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第四章 四人目のメンバー(1)

 息子が可愛い父親と相馬のタッグは抜群の効果を発揮したとみえて、翌日の夕方には理事長が自らマンションに足を運んできて、俺に謝罪の意を伝えてくた。何でも例のガラの悪い連中が証言を翻したとかで、俺の処分自体が無効になったとのこと。  とはいえ、理事長的には俺を信用した訳ではなさそうだ。  みえみえの愛想笑いに慇懃な言葉遣い。「間違いは誰にでもありますからね」などと宣いやがった理事長に俺はかなりの不信を抱いたが、文句を云ってばかりでは進む話も進まない。何より、あまり長く学校を休んでしまっては、今後の進路にも関わってきてしまう。俺はこの辺が潮時だと学園に戻ることにした。  例のガラが悪い連中がどうなったのかは知らない。父親が訴訟をちらつかせても証言を変えなかった連中だ。相馬が何かをした可能性は大いにあったが、「私は大したことはしていないよ」と誤魔化されてしまった。ただ、学園にしたことは教えてもらえた。どうやら学園の土地は元々相馬の祖父が所有していたもので、それを十年ほど前に、既知の仲であった学園のオーナーに頼まれて、将来息子を通わせられる学園にすることを条件に貸し出したのだそうだ。それを引き上げると通達したのだとか。「無実の罪で他の学生が重い処分を受ける学園じゃ、私が安心して通えないだろう」そう云って、電話口の向こう側でくっくと嗤った相馬に、俺は厄介な奴だと思わずにいられなかった。  明けて翌日。  マンションを出て自宅に戻った俺は、一成と一臣とともに久しぶりに学園に登校した。相馬の話では、大半の生徒は俺の無実を信じてくれているようだ。残る生徒は……まあ、恐らく俺の自我が出てくる前の望海が色々やらかした連中だろう。こればかりはどうしようもない。  過去は取り返せないのだ。  とはいえ、少なくとも今回の件に関しては、俺は本当に無実である。恥じるようなことがない以上、小さく縮こまる理由もない。だから俺は胸を張って学園の門を潜った。するとどうだろう。これまで交流のあった生徒たちやクラスメイトが、口々に俺に声をかけてくるではないか。ああ、これまで品行方正を貫いてきて良かった。俺は俺を歓迎してくれる学園の仲間たちに深く感謝をした。だが、俺の中の望海は面白くなさそうだ。何故だろう? 俺は時々乖離する望海の意識に不安を覚えずにいられなかった。  城石望海という少年は難しい性格をしていた。  高い地位に就いている父親と有名なモデルの間のサラブレッドとして、何ひとつ不自由なく育っているように見えても、望海は孤独だった。これは同人誌に限らず公式での設定でもそうだ。多忙な両親。彼らが望海を大事にしているのは間違いなかったが、一緒に過ごせる時間は少なかった。それだけでも寂しい幼少期だっただろうに、世間は容赦なく彼に牙を剥いた。例えば、華やかな経歴を持つ両親に嫉妬した同級生の母親たちに嫌味を云われたり、その子どもたちから仲間外れにされたり……そうした幼少期の経験が、望海に拗れたメンタリティを植え付けてしまった。周囲の人間は信用ならない。望海は自分だけが頼りだという生活を、小学生にして送るようになっていた。  そんな望海にとって、唯一の希望が相馬だった。  彼と望海との出会いは小学校に入学した直後だった。仕事の関係で、望海の父親が相馬の祖父と縁を得たのだ。どうやらそれなりに望海の父親を気に入ってくれたようだ。孫と同い年の息子が望海の父親にいることを知った相馬の祖父は、これもいい経験だと、相馬と望海を引き合わせた。  とはいえ、簡単には他人を信用しない望海である。初めは嫌々相馬と会っていたようだ。  そりゃあそうだ。格上の血筋である相馬は、望海が虐めて憂さを晴らせない相手である。変に世間を知ってしまっていた望海にとって、怒らせてはならない立場の相馬はさぞやストレスの溜まる相手であっただろう。  だが、そんな望海の心を知ってか知らずか。相馬は鷹揚に望海に接し続けた。ピアノの発表会があると聞けば駆け付け、フィギュアの試合があると聞けば応援に足を運ぶ。それだけではない。偶に出る皮肉も軽く受け流し、卑屈な言葉もにこにこと笑って聞く。そう、城石望海という捻くれた子どもは、細かいことに拘らない蒼井相馬という人間に出会ったことで、ようやく友人という言葉の意味を知ったのだ。  相馬に傾倒し、依存している望海にとって、他の人間はどうでもいい存在だ。これは俺の自我が表に出ている今でも変わっていないようだ。謝罪行脚の間なんて、本当に大変だった。望海は何故俺が彼らに謝罪をしようとしているのか、わからなかったのではなかろうか。そりゃあそうだ。何かが望海の逆鱗に触れたからこそ、彼は彼らを虐めたのだ。だからだろう。荒れ狂う望海の精神を抑え込むのは、かなり骨が入った。  今の彼もそうだ。  もしかすると彼は、俺が学園で他人と上手くやっていることが気に入らないのかも知れない。だから不満を感じているのだろう……俺はじくじくとした望海の感情に胸を突き刺されているような気分になりながら教室に入った。  一成と一臣が自分の席に鞄を置きに行く。  俺の傍に常に一成と一臣がいることを、父親は学園に、幼い頃に誘拐されかけたことがあるから――と、説明していた。半分は本当で、半分は嘘だ。望海が幼少期に誘拐されかけたことは事実だが、一成と一臣はあくまで俺の監視役である。それでも学園側としては、配慮が必要だと感じたようだ。中等部の初年度こそクラスが別ではあったが、それ以降はずうっと同じクラスである。 「おはよう、望海。やっと会えたね」  他の生徒たちと挨拶を交わしている中、ひときわよく通る声が俺の名を呼んだ。  瞬間、胸の内が薔薇色に染まる。  俺は顔を窓際に向けた。窓に凭れて立っている相馬が、瞳を細めて俺に笑いかけてくる。 「ノート、有難う。助かったよ」 「気にしなくていいよ。それよりもあの内容を一日で詰め込んだのかい?」 「まだ半分くらいかな」  俺は窓際の前から二番目にある自分の席にカバンを置いた。  そして相馬の隣に立った。 「望海は何をやるのも一生懸命だね」  俺の髪に手を伸ばしてきた相馬が、指で俺の髪を梳いてくる。距離の近い態度は俺と肉体関係を結んだからだろう。露骨に態度に出る辺り、相馬もそういった面では人間だったのだと思い知る。俺は気恥ずかしさを押し隠しながら、「子ども扱いしないでよ」と、穏やかな表情でいる相馬を見上げた。  新緑の風を感じさせる涼し気な目元。髪色と同じくうっすらと茶色がかった瞳が、俺を慈しむように見詰めている。  見蕩れるほどに美しい。  俺はぱっと相馬から視線を外した。今更ながら、彼と性行為(セックス)をしたのだという実感が湧き上がってくる。獰猛な光を瞳に宿らせて俺を何度も抱いた相馬。一成と一臣をも巻き込んで、俺と性の饗宴に耽った彼は、今何を思っているのだろう? 「やっぱり、望海は可愛いなあ」  耳元に口唇を寄せてきた相馬が、吐息混じりの声を発する。 「もう!」俺は咄嗟に相馬から顔を逃がした。「あんまり揶揄わないでよね」 「揶揄ってはいないけどね」 「そういうところだってば」  口を尖らせた俺に、ふふと相馬が小さい笑い声を上げる。 「朝から仲がよろしいようで、何よりです」 「本当に。私たちの立場がありませんね」  皮肉めいた言葉を発する一成と一臣に、けれども相馬は平然としていた。「君たちは充分に楽しんだんだろう?」と、聞く者が聞けばぎょっとするような台詞を吐いて、「ねえ、望海」と、俺に艶めいた視線を投げてくる。 「まあ、多少はね……」俺は言葉を濁した。「でも、マンションも出たし、これからは頻繁にはそういうことはないよ」  昨日、俺は日中に少しだけ一成と一臣と戯れた。シャワーを浴びるついでに、本当に少しだけ……そこに理事長が来てしまったものだから、大慌てだった。父親と連絡を取り、学園に戻るか否かの話し合い。それが終わればマンションから自宅への引っ越し。当然ながら、ふたりと性行為(セックス)をしている暇なんてなかった。  ところが、である。  人間の身体は我儘に出来ている。  一昨日はあんなに休みたがっていた身体は、二日連続の休息を強いられたからだろう。人肌を恋しがり始めていた。 「なら、今日は私のマンションに遊びに来るかい、望海。ああ、勿論ふたりも一緒に――で、構わないよ」 「相馬のマンションに?」  鼓動が跳ねた。  将来に備えて自立の練習をしておくのもいいだろうという祖父からの提案で、相馬は学園の近くのマンションでひとり暮らしをしていた。とはいえ、完全なひとり暮らしではない。食事の支度や掃除、洗濯などは、通いのお手伝いさんがしてくれているのだそうだ。それで自立? と、前世で庶民だった俺は思ってしまうのだが、そもそもが相馬の祖父からして、身の回りの世話をしてくれるお手伝いさんが切れたことのない生粋のお坊ちゃんである。家族から離れて暮らすだけでも、彼らにとっては充分に『自立』であるらしかった。 「今日は大きな用事はないからね。君たちが来てくれると嬉しいよ」 「でも、お手伝いさんが困るんじゃないの?」 「私が帰宅する頃には仕事を終えて帰宅しているよ。ああ、君たちの分のお茶を手配しておかないとね。折角のお客様をもてなさないのは失礼だ」 「え、でも」  行くとも行かないとも云っていないのに、相馬の中で俺たちの来訪は確定事項であるようだ。どんどん話を進めてゆく。  俺は焦った。いや、行きたい気持ちはある。凄くある。ただ、相馬は祖父とある約束をしているのだ。マンションに他人を上げない。学園まで徒歩五分のマンションは、溜まり場にもってこいな立地だ。ひとり上げたら次、また次と、友人たちを上げてしまうのではないか。その結果相馬の生活が乱れてしまうのではないかと、相馬の祖父は心配しているようだった。 「望海様、こうして相馬様がお誘いくださっておられるのですから」 「そうですよ、望海様。お断りされるのも失礼に当たります」  一成と一臣はそういった相馬の事情を知ってか知らずか。相次いで俺に来訪を促す言葉を吐いてくる。  俺は悩ましさに頭を掻いた。そして、にこにこと微笑んでいる相馬を見上げた。 「いいの? 相馬。おじいさんと約束したんじゃ……」 「うん? 望海はもう他人じゃないでしょ」  しらと云ってのける相馬に、背中がぞくりとした。  どういった理由で望海を好きになったのかは不明なままだが、相馬が望海を目に入れても痛くないくらいに可愛がっているのが伝わってくる。そうである以上、ただ家に上げて終わる話ではない。ああ、今日も三人に抱き潰されるんだ。俺は自分の胸に湧き出た期待感に、羞恥を覚えて顔を伏せた。 「嫌なの、望海」 「ううん、そうじゃ、なくて……」  そこで学校の始まりを告げるチャイムが鳴った。「せ、席に戻るね」俺は真っ赤に染まった頬を頬にかかる髪の毛で隠しながら、自分の席に向かった。残念。と、背後で相馬が呟く声がする。全く、揶揄われているのか、本気なのかわかりゃしない。けれども、相馬たちに可愛がられるのは悪い気がしない。俺は放課後を楽しみにしながら、教室に入ってきた担任の言葉に耳を傾けていった。

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