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第九章 波乱、それとも結実(1)

 月を跨いだ週末。土曜日の空はそろそろ秋模様を感じさせる天色(あまいろ)だった。  薄い雲が伸びた果てから心地よい風が吹いてくる中、一成を伴って駅に向かうと、市のマスコットキャラクターを象った銅像の前で銅音が待っていた。 「おはよう、銅音。待たせたね」 「いや、今来たところ」  Vネックのサマーセーターに適度に色落ちしたジーンズを着こなす銅音。隣に置かれているスタンドから取ったのだろう。手には羽ケ崎市のガイドブックが握られている。 「こういう時も一緒なんだ」  学園内では俺の護衛役としての地位を確立している一成と一臣だが、まさかデートにまで付いて来るとは思っていなかったようだ。俺の斜め後ろに立つ一成にちらと目を遣った銅音が意外そうに口にする。 「ごめんね、折角のデートなのに。うちの父さん心配性でさ。少し離れたところを歩かせるから」 「誘拐されかけたんだっけ?」 「うん、子どもの頃にね。もうかなり経つから大丈夫だとは思うんだけど」  云い慣れた云い訳を口にして、銅音が持っているガイドブックを覗き込む。「今日は羽ケ崎市ツアー?」と訊くと、そういった意図で読んでいたのではなさそうだ。「行ってみたい?」と、銅音が逆に俺に問いかけてくる。 「地元の名所って中々行かないよね。いつでも行けるって思っちゃうからさ。だから一度は見てみたいんだけどね」 「なら、次のデートはそれで」 「その前に今日のデートを成功させないと」  早くも二度目のデートの約束をしようとしたがる銅音の気の早さに、俺の口元に苦笑が浮かぶ。  銅音に告白されたことについては、昨日の夜、三人に個別に話をした。不思議なことに彼らは驚くような様子はみせなかった。恋する男としての勘だろうか? やっぱりねとでも云いたげな態度。そんな一成と一臣、そして相馬の反応は皆一様だった。  俺が銅音を仲間に入れたいのであれば入れればいい。  それは裏を返せば「銅音だけを選ぶな」ということだ。  確かに、俺がひとりを選べない現状では、お互いをライバル視して足を引っ張り合う関係より、お互い納得づくで仲良く分け合った方が平和である。少なくとも今それで上手く回っている以上、その構成を無理に崩す必要もないだろう。とはいえ、そこに銅音や真優を巻き込んでしまうのは矢張り違う。いくらそれがこの世界での正当な物語の流れであったとしても、俺は彼らを含めたハーレムを作るのを良しとは出来なかった。  これ以上の人数を相手にするのが体力的に辛いのは勿論だが、それ以上に浮ついた自分の心が許し難かったのだ。  だから俺はデートが楽しいかどうかに関係なく、銅音とはいい友達でいようと決めていた。  勿論、俺が断ったところで銅音が諦めない可能性はある。むしろそちらの方が可能性としては高い。だってそうだろう? この世界は城石望海がハーレムの中心となる世界だ。俺が銅音を受け入れるまで、銅音が俺を諦めなかったらどうなる。  そうなると少々厄介だ。何だかんだで流され易い俺は押されると弱い。恋愛に不慣れな所為か、好意を持たれていると感じるだけで逆上せあがってしまう。性行為(セックス)だってそうだ。抵抗すればいいだけだとわかっているのに、何故か抵抗しきれない……。  俺はそれを『俺の中にいる望海の所為でもあるのではないか?』と考えるようになっていた。  きっかけは大原だ。奴と揉めた瞬間の俺と望海は、奴を気に入らないという一点で重なり合った。それが結果、俺の口をすごぶる回らせた。そう、一成に「望海様らしい台詞回し」と云われるほどに。  前世でしがないサラリーマンだった俺は、決して立ち回りの上手い人間ではなかった。厄介ごとに首を突っ込みたくなくとも巻き込まれるようなドン臭い人間。当然ながら貧乏くじを引かされてばかり。とはいえ、上手い切り返しなんて出来やしない。俺はそういった場で当たり障りのないことを云ってその場を凌ぐ臆病者だった。  そんな俺がどうしてあそこまで大原を挑発する台詞が吐けたものか。  だから俺はあれを望海の仕業ではないかと考えた。俺と望海、魂はふたつでも身体や脳はひとつだ。望海の感情に俺が引っ張られてネガティブになったりするように、彼もまた俺の感情に引っ張られてネガティブになることがあるのではないか? それが彼にこの身体を動かさせたのではないか?  今日にしてもそうだ。断り続ければ良かっただけの話を、俺は何だかんだと自分の心に理由を付けて、銅音に期待を持たせるようにデートをしてしまっている。それが望海の仕業ではないと云い切れるだろうか? 俺の疑惑は徐々に確信に変わりつつあった。  だからそれを確かめてやろうと思った。  今日という日の決着がどう付くのか。それ如何によっては、俺は俺でこれからの方針を考え直さないとならない。 「じゃあ、行こうか」  銅音が俺の顔を覗き込んでくる。そして俺の手に指を触れてくる。  俺は手を繋ぎたそうな銅音を制して、「それは今日が無事に終わったらね」と云った。そのついでに腕時計を確認する。時刻は午前九時半。まだSC(ショッピングセンター)なんかは開いていない時間だ。「どこに行くの?」銅音に尋ねると、悪戯っ子のような笑顔が浮かぶ。 「それは着いてからのお楽しみ」  こんな顔もするんだなあ。いつも退廃的な雰囲気を漂わせている銅音の、年相応な表情に俺の胸がまたどきりと鳴った。

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