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第66話 きらめき、つながる
騎士団に到着すると、顔見知りの騎士たち数名に声をかけられた。
グエンが近衛に転属したことは、物見高い者たちの中で少しばかり話題になり、その理由もいくつか憶測されていたようだった。
「悪い、あんまり今日は時間がないんだ。人に預けてるものを引き取りに来ただけで」
「なんだ、そうなのか?お前、どこにいても忙しい奴だなぁ」
その言葉に苦く笑うと、騎士たちは肩をすくめてグエンを解放してくれた。
グエンはいまや騎士団の人間ではないから、ジェスに会うためには、呼び出してもらうしかない。
それでも勝手知ったる団のこと。
詰所の応接室などではなく、宿舎を訪ねる許可をもらうことができた。
「グエン!」
食堂横のピロティでベンチに腰掛けて待っていると、ジェスが小走りでこちらへとやってきた。
赤く染まった夕陽を背負い、その表情はよく見えなかった。
「ジェス……」
思わず立ち上がって、数歩歩み寄る。
するとジェスは少し離れたところで足をとめて、一瞬だけ、グエンをとめるように手のひらを見せた。
「ごめん、預かり物……、だよな。部屋に置いてあるんだ。
取りに来てくれるか?」
夜勤との交代前、食堂に出入りする人は少なくない。
少し空いた二人の距離。
それを埋めるように、声を張ったジェスに答える。
「ああ。悪いな、急に立ち寄ったせいで」
「気にすんな、行こうぜ」
ジェスは、理解してくれていた。
そのことに、胸の内で感じていた焦りが少し解けていった。
「急だったよな。ニルガスが寂しがってたぜ。せっかくできたこっちの顔見知りが急にいなくなっちまって」
言いながらジェスは自室の扉を開けて、グエンに先に入るように促した。
室内に入り、背後で扉の閉まる音が聞こえて、
グエンは振り向きざま、ジェスの手を取って引き寄せた。
「ジェスは、寂しがってくれた?」
腕の中に抱き寄せたジェスの、耳元にそっと囁く。
ジェスの腕が背中に回されて、そっと頬を寄せられた。
「お前が寂しがってくれたから、大丈夫だったよ」
寄せられた頬をすり合わせて、少し顔を離す。
ジェスは、柔らかい目をしてこちらを見ていた。
「共鳴具、欲しがってくれたろ」
「……ああ——」
その言葉に喉が詰まって、たまらなくなって、唇を重ねた。
こんなふうにわかってもらえることが、どれほど嬉しいことなのか。
信じあえることがどれほど稀有なことなのか。
痛いほどよく知っていたから。
それ以上、言葉はいらなかった。
「なあ。……なあ、グエン」
いつまでも離れないグエンに、ジェスが小さく笑いながら首を引っ込めた。
「時間なくなる、ぞ……」
顔を離されて目があうと、ジェスが小さく息を飲んだ。
自分は、そんなにひどい顔をしていただろうか。
していたかもしれない。
両頬をジェスの手のひらに包み込まれる。
「どうしたんだよ、グエン」
「お前と一緒になりたい」
問われて、何も考えずに言葉がこぼれてきた。
どうやってとか、どういう意味でとか、そういうのを何も考えずに。ただ、共にいることを許されたかった。
ジェスの目が丸く見開いて、珍しく驚いた顔になった。
「え、——え?」
戸惑うジェスの肩に、頭を預ける。
その声に体の力が抜けて、くつくつと喉がなった。
思わず出た言葉だけれど、こんな顔を見られたから、ラッキーだった。
「ごめん、深く考えなくていい。お前の顔見たらなんか、急に思った」
「ええ、なんだよそれ」
「好きだよ」
いつも少し高いジェスの体温。
そこから立ち上る、ジェスのにおい。
息を吸い込んで顔を上げる。
まだ少し戸惑う顔をしたジェスに口付けて、それから体を離した。
このままではキリがない、そう思ったから。
なのに。
視界の端に、見覚えのあるシルエットが飛び込んできて、
ジェスのことをまたしばらく手放せなかった。
なくしてしまったと思っていたあの寝椅子が、そこでグエンを待っていた。
「……なあ。なんかあったのか……」
グエンの部屋から荷を出す者たちが、その大きさゆえに困っていたところへ行き合い、廃 棄 を引き受けたのだという寝椅子。
その寝椅子までジェスに引きずられて座らされ、顔を覗き込まれた。
「近衛って、そんなに厳しいのか?」
心配げな顔で見つめられて、少し笑顔になれた。
「うん。だけど、色々学ばせてもらえることもある」
膝に置いた手を取られて、そっと握り込まれる。
「だから、……悪くはないと思ってた。」
少しだけ、話せる範囲で今の状況をジェスに伝えた。
近衛として働くのに一時的な立場というわけにはいかないから、今は完全に近衛隊に所属が移っていること。
手紙は検められるから、滅多なことを書くわけにいかないこと。
今は臨時の警護に配属され、基本的に休みがないこと。
近衛騎士の面会には、厳しい身分検めがあること。
魔法騎士に、戻してもらえないかもしれないこと。
「グエンは、魔法騎士でいたいんだ」
ジェスが、改めて確認するように言った。
「ああ。だけど、周りは近衛に迎えてもらえることを名誉なことだと思ってる」
「まあ……。そうだよな、きっと。
なるための条件がそもそも厳しいだろ。まず貴族じゃなきゃってとこで、俺なんか夢もないけど」
軽く笑うジェスに、つられて目尻が緩んだ。
なんて事のない会話で、少しずつ息を吹き返しているみたいだった。
「わかりやすい栄誉に背を向けることを、世間は時々許してくれない。だけど俺が欲しいのは、そういうんじゃないんだ」
まだ正式な打診ではない今、殿下とのことをジェスに話すことはできなかった。
それでも、自分が欲しいのはジェスだけなんだと、信じて欲しかった。
ジェスはほんの一瞬、痛みをこらえるような顔をして、少しだけこちらに身を乗り出した。
「それで、共鳴具?」
重なった手のひらがあたたかかった。
もう片方の手でその指先をつまんで、ちょんと引っ張る。
「うん。あれなら、誰にも見咎められない。
……その。
へ……、へそに、……つけるものだから……」
なんとか口にしてみると、ジェスが、ゆっくりと一つ瞬きをした。
「へそ?」
ぽろん、とこぼれ落ちたジェスの声に、はっと我に返った。
あれは、マイカのために用意したもので、
特に他意はなかったはずのものなのに。
「——っあ、ぃや、その」
途中で声が裏返って、顔が熱くなったのが自分でわかった。
何かを言おうとしたまま声を出せないでいると、ジェスが少し目を細めて微笑んだ。
「変な形だと思ってたんだ。
あれ、へそにつけるやつだったのか」
ジェスの指先をつまんでいた手が、ぱっとジェスに掴み返された。
「つけよう。穴あけても、お前塞いでくれるだろ」
な。と手を揺らされて、ついそのまま頷くと、ジェスはにっと笑って立ち上がった。
「部屋に置いてあるから、ちょっと待ってな」
ジェスの部屋の奥、「部屋」に続く扉が薄く光って、ジェスが奥の部屋へと足を踏み出した。
思わず立ち上がって、閉まりかけた扉の取手を掴む。
ほんの少し薄暗い部屋の中。
こちらから差し込む光を跳ね返すマイカクオーツのきらめきが、ジェスの手の中へ収まった。
「こう?」
「や。ちょっと、触るぞ」
ベルトを緩めて立つジェスの前に膝をつき、ジェスがへそに収めた臍飾りをつまむ。
ちらちらと光を跳ね返す石の上下を返して、臍の上の皮膚をつまんだ。
「——っ」
ひくりと腹が引っ込んで、つまんだ皮膚が指先を逃れる。
「あっ……。ごめん」
見上げた先、ジェスがこぶしを口元に当てて息を殺していたから、
一瞬で、二年も前のことが頭を過ってしまった。
「いいから。続けて」
「……うん……」
臍飾りをあてがって、ほんの小さな空間魔法で、皮膚に細い通り道を作る。
「——っ、」
小さく跳ねた腹筋を目に入れないようにして、軸の周りの皮膚に意識を集中させた。
ジェスの体が少し揺れて、殺しきれなかった息遣いだけが耳をかすめる。
そういう場面じゃない。
わかっているのに。
「グエン……」
じわじわと再生されていく皮膚が、水気を帯びた皮下組織を覆い隠してしまうまで、ジェスの腹は緊張を保ち続けていた。
濡らした布で、ジェスのへその周りをそっとぬぐう。
少し涙目になったジェスがたまらなくかわいくて、思わず微笑んだ。
「……なんだよ……」
「うん。ありがとう」
照れ隠しのようにこちらを睥睨するのもまたかわいくて礼を言うと、ジェスは天井を仰いで脱力した。
「お前さ。
なんか、そういうとこ「貴公子」なんだなって思うよ……」
「ええ?」
そんなことを言いながら、脱力して寝椅子に転がったジェスを眺めて、自分のへそに臍飾りをあてがう。
すると、ジェスが少し怒った顔をして起き上がり、手伝うと言い張って手を伸ばしてきた。
自分の腹につけるのは大したことではなかったけれど、二人で笑いながら共鳴具を装着した。
お揃いのきらめきを、少しの間見つめあった。
その後は、ゆっくりとは言いがたい忙しなさで口付けをかわしてから、グエンは騎士団を後にした。
二人、番いではないけれど、
毎晩おやすみの代わりに共鳴具を震わせることを許してもらって王宮へ戻り、
久しぶりに、温かい気持ちで眠ることができた。
体を丸めて、腹を守るように横たわる。
騎士になってから、こんなふうに眠る夜など、なかった。
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