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第一章 不穏の幕開け(2)

 夏休みの終わりに、学園の友人たちと買い物に出ていたヒロインが、隣町にある高校のガラの悪い生徒たちに絡まれたのだそうだ。  そこまでは良かった。いや、良くはないのだが、元々ゲームにある共通イベントのひとつである。ゲームの強制力が働いていると考えれば、起こるべくして起こったイベントだ。  本来ならば、その時点で一番好感度が高い攻略キャラが助けに現われる筈なのだが、俺が妙な動きをしたことで、ゲーム内のストーリーが変わってしまったのではなかろうか。誰もその場には現れることがなかったようだ。  そこで彼女は自ら警察に通報。事なきを得たのだとか。  ところが話はここで終わらなかった。  警察に捕まったガラの悪い生徒たちが、あろうことなかれ、俺に指示されてやったことだと云い出しやがったのである。  父親は俺が心を入れ替えたことを知っているので、連中の言い分を信じてはいなかったが、問題は学園側である。今の俺がどれだけ品行方正な学園生活を送っていても、脛に傷を持つ身だ。非の打ち所のない特待生相手では分が悪い。  案の定と云うべきか。小学校時代の行いを掘り返された俺は、それらの清算が済んでいるにも関わらず、一週間の謹慎処分を言い渡されてしまったのだ。  これに両親は盛大に怒った。  それもそうだ。我が家は学園に少なくない寄付をしている。それも理事長に頭を下げられてのことだ。だのにその理事長は息子の訴えに耳を貸そうとしなかった。そればかりか、俺の監視役である一成と一臣の証言にも耳を貸さなかったのだ。  ――暫く学校には行かなくていい。  父親は弁護士を入れて、学校側やヒロインを襲った連中と戦うつもりであるらしく、解決するまで骨休みをしていろと、自分が所有しているマンションの一室を俺に与えてきた。とはいえひとりでのんびりと――という訳にはいかない。一成と一臣も一緒にである。  だったら別に家にいてもいいんじゃないかと思うのだが、一成と一臣曰く、息子には見せたくない手を使うつもりなのだろうとのこと。それ以上のことは言葉を濁されてしまったので聞けなかったが、顔の広い父親のすることである。まあ、そういうことなんだろう。かつての俺の性格がああであった以上、父親が純度100%の善人である筈がない。俺としてはその結果、どこかで自分に災いが降りかかってくるんじゃないかと不安でもあるが、理事長が俺の話を聞いてくれない以上、正攻法で出来ることは少ない。今はとにかく大人しくしている時だ。そう思ってマンションに引き籠ることにした。  マンションに着いたのは夕方だった。  偶に父親が使っているからだろう。マンションには生活に必要な家具が全て揃っていて、俺が持ち込むのは当座の生活に必要な衣類ぐらいで済んだ。リビングとダイニング以外に個室が五部屋あり、一成や一臣と一部屋ずつ使っても余る計算だ。とはいえ無実の罪を着せられた直後だ。うきうきで骨休みという気分にはなれず、かといってひとりで部屋に籠るのも気が滅入りそうでやりたくない。  だから俺は寝るまでリビングで過ごすことにした。 「ゆっくりお休みになられればよろしいのに」  俺に話し相手を命じられた一臣が、ソファアセットの向かい側に腰を下ろして苦笑を浮かべている。 「ひとりで部屋で過ごすのが辛いんだよ」  俺は素直な心境を吐露した。  過去の望海であったら死んでも口にしない台詞だが、俺の自我が表に出てきてもう三年が経過している。流石に一臣も俺の心変わりが一瞬ではなかったことを思い知っているようだ。そうですね、と、優しい眼差しを俺に向けてきながら頷いた。 「お気持ちはわかりますよ、望海様。無実の罪、ですからね」 「やったことで処分を受けるのは仕方ないけどさ、やってないことだもんなあ」  リビングと続きになっているダイニングキッチンでは、一成が夕食の支度をしている。自分の自由になる金を持っている俺はシェフを呼ぼうと云ったのだが、料理を趣味にしている一成が、自分が凶の食事の支度をすると云ってきかなかったのだ。  確かに、一成の料理は美味い。俺の両親は多忙であるが故に、料理をするということがなく、実家ではお手伝いさんが作ってくれた料理を食べるのが当たり前になっていた。つまり、俺にとってお手伝いさんの料理はお袋の味という訳だ。だが、一成の料理はそういった家庭料理とは一線を画した味がする。例えるなら品の良いレストランの料理。一流のシェフが作る料理には及ばないが、町のレストランレベルだったら軽く凌駕しそうなこなれ感がある。そのぐらいに一成の料理は俺の舌を唸らせた。 「食事の支度が終わりました、望海様」 「ああ、有難う」  ダイニングテーブルに料理を並べ終えた一成の呼び声に、俺はソファから腰を上げた。その後ろに一臣が続く。 「望海様、今日は美味しい料理を食べてゆっくり寝ましょう」  一臣の言葉に俺は頷きながらテーブルに着いた。  テーブルの上には鯛とアサリのアクアパッツァ、生ハムのイタリアンサラダ、レンズ豆のズッパが並んでいる。これらをフォカッチャで食べろということらしい。俺は手を合わせていただきますを云ってから、早速と食事に手を付けた。美味い。偶に学園に作った料理を持ってきて、昼食に振舞ってくれることがある一成だが、また腕を上げた気がする。 「美味しいよ、有難う」 「こちらこそ有難うございます。食べてくれる人がいないと、どれだけ腕を磨いても無用の長物ですからね。美味しいと云っていただけて嬉しいですよ、望海様」  本当に料理をするのが好きらしい。少しはにかんだ表情を見せた一成に、俺はつられて口元を緩ませた。  昨日からずうっとばたついていたこともあって、ようやく落ち着いた時間を過ごせているような気がする。俺はゆっくりと一成の料理を味わいながら、彼らと今後どう過ごしてゆくかを話し合った。とはいえ謹慎処分を食らっている以上、大っぴらに外を出歩けもしない。何か必要なものがあれば、一成と一臣に頼んで買ってきてもらうということで話が付く。 「俺に付き合わせてしまって悪いな。処分を受けたのは俺だけなのに……」 「大丈夫ですよ、望海様。こうやって堂々と学校を休める機会はそうないですからね」 「そうですよ、望海様。私たちには窮屈な学園ですからね。むしろこうして息抜きの機会をくださったことに感謝しているぐらいで」  俺の監視役に就いた当初のふたりは、自分の生活が圧迫されるからだろう。俺の性格を疎ましく感じていたのもあったに違いない。棘のある態度を取ってくることも珍しくなかったが、今は違う。ふたりども随分と俺に優しくなった。 「そう云ってもらえると嬉しいよ」  俺はひとつ欠伸をした。  お腹が満たされたことで安心したのか。急に眠気に襲われた。昨日、今日と慌ただしかったしなあ。そんなことを思いながら、ごちそうさまの挨拶を終える。だが、そこまでだった。猛烈な眠気。目を開けていられないほどに眠い。 「なんだ、ろ……眠い……」  俺はテーブルに突っ伏した。  直後、俺の意識はすとんと落ちた。

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