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第五章 真優の本音(1)

 泥の中で藻掻いているような感覚だった。  全身がとにかく重い。特に腰回りの倦怠感が酷く、階段の上り下りで脚を上げるのが億劫になるほどだった。 「ねむーい」  午前中の最後の授業を終えた俺は、払っても払っても直ぐに襲いかかってくる眠気に堪え難さを感じて机の上に伸びた。  学園に復帰して二日目。この世界が姉の持っていた同人誌の世界であることはほぼほぼ確定していたが、だからといって怠惰な生活を送るのは何かが違う。そもそもそういった望海を、皆は受け入れてくれるだろうか? 俺はこれまで努力を重ねて築き上げてきた皆との良好な関係を維持していく為にも、変わらずに品行方正でいるべきだという結論に至っていた。 「珍しいな。城石がそんなことを云うなんて。寝ちゃえば良かったのに」  前の席のクラスメイトが俺を振り返る。 「だってぇ」俺は頬を机に預けてクラスメイトを見上げた。「休んでたからさ。早く授業に追いつかないとって思って」  相馬が俺にくれたノートはとてもわかり易かったが、一週間ほど休んだところで渡されただけあって膨大な量だった。全てを昇華しきるのには三日は必要。そう読んでいた俺は昨日で遅れを取り戻すつもりでいたのだが、三対一の性行為(セックス)がそう簡単に終わる筈もなく、あれから更に三時間ほど三人の相手をすることになった俺は、21時を過ぎた頃、一成と一臣に送られて自宅に帰宅したものの、くたびれきった身体では勉強をする気力も湧かず、そのまま眠ってしまっていた。  それもこれも相馬の所為である。  黙って俺と一成、一臣が性行為(セックス)しているのを眺めているつもりかと思われた相馬だったが、いざ俺が一成と一臣に挟まれているのを目にしたら我慢が利かなくなったようだ。俺に手を伸ばしてきて、乳首やらペニスやらを揉みしだき始めた。  ついでと耳に口付けられたり、首筋を吸われたりとされていたら、そうでなくとも過敏な俺の身体が更に過敏になった。全身が性感帯と化したような感覚。どこを触られても気持ちがいい。一成のペニスを口に、一臣のペニスを腹の中に収めながら、俺は脇から手を伸ばしてくる相馬の愛撫を受けた。そして、我ながら女のようだと感じる声を上げつつ果てた。  二度目の相馬はしっかりと俺たちの中に混じってきた。  一成と一臣に促されるがまま、俺は相馬の上に跨った。とはいえ、挿入は最後と云った相馬である。俺のペニスと自分のペニスを片手に握り込んで、緩く刺激を与えてくるに留まった。その格好で俺は背後から一成に突かれ、そして一臣のペニスの後処理を口でさせられた。  三度目の相馬は俺に自分で動くよう促してきた。自分で挿入(いれ)て動いて、望海。これまでしたことのないことを頼まれた俺は、瞬間、躊躇った。上手く入らなかったらどうしよう。けれどもそれは杞憂だった。先に果てた一成と一臣が残していった精液の残滓が、予想以上にスムーズに俺に相馬を受け入れさせてくれたのだ。  ――ああ、いいよ、望海。そう、もっと柔らかく腰を動かして……  腰に添えられた相馬の手に合わせて俺が腰を振ると、視線の先にある相馬の顔が恍惚に満ちた。なんだかこそばゆいような、けれども満ち足りたような感情。俺の動きで相馬が喜んでくれるのが嬉しくなった俺は、いつしか消えた相馬の手の温もりにも気付かす、貪欲に彼のペニスから生み出される快感を貪っていた。 「しょうがないなあ。ほら、飴やるよ。食って少し寝な」  クラスメイトの声にはたと目を開く。  俺が余程疲れているように映ったのだろう。俺の手のひらに飴を乗せてきたクラスメイトを、俺は上目遣いに見上げた。 「後で起こしてくれる?」 「起こしてやるよ。だから寝な」  俺は飴の包みを解いた。橙色に輝く飴玉を口の中に含む。爽やかなオレンジの甘みが、シンプルに美味しく感じられる。  俺は奥歯の更に奥に飴を押し込んだ。滲み出る甘さを味わいながら目を閉じる。  弛緩した身体がざわめきに包まれてゆく。  方々から聞こえてくるクラスメイトたちの楽し気な声。昨日のテレビについて語っているグループもあれば、今日の授業の内容について語っているグループもある。あー、学校っていいな。そう思いながら様々な話題に耳を傾けていると、徐々に意識が沈んでいった――……。 「城石。おい、城石」  無理をさせたことに自覚があるのだろう。一成や一臣、相馬は俺に構おうとはしてこなかったようだ。ひたすらな無。意識の闇の中でぐっすりと眠りこけていると、不意に身体が揺すられた。  もしや授業が始まった? 慌てて瞼を開いた俺の目にクラスメイトの顔が飛び込んでくる。 「な、なに? もう授業始まる?」 「お客さんだよ。隣のクラスの碧川」 「あ、ありがと」  時計を見上げると、始業まであと五分だった。込み入った話が出来る残り時間ではない。ということは、昨日の件とは別の用事だろう。俺は重い身体をのろのろと引き摺って、開いたドアの前で待っている真優の元に向かった。 「真優、どうしたの?」  陽に透けると緑がかる黒髪。不揃いに刈り込まれた前髪が眼鏡の縁にかかっている。  すらり、というよりは、ひょろりとした体躯。俺より頭半分以上背の高い真優が、身を屈めてきながら俺に話しかけてくる。 「これ。大井川周平の新作」 「わあ、ありがとう。新作出たんだ」  差し出された本は、俺が好きな推理小説作家のものだ。重厚な世界観で繰り広げられる入り組んだ人間関係が肝な作品を書くのが得意な作家で、彼の筆から生み出された作品は本気で読み込もうとすると一週間はかかる。その複雑さはメモを取りながらでないと、登場人物全員を覚えられないくらいだ。  けれども、それが面白い。  ジグソーパズルを組み立てているような感覚。最後のピースが嵌まった瞬間のカタルシスは、一度経験したらもう病みつきだ。 「昨日発売」 「え、真優はもう読んだの?」 「読んだよ。面白過ぎて一気読みした」  真優の返事に俺は目を剥いた。  厚みのあるハードカバー。ページ数は400を下らないだろう。それを昨日で読み切っているのは流石の読書家だ。 「相変わらず読むの早いね」  俺はぱらりと本の中を捲ってみた。細かい文字がみっちりと詰まっている。俺の読書のペースでは一週間以上かかるだろう。 「俺、このページ数だと一週間以上かかるけど、大丈夫?」 「いいよ。その代わり、感想教えて」  少し神経質にも映る切れ上がった真優の瞳。眼鏡の奥で瞬いている目が細まる。 「それと……」 「うん?」 「放課後、ちょっと時間ある? 話があるんだけど……」  きた。真優からの誘いに俺の鼓動が跳ね上がった。  昨日の今日だ。内容は聞かずとも知れる。  どうしよう。俺は悩んだ。変わらずに本を貸してくれるぐらいだ。好感度がマイナスになったということはないだろう。ただ、実直で正義感の強い真優のことである。それはそれとして――と、俺を窘めてくる可能性は大いにあった。 「いい、けど……」 「じゃあ、放課後。迎えに行くよ」  始業を告げるチャイムが鳴ったからだろう。慌ただしく真優が去ってゆく。  憂鬱だ。俺は真優から借りた本を胸に抱えて、とぼとぼと自分の席に戻った。

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