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第三章 相馬の本気(2)
マンション生活七日目。謹慎最終日の俺は、久しぶりの自由を満喫していた。
昨日、リビングで一成と一臣、そして相馬に抱き潰された俺は、途中で気を失ってしまったみたいだった。カーテンの隙間から差し込む陽射しの眩しさに目を開けると、自室のベッドの上、拘束のない状態で眠っていたのだから笑えない。とはいえ、昨日のようにベッドで一日を過ごすのには拒否感がある。俺は先ずはシャワーだと、紅斑があちこちに残る身体を引き摺ってバスルームに入った。一成と一臣は付いて来たそうだったが、俺が少しきつめに拒絶の意を唱えると、気絶させてしまった負い目があるからだろう。大人しく引っ込んだ。
ひとりきりのバスを満喫した後は食事だ。
昨日の俺は殆ど食べ物らしい食べ物を口にしていない。とにかく胃をがっつり満たす必要があった。
オーダーはハンバーグステーキ。このぐらいの我儘は許されると頼んでみれば、一成は喜んでキッチンに立った。かなり腕を揮ったようだ。町のレストランなんか目じゃないレベルの豪勢さ。舌が唸るほど肉汁が閉じ込められたトリュフ入りのジューシーなハンバーグステーキに舌鼓を打った俺は、一成が洗い物をしている間に、少しだけ一臣と遊んでリビングで昼寝をした。
とにかくのんびり休みたくて仕方がなかった。
彼らとの性行為 は最高に気持ちがいい。けれども強い快感は、同時に果てしない疲労を生み出した。六日間、淫猥な時間を過ごした俺の身体は完全にグロッキーだった。それだけではない。精神的にも参ってしまったようだ。ベッドで過ごすのは嫌なくせに、かといって何かをする気も起きないのだ。
ただただ、横になって平穏な一日を過ごしていたい。
昼寝を終えた俺は、点けっ放しのテレビが賑やかなバラエティ番組の映像を垂れ流している中、ソファでだらけきっていた。一成と一臣は、どこから持ち出してきたのか。ガラステーブルの上に盤を置いてチェスに興じている。たった一週間前まではこれが日常だった。俺は怒涛の勢いで過ぎていったこの一週間に、溜息を吐きたくなるような思いに捉われた。
ハーレムエンドに進む以上、彼らとの性行為 は避けられない現実だ。
体力を付けるべきだろうか? 俺は自分の華奢な身体を眺めた。少し痩せたような気がするのは、気の所為ではないだろう。
「何かスポーツをしないとなあ」
ぽつりと口を衝いて出た言葉に、一成と一臣の目がこちらを向く。
「スポーツ、ですか」
「またフィギュアスケートをやられては如何です」
一臣の言葉に俺は首を横に振った。
「やだよ。恥ずかしい」
俺の自我が出てくるまで、望海はフィギュアスケートとピアノを習わされていた。モデルである母親の強い希望でだ。
残念なことにどちらも才能は然程でもなかった為、恥ずかしい思いを続けるぐらいなら――と、辞めてしまったのが、一臣はそんな望海が割と気に入っていたようである。事あるごとにジャンプを見せてくれとせがんできたものだ。
「私は好きでしたものを」
だからだろう。一臣が物惜しそうに食い下がってくる。
「才能があったら楽しいんだろうけどさ」
「スポーツは身体を動かすことを楽しむものですよ、望海様」
「わかってはいるんだけどね……あーあ。筋トレでもするかあ」
俺は細い腕を曲げて出来た貧相な力こぶを眺めた。
びっくりするほど小さい。
これで最終的には五人の生徒会メンバーを相手にしないといけないのだ。幾ら同人誌内の設定であるとはいえ、無理にも限度がある。大体、三人を相手にしただけでこれだ。このままでは、俺は性行為 以外に何も出来なくなってしまうのではないか。そんな突飛な考えが飛び出してくるほど、城石望海という少年の身体は体力に乏しかった。
「体力作りだ!」俺は弾かれたようにソファから立ち上がった。「体力を付けないと、お前たちの相手が出来ない」
瞬間、ああ、そうか……と、一成と一臣が納得したような表情を浮かべる。
「随分と無理をさせてしまいましたからね」
「望海様があまりにも可愛いものですから、つい」
「そう思うならいい体力作りの方法を教えてくれよ。じゃないと、俺は……」
そこまで口にしたところで、リビングにチャイムの音が鳴り響いた。時刻は17時。まさかまた相馬じゃないだろうな。と、思いながら玄関に向かう。そしてドアを開いた。
「やあ、望海」
「どうしたの、相馬……」
案の定と云うべきか。そこには相馬が立っている。
「ああ、安心してくれていいよ、望海。今日は何もしないからね」
開口一番そう口にした相馬に、俺は安心したような物足りないような気分になった。
休んでいたいと思っているのに、いざ求められないとわかると胸が切なくなる。これは俺というよりは望海の感情なのだろう。俺はゲーム内の望海を思い返した。嫌な奴だが、相馬にだけは素直だった望海。学園の王子様を独り占めにした誇らしさは、彼でなければ獲得し得ない感情である筈だ。
「じゃあ、その、何の用で?」
それが俺の胸をも切なくさせる。俺はこうして生きているだけで、城石望海というキャラクターの人生を食いつぶしている……俺は自分の中に確かに存在している望海の感情に悩ましさを感じつつ、目の前の相馬に目を遣った。
さらりと眉を覆う前髪をなびかせて立つ彼は、男の俺が見てもすごぶる美形だ。整い過ぎたきらいはあるものの、見る者全ての目を惹く面差し。同人誌の中の話とはいえ、この完璧超人がどうして望海に惹かれたのか。それが俺には良くわからなかった。
「君の父親と話をしてきたんだ。君の処分に納得がいっていないのは私も一緒だからね」
けれども相馬は望海が可愛くて仕方がないようである。相好を崩すとはこれを指すのかと思うくらいデレた顔。甘いマスクが二割増しで美形に見えるほどの笑顔が俺に向けられている。
「ご免ね。心配をさせて」
「いいんだ。可愛い望海の為だからね」
云いながら手を伸ばしてきた相馬が、俺の髪を撫でてくる。
「でも、何で父さんと話を? まだ調査は終わっていないみたいだけど」
「それだよ」相馬が口に手を当てた。
指の間から覗き見える口元が歪な笑みを浮かべている。俺は嫌な予感に眉を顰めた。学園の誰しもが知っている相馬の残酷な一面――蒼井相馬という人間は、やると決めたら徹底してやる人間である。それを想起させるような表情が目の前にある。
「私もその調査に協力させてもらおうと思ってね。大事な君をこんな目に合わせたんだ。それ相応の報いを受けさせないと」
「いや、あの、相馬?」
「大丈夫だよ。ちょっと痛い目に合ってもらうだけだから……」
「大丈夫じゃないよ、それ! 穏便に済ませてってば!」
「優しいねえ、望海は」
また頭を撫でられる。
「安心して。物理的には何もしないから」
いや、それが安心出来ないんだってば! とは、云えなかった。「じゃあ、私はすることがあるからこれで」と、身を屈めた相馬が俺の口唇を塞いでしまったのだ。舌を絡み付かせてこられては、俺は何も返せない。熱くも激しい口付けに、息が切れる。
「次は学園で会おうね、望海」
ゆったりと身体を離した相馬が、ひらひらと手を振ってドアの向こうに姿を消す。
もしかして、これだけの為に来た? 俺は濡れた口唇を指先でなぞりながらも、今後起こるだろう波乱に不安を覚えずにいられなかった。
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