださったってことだろ。ま、せいぜい励めよ」
グエンの言葉を途中で遮った隊長は、苦笑いとともに雑な激励をよこすと、行っていいぞと手を振った。
一礼して退室し、そのまま王宮へと向かう。
しばらく近衛の応援に入ること、早くジェスに伝えたい。そう思った。
ジェスは、ディッカーへの憧れを気にしてくれていた。
だけど、自分には、ディッカーにならずともできることがまだありそうだということ。伝えて、安心させたかった。
なのに。
近衛隊長に挨拶をした後、グエンはマルグリッタ王女殿下の護衛につけられて、そのまま戻してもらえなくなった。
わかっている。
やりたいことと、やれることが違うことなど、よくあることだ。
だが、自分がどうあるかを決めるのは、自分でありたかった。
だから魔法騎士を志した。
そのはずなのに。
夜間まで殿下の警護にあたり、王宮にいっとき貸し与えられた部屋へ戻った時に、愕然とした。
そこには、騎士団の宿舎にあった自分の荷物が、すべて揃って移動させられていた。
私服も、ちょっとした本も、ジェスがくれた襟巻きもすべて。
ただ、
魔法騎士の制服と、
あの寝椅子だけが、そこになかった。
「侍従長殿」
近衛たちの私室が集まるエリアを抜け、最奥、侍従たちの控室を訪れた。
「ハーウッド卿、何かご用ですか」
夜間の室内では侍従長が一人書類仕事をしており、室内はがらんとしていた。
「遅い時間に恐れ入ります。その……、お借りしている部屋に私の私物をお運びいただいたようで」
「ああ……、そうですね。こちらで良いように片付けさせていただきましたが、ご不便あればお申し付けくだされば整え直しいたしますよ」
「いえ、そうではなく——」
侍従長の申し出を遮ると、ほんの少しだけ眉を上げて見返された。
何か他にあるのかと言いたげな眼差しに一瞬言葉が詰まったものの、聞くべきことを聞くべきだと思い直す。
「魔法騎士の制服と、自室にあった家具とが見当たりませんでした。お預かり頂いているようでしたら、引き取らせていただきたく」
一つ瞬きをした侍従長は、少しだけ首を傾けてから口を開いた。
「制服——、もう必要のないものでございましょう。騎士団へお返ししておりますよ」
「——は、……いや。必要ないとは」
お互いの間に、ほんの一拍沈黙が落ちる。
嫌な汗が、背中をじわっと湿らせた。
「——私は、魔法騎士でございます。こちらへは、あくまで一時の応援でお伺いしているものです」
胸の内をよぎった不安に迫られるまま言葉を口に出すと、侍従長はしばらく黙ってから、小さく首を振った。
「ハーウッド卿。貴いご身分の皆様を警護する近衛の騎士に、「応援」という身分はございません。
貴殿は、正式に騎士団から近衛隊へ所属を移されており、今は王家の客人であるマルグリッタ王女殿下の警護をご担当なさっております」
「それでも、私は魔法騎士を辞した覚えはございません。正式に近衛の身分をお預かりしたと、して——」
侍従長と目があって、息を、飲んだ。
辞しているのか。
望むと、望まざるとに、関わらず。
それ以外言葉を続けられなくなったグエンに、侍従長はゆっくりと口を開いた。
「ハーウッド卿。王宮に持ち込めるものには決まりがございます。
寝椅子が必要であればこちらでご用意いたします。
どうぞご承知ください」
「……必要ありません。邪魔を、しました」
気づいてしまった事実に、自分が何をすれば良いのかがわからなかった。
ただの応援で、研修だと思っていた。
だけどこのまま、戻れないなんてことがあるのか。
戻りたいと、願うことも許されないなんてことが、あり得るのか。
そんな馬鹿なことなどあり得ない。
そう思うのに、今無性に、ジェスに会いたかった。
考えすぎだと、笑って欲しかった。
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