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第十章 ハーレムの完成(1)

 月曜日が来た。  俺はいつも以上に疲れていた。だが、それは恒例となっている日曜日の性行為(セックス)の所為ではなかった。  精神的疲労だ。  土曜日にした眞とのデート、同じ日の夜に訪れて俺に告白していった真優。立て続けの恋愛ベントに俺の思考はパンクしてしまっていた。  次回のデートを先延ばしにした眞はさておき、真優の方はタイミングが悪かった。二十二時を過ぎて父親が帰宅したことで、そろそろと一臣が話を終わりにするよう急かしてきたのだ。流石に俺たちが高校生である以上、遅くまで真優を自宅に留めてもおけない。真優本人もそろそろ腰の上げどきだと感じたのだろう。「答えはいつでもいいよ。でも前向きに考えてくれると嬉しい」と言い残して帰ってしまった。  そして日曜日を迎えてしまった。  真優の告白の件については、真優が帰宅した後に一臣に話をしていた。「望海様の魅力に気付かれるとは流石ですね」などと呑気な言葉を吐いていた一臣だが、裏ではしっかりと一成や相馬と連絡を取っていたようだ。相馬のマンションを訪れると、「今日はお客様を招く予定だよ」と、笑いながらティーパーティの準備をする相馬の姿があった。  もう嫌な予感しかしない。  振舞われたお茶を飲みながら、俺は気が気でない時間を過ごした。話題は昨日の眞とのデートの内容についてだった。一成に聞いているだろうに逐一俺の口から聞きたがるのが相馬らしい。俺は出来るだけ簡潔に話を済ませた。いたたまれなさがあったのは勿論だったが、眞の了解なしにデートの内容を詳細に語るのは、彼に対して失礼なような気がしたからだ。  その話が終わる頃、マンションのチャイムが鳴った。  案の定と言うべきか、来訪者は眞と真優だった。「きちんと話し合わないとね」と、一同を座に集めた張本人の相馬が微笑む。こういうことを平然とやってのけるところが相馬の怖いところだ。もう気が気でないどころか生きた心地がしない。俺はリビングで顔を揃えた五人の男たちを目の前に、内心、恐慌状態でいた。  当たり前だが、全て自業自得である。  眞と真優に対して煮え切らない態度を取ったのは俺自身だ。期待を持たせるように返事を先延ばしにしてしまった。  だから俺は言った。彼らを責めるのは止めて欲しいと。 「うん? 責めはしないよ。今後のことについて話し合いをしたくて呼んだだけだから」  それに対しての相馬のこの返し。  どうやら彼は彼らに対する返事を躊躇っている理由を、自分たちに操を立てているからだと取ってしまったようだ。「遠慮はしなくていいんだよ、望海。私は人が増えても気にしないからね」などと、ふたりをハーレムに加えるよう唆してくる。  こうなると俺から断るのは難しい。  だから俺は眞の判断に縋った。  納得ずくで告白してきた真優はともかく、何も知らない眞は流石にショックが大きいだろう。恋人が男だったばかりか三人もいたのだ。嫌悪感を覚えていてもおかしくはない。その勢いでこの状況に一石を投じてくれれば、物語の流れが変わるかも知れない。  だが、他力本願な俺の願いを叶えてくれるほど神様は暇ではなかったようだ。この場に呼び出された理由がわからないといった顔をしていた眞は、一成や一臣がここに至るまでの事情を訊くと、「面白いことになってるね」と微笑んだばかりか、「そっちが構わないのであれば、俺は構わないよ」とまで言い放ってみせたのだ。  流石はBL同人誌の世界である。ご都合主義に満ちている。  真優については語るまでもない。眞に対する対抗心で俺に告白してきたぐらいである。眞がハーレムに加わるのであれば引く理由がない。当然のようにハーレムの一員になることを了承すると、俺を見て、その理知的な表情を和らげてみせた。  かくて、俺を巡る五人の話し合いは終わった。  俺の意志が置き去りにされているような気がするが、そこはもう自業自得なので仕方がない。そもそも、この期に及んでも尚、俺は誰かひとりを選べずにいるのだ。監視役と言いつつも、家族同然に付き合ってきた一成と一臣、城石望海という人間の頑なな心を開かせた相馬、読書を通じてずうっと俺に寄り添い続けてくれた真優、そして俺を一途に思ってくれる眞……彼らの気持ちを裏切ることなど、非モテで気弱な俺には出来そうにない。  どうしてそんな俺が彼らの決定に口を挟めたものか。五人で俺を分け合うというある意味合理的な答えを、彼らがそれでいいと認めた以上、俺はそれを受け入れることでしか、彼らの気持ちに応えられないだろうに。  そうなると気掛かりなのは俺の体力だ。  二人から三人ときて、次は五人。合計六人での性行為(セックス)は俺を大いに疲弊させるだろう。  だが、意外にも相馬は今日直ぐに六人での性行為(セックス)に及ぶ気はなかったようだ。眞と俺のデートで彼にも思うところが出来たのだろう。「思えば私たちは望海との個人的な時間を取っていなかったからね」と、曜日ごとに俺と五人がそれぞれ過ごす時間を取ることを提案してきたのだ。 「これで条件は公平だろう」  月曜に真優、火曜に一臣、水曜に相馬、木曜に眞、金曜に一成と、それぞれの事情を加味して話し合いで決められたスケジュール。その完成を見た相馬は全員を見渡して満足そうに微笑んだ。 「土曜は望海が好きに動けるよう、空けておくからね」  彼らと一対一でデートがしたいと思っていた俺としては、思いがけず望みが叶うことになってしまった形だったが、とはいえ、それでそこまでに感じた疲労感が取り去れるかというとそんなことはなかった。  彼らと個別でデートが出来ることに対する嬉しさや期待はある。眞とのデートで彼が新たな顔を見せてくれたように、彼らもきっと俺に新たな一面を見せてくれることだろう。けれども、眞と真優を待っていた時間や、五人が俺を巡って話し合いをしている時間のいたたまれなさといったら!  ひりつくような空気が辺りを支配していたあの時間。それは俺の勘違いではなかった。それが証拠に、全ての話し合いを終えた相馬は「君が人気者なのは嬉しいけれども」と前置きをした上でこう宣ってくれたものだ。 「でも、こういったことはこれきりにしてくれると、私も安心出来るよ」  全くその通りである。  だから俺は反省した。今後はこういった問題は起こさないよう、気をしっかり持つことを意識しようと――……。 「望海様、昼休みになりましたよ」  考え事をしている間にうたた寝をしてしまっていたようだ。一臣に肩を叩かれた俺ははっとなって目を開いた。 「彼女にお礼の品を渡しに行かれるのですよね。お供します」  そうだった。俺は一成の言葉に腰を浮かせた。  土曜の眞とのデートで購入した園崎さんたちへのお礼の品。可愛くラッピングされたバレッタの入った小さなトートバックを手に席を立つ。移動はあっという間だ。D組に着くと眞が即座に気付いて、軽く手を振りながら俺の元にやってくる。 「園崎?」と、眞に訊かれた俺はこくりと頷いた。 「園崎! 城石がお呼びだって」  俺が直接訪ねてくるとは思っていなかったようだ。園崎さんは小首を傾げながら俺たちの元にやってきた。  揺れる豊かな黒髪。この滑らかで瑞々しい髪の毛に、グラデーションがかったチタン製の髪飾りは良く映えるだろう。色は青とピンクと緑。どれを選んでくれるかな。そう思いながら、園崎さんにトートバックを差し出す。 「これ、この間のお礼とお詫び。気に入ってくれると嬉しいんだけど……」 「え、え? いいのよ、城石くん。こんな気を遣ってくれなくて」  長い睫毛が静かに揺れる。困惑した表情でいる園崎さんに、俺は笑いかけた。 「でも、もう買っちゃったからね。受け取って。一緒にいた子たちは新体操部の子? その子たちの分もあるから」 「そうなの? そういうことなら遠慮なく。中、見てみてもいい?」 「いいよ。きっと園崎さんに似合うと思って買ったから」  トートバックを覗き込んだ園崎さんが、わあ。と、声を上げた。ラッピングされているといっても、色が選べるように窓が開いたケースに収められている。そこから覗く、チタンならではのグラーデションの輝きが気に入ってくれたようだ。 「ありがとう、城石くん。丁度、髪を纏める髪飾りが欲しいと思ってたところだったの。ねえ、ふたりも呼んでいい? 折角だから、付けたところも見てもらいたいの」 「勿論。俺も皆がどんな風になるのか見たいしね」  あのとき園崎さんと一緒に居たのは同じクラスの女子だったらしい。教室内を振り返った園崎さんが、さっきまで机を一緒に輪にしていたクラスメイトを呼ぶ。 「ねえ、美咲、真紀! これ、城石くんからこないだのお礼だって!」  きゃいきゃい言いながらどれにすると選び始めた園崎さんたちはまるで小動物のようだ。とても小さくて、そして愛くるしい。  だから、俺は彼女と関りを持つのを怖がっていた過去の自分が恥ずかしくなった。ここが正規の『エンジェルスフィア』の世界だったとしても、こんな可愛らしい女性に俺は悪さをしようとは思わない。もっと堂々と生きても良かったかも。そんな思いが湧いて出る。 「決まった? じゃあ私はこの青いバレッタを貰うね」  ラッピングを解いた包みの中からバレッタを取り出した園崎さんが、早速付けて見せてくれるようだ。小指で耳にかかった髪を掻き上げる。  あれ?  俺はまた心の中に引っ掛かるものを感じた。  以前、階段で落ちそうになった園崎さんを助けたときと同じ違和感だ。あのときは足だった。きゅっきゅと音を立てながら歩く園崎さんの歩き方に、誰かに似ていると感じた。今回もそうだ。俺はこの小指で髪を掻き上げる仕草をやっぱりどこかで目にしている。 「どう、城石くん? 似合う?」 「うん、凄く似合ってる。想像通り」  園崎さんの言葉に、俺は悩ましげだった表情を戻した。にっこりと微笑む。黒々とした髪に青く色を差すバレッタ。その仄かな輝きが、園崎さんが持つ色気を際立たせている。 「眞のアドバイスのお陰だよ、ありがとう」  俺は眞にもお礼を述べて、お揃いのバレッタに喜びを露わにしている園崎さんたちの輪から離れた。  でも、どこで見た覚えがあるんだろう。俺は自分の教室に戻りながら、今しがた目にした彼女の仕草の癖について考えた。ひとつなら気の所為だが、ふたつもとなると偶然では済ませられない気がする。とはいえ、あの容姿だ。彼女が入学してくる前に見かけたのだとしたら、彼女自身を覚えているに決まっている。  うーん。やっぱり気の所為なのかな。俺は自分の席に着いてクラスを見渡した。クラスメイトたちの仕草の中に、園崎さんの癖と同じものがないかを探す。けれども見当たらない。やっぱり気の所為か。そう思いながらも、俺は園崎さんに対する引っ掛かりを打ち消せずにいた。

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