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第八章 眞の表裏(2)【R18】

 幸いなことに、俺たちは擦り傷や少しの痣が出来る程度で済んだ。  それもこれも園崎さんたちがこっそり警察を呼んでくれていたからだ。  俺が大原と話をしている間にスマートフォンで連絡してくれていたらしい。本格的な殴り合いになる直前、お互いが揉み合っているところに駆け付けた警察は、俺たち双方から事情を聴いた後に、大原たちをパトカーに乗せて去っていった。何でも、これまでも深夜徘徊などで補導歴があるとのこと。残された俺たちは、念の為に園崎さんたちを自宅に送り届けてから、全員で俺の家に向かった。  目的は銅音の治療だ。擦り傷程度とはいえ怪我は怪我である。俺や一成、一臣はさておき、銅音は事情もわからぬまま俺たちに加勢してくれたのだ。幾ら銅音がいいと云っても、そのまま帰す訳にはいかない。せめて夕食ぐらいはご馳走させてくれと云うと、「お礼だったら別にあるよね」と、含み笑いで俺を見てくる。  流石にこれだけ世話になっておいて、断るのも角が立つ。描かれてもいいかと思い始めていた俺は、それが銅音に対するお礼になるのならと、彼の絵のモデルになることを了承した。美術部の活動日は火水木。明日から早速と迫ってくる銅音に、特に予定のない俺はいいよと答えた。 「でも、銅音。脱ぐのは……」 「大丈夫。そこは考えたから」  何を考えたのかと聞いてみれば、他の美術部部員の目に入らないように、別室でデッサンをするつもりでいるようだ。  銅音なりに妥協案を考えてくれたのだろう。貧相な身体を記録に残したくないという俺のコンプレックス問題の根本的な解決にはなっていないが、描いたデッサンは他人には見せないとも約束してくれたので、そこまで云ってくれるのであれば――と、俺は脱ぐことも了承した。 「でも、上半身までだからね。下は脱がないよ」 「それで充分。これでモチベーションが上がる」  一臣と銅音が帰宅し、一成と食事を終えた後、一時間ほどして父親が帰宅した。  大原のことを報告すると、案の定と云うべきか。父親は怒り心頭で馴染みの弁護士に連絡を取り始めた。どうやら今度こそ法的措置に踏み切るつもりなようだ。訴訟といった言葉が聞こえてくる。とはいえ、もう大事にしないで欲しいとは思わない。大原たちは怒りの矛先を肉体的に弱い園崎さんに向けてしまった。そのくせ俺を殴るのは躊躇うときたものだ。それは徹底してやって欲しいという気持ちも湧いてきたものだ。  俺は後を父親に任せることにして自室に戻った。 「望海様、少しよろしいでしょうか」  一成の声がしてきたのは、俺が部屋着から夜着(パジャマ)に着替えた直後だった。  時計を見上げれば、夕方から慌ただしい時間を過ごしたからだろう。もう十時半を回っている。俺は比較的寝るのが早い人間なので、遅くても十一時までにはベッドに入る。それを知っているからだろう。九時を回ると、一成や一臣は俺の部屋に来ることがなくなる。 「なあに、一成」  そのルーチンを崩したということは、重要な用件であるに違いない。そう考えた俺はドアを開けて、シャツにジーンズ姿の一成を部屋に招き入れた。 「お休み中、申し訳ありません」 「いいよ。今着替えたばかりだからね。ところで、何の用?」 「大した用事ではないのですが……」  俺を見下ろす一成の淡いヘーゼルの瞳。それが、ふっと和らいだ。 「今日はお疲れ様でした。まさか望海様が彼らに立ち向かってゆくとは思わず」 「ごめんね。巻き込んじゃって……」  監視役とはいえ、父親たちから俺のお守りであることを云い含められている一成と一臣は、俺がああした行動に出てしまっては、引くに引けなくなってしまったことだろう。腕に爪を立てられたらしい一成の生々しい傷跡が痛々しい。彼らを巻き込んでしまったことを実感させられた俺は、素直に頭を下げるしかなかった。 「いいえ。久しぶりに望海様らしい台詞回しも聞けましたし、私としては自分の気持ちを再確認するいい機会になりました」  それって――と、思っていると、ふわりと一成の髪が俺の額にかかった。色付いた(ハシバミ)の花のようにほんのりと染まった頬。洗い上がった髪から爽やかな匂いが鼻の中に潜り込んでくる。 「好きです、望海様」 「一成」  一成の腕が俺の身体を捕らえた。背中に回された手がぎゅっと俺を抱き締める。「愛しています」柔らかな彼の声が俺の耳を擽る。俺はうんと頷いて、一成の背中に腕を回した。 「寂しがり屋で捻くれたあなたも好きでしたが、今のあなたも私は好きです。いえ、もっと好きになりました。昔と比べるとと、本当に逞しく、そして優しくなられた」 「そんなことは……ないよ……」  一成の言葉に、彼が城石望海を好きだったことを知る。  親が傍にいなかったが故に、世間の厳しさを早くから知ることとなった望海。彼の捻くれた人格が、人間不信によって齎されたことを一成は知っていたのだ。知っていて、それでも尚、彼は城石望海を好きになった。その事実が俺の胸を痛めさせた。  俺は城石望海として生きてはきたが、城石望海本人ではない。  もし、俺が記憶を取り戻すことがなかったら、この世界はどうなっていたのだろう。一成に一臣、そして相馬。それでもやはり、望海の周りに彼らは集ったのだろうか? わからない。俺は俺と魂を異にする望海のことを考えた。そして、園崎さんを助けようとした瞬間に重なった俺と望海の心を振り返った。  ゲームでは悪逆非道に描かれがちだった城石望海。  けれども、この世界の城石望海は違う。動物に心を解き、弱い者を虐げる相手には毅然と立ち向かってゆく。  だからこそ、彼は俺がこうして表に出続けていることを面白く感じないのだ。時に俺に向く望海の苛立ち。俺はそれを怖いこととは思わない。ここは本来望海の場所なのだから当然だ。ただ、早くなんとかしなければとは思う。 「キスをしてもいいですか」  一成に尋ねられた俺は、躊躇いつつも小さく頷いた。 「セックスは?」 「抜け駆け禁止なんじゃないの?」 「勿論、一臣と相馬様には報告します」 「え、でも、それって事後報告って云うんじゃ」  その続きは云えなかった。  塞がれた口唇に入り込んでくる舌。口の中を一成の舌で満たされた俺は、彼になされるがまま口付けを交わした。その間に俺の身体を抱き上げた一成が、口唇を離すことなくベッドに俺を運んでゆく。「ちょ、ちょっと待って」ベッドに寝かされた俺は、俺に覆い被さってきた一成を言葉で制しようと試みた。  一臣も怖いが、相馬も怖い。  綽然とした態度に騙されると痛い目に合うのは、マンションの一件で思い知っている。自慰の件にしてもそうだ。抜け駆けした人間に制裁を加えない代わりに、俺が身体でその代償を支払うことになった。割に合わない――とまでは思わないが、体力的な問題がある以上、俺に負担がかかる状況は避けたい。  尤も、計算高い彼らのことだ。そうした扱いによって、俺がひとりに傾いてゆくのを牽制し合っているのだろう。現に俺は、お陰で彼らの中の誰か一人とだけ深い関係になるのを避けるようになってしまっている。とはいえ、今の一成はそうしたことにまで頭が回っていないようだ。真顔で俺に迫ってくる。 「望海様は私とはセックスしたくはないのですか」 「いや、したいとかしたくないとかの問題じゃなくて、相馬と一臣がそれでいいと思うかってそういう問題」 「それなら私がなんとかします。私はあなたが欲しい。この気持ちをひとりで慰めきれないほどに、今のあなたが欲しいのです」 「一成……あの……」 「あなたの監視役で良かった。あなたの色々な姿を目にすることがなければ、私はずっとあなたを誤解したままだったでしょう、望海様。だからお願いします。どうか今晩一晩だけ、あなたを私のものにさせてください」  天井から降り注ぐ照明が、一成の顔に影を作っている。鈍色に染まった肌の中に浮かぶふたつのヘーゼルアイズ。その真摯な眼差しに俺は絆された。 「……本当になんとかしてくれるんだろうね?」  俺はゆっくりと一成の背中に手を回した。 「ええ。叱られるのは私の役目ですよ、望海様」  そういう問題じゃないんだけどなあ。と、思いつつ一成の顔を見詰める。  気掛かりが吹き飛ぶような激しい口付けに見舞われたのはその直後。しっとりと濡れた一成の舌はまるでザラメのようだ。柔らかい感触を口唇で食むと不思議と甘い味がしてくる。俺は一成と舌を深く絡め合った。ややあって蠢き始める一成の手。あっさりと脱がされた夜着(パジャマ)がベッドの下に落ちてゆく。  次いで下着も。  口付けが終わる頃には、俺はすっかり一糸纏わぬ姿になっていた。そこに一成が手を這わせてきながら云う。 「こんなに華奢な身体であなたはあの連中に立ち向かわれて行かれた」 「そうしないと園崎さんを守れそうになかったからね。それに、大原も……」 「大原? あの男がどうかしたのですか」 「引きどころがわからなくなってたでしょ、あいつ」俺は一成を見上げて笑った。「だから一発殴られてやれば、気が済むんじゃないかって思ってたんだけど、駄目だったね。強気な奴に弱いのは相変わらずだったみたい」 「そこまでお考えに――」  次の瞬間、一成が俺の身体を強く抱き締めてきた。嗚呼、嗚呼、望海様。そう声を上げながら、俺の額に、こめかみに、瞼にと、ところ構わず口付けてくる。日頃のどこか一歩引いたような態度からは想像も付かない熱さ。徐々に下りてくる口唇が俺の口唇に重なる。 「一生、お傍におりますよ、望海様」 「何それ」 「望海様は寂しがりやですから」 「そうかも知れないね」  賑やかだった前世での家庭とは打って変わった静けさ。望海の幼少期の記憶は、俺にとっては信じられないほどの孤独を感じさせるものだ。あんな思いを幼少期にしてしまっては普通の感性ではいられない。だから彼は相馬に傾倒し、そして依存し、愛するようになっていった。彼に抱かれた際に感じた恍惚は、望海の本心で違いない。  けれども近頃、それとは違う形の恍惚を、望海は一成と一臣に感じているようだ。  家族以上に同じ時間を過ごしている愛人。肌を重ねる度に、望海の彼らへの依存度は増していっているようだ。それが証拠に今の望海は一成に逆上せあがっていた。彼が自分を本当に愛していることを実感したのだろう。一生という言葉に満ち足りたものが胸に広がっている。 「気が済むまで抱かせてください、お願いします。そうでないと私の熱は治まりそうにない」  そう口にした一成がシャツを脱いだ。俺を見下ろす瞳の奥に獰猛な光が浮かんでいる。  俺はぴくりと身体を震わせた。  耳をなぞる舌に荒い息が重なった。「たっぷりと可愛がって差し上げますからね、望海様」普段は柔らかい声が有無を云わせぬ響きで俺に迫ってくる。押された俺はこくりと頷いた。これからの起こることに対する期待が、俺の身体をベッドに縛り付けて離さない。 「ここが好きなのですよね、望海様は」  耳から首筋、鎖骨、そして肩口と順繰りに肌を食んできた一成の口唇が、やんわりと乳首を包み込んだ。あ。と、声を上げた俺の内腿を一成の手が開かせる。抱え込まれる腰。空いた手が内腿の奥に忍んでくる。 「あ、あ、一成ぃ」  乳首を吸われながらアナルを弄り回された俺は、身体を支配し始めた快感に呆気なく堕ちていった。俺の裏返った喘ぎ声だけが響き渡る室内。肌に纏わり付く淫猥な空気が、一成の愛撫の深さを伝えてくる。  俺を抱く度に、俺の性感帯を覚えていっているのだ。(こな)れた感のある愛撫。AV(アダルトビデオ)だと攻める側の激しい動きが常態化しているが、それが必ずしも快感と結び付く訳ではないことを一成は知っているようだ。羽毛を撫でるような柔らかさで吸われる乳首に、俺は次第に我を忘れていった。

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