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第十章 ハーレムの完成(2)
結局、園崎さんの癖の謎は解けないまま、特に予定のない土曜日を迎えた。
あまり広範囲に聞き回ると園崎さんの耳に入るだろうということで、平日のデートのついでに五人に尋ねてみるだけに留めたのだが、神代学園に入学してくる前の彼女を知る人間はいなかった。それどころか、あれだけの能力を有する少女が校区にいたことすら彼らは知らなかったようだ。つまり、全員が全員、入学してきてから彼女知ったということになる。
真優や眞が知らないのは俺にはあまり関係してこない話だが、中等部から俺と行動をずっと共にしている一成や一臣、そして幼少期から俺と親しい付き合いをしている相馬までもが知らないとなると、俺が彼女と会っている――或いは何処かで見かけたという可能性はほぼないのだろう。それでも俺は自分の感覚を信じていた。ひとつならずふたつも彼女の特徴的な仕草に心当たりがあるのだ。これで知らない方がどうかしている。
「うーん……」
俺はバラエティを流しているテレビを正面に、リビングのソファの上で宙を睨んだ。記憶が刺激されるのだろう。彼女のことを考えれば考えただけ、こめかみの辺りがチリチリしてくる。
絶対に知っている筈なのに、思い出せないもどかしさ。直ぐそこまで出かかっている感のある記憶が、けれどもさっぱり脳の中に浮かんでこない。
「退屈されているようですね、望海様」
脇のソファで『スパイス大全』なる料理本を読んでいる一成が、俺の唸り声を耳にして顔を上げる。どうやら暇を持て余していると受け止めたようだ。「もし暇潰しの相手がご入用でしたら、お付き合いいたしますが」と、テレビ台に収められているゲーム機に視線を投げながら言う。
「ゲームって気分じゃないんだよね」
「なら、何処かに出掛けられては? ひとりでのんびりと出歩くのも気晴らしにはなりますよ」
「いや、今日はゆっくり休むよ。月曜から金曜までお出かけばかりだったからね」
一成の言葉にそう答えて、俺は充実していた一週間を振り返った。
月曜日の真優とは書店に行った。前回、俺が渡したプレゼントの豪勢さに何かお返しをしないとならないと思ったようだ。「好きな本を選んで」と言われたので、前から欲しかったブラックユーモア作家、堤下和孝の上中下巻からなる短編集を買ってもらった。
真優も欲しい本があったようだ。何冊かのハードカバーの本を選んで一緒に購入すると、「ついでだから読書会する?」と、近場にある落ち着いた雰囲気の喫茶店に連れて行ってくれた。一時間ほど紅茶を片手に本に読み耽り、三十分ほど感想を言い合う。飲んだ紅茶は三杯に及んだ。マスターにお礼を言って退店。その後は駅の向こう側にある緑広がる羽ケ崎公園に行った。
「急なことだったから、何も準備出来なくて。ごめんね、こんなありきたりな場所に連れてきちゃって」
昨日、突然決まったことだからだろう。そう言って、申し訳なさそうに頭を掻く真優がなんだか可愛く感じられた。
学園では知の倉庫とも呼ばれるくらいに物知りで知られる真優。博覧強記を地で行く彼は理知的な顔付きも相俟って、学年でも一目置かれる存在だ。それが俺といるときは、どこか抜けたような感じになる。真面目で几帳面な真優の、そういった面を見るのは悪い気がしない。俺は彼に親しみを覚えながら公園内の遊歩道を往き、少し奥まっているところにあるベンチに勧められるがまま、真優と肩を並べて腰かけた。
「そういや知ってる? 日岡先生、結婚するらしいよ」
「ええ? 本当? あのマドンナ先生が?」
そろそろシーズンを迎える金木犀が、匂い立つような香りを放っていた。一度嗅いだら鼻に暫く残る特徴的な甘い香り。俺はオレンジ色の小粒な花が群れをなして咲いているのを眺めながら、暫く真優と学校の噂話といった他愛ない話に花を咲かせた。
薄闇が覆う空。街頭に明かりが灯る頃、「キスをしてもいい?」と真優に尋ねられた。キスどころか性行為 も覚悟していた俺としては、今更断る理由もない。頷いて、顔を近付けてきた真優と口唇を合わせた。
軽く触れるだけの口付けを、幾度か繰り返す。さっき飲んだ紅茶の香りがしてくる口唇が味わい深かった。
帰宅したのは午後八時。「あまり遅くなると和香子さんに心配させちゃうからね」と、俺を家まで送り届けて笑った真優。紳士な彼とのデートは素朴だったけれども、初めての恋はこういったところからスタートするんだろうなと俺に感じさせるものだった。
火曜日の一臣とはバッティングセンターに行った。俺がスポーツ全般苦手なのを心配してくれていたらしい。「ジャンプはあれだけ高く飛べるのに不思議です」と言いながら、手取り足取りバットの持ち方や球の打ち方を教えてくれた。
その甲斐あってか。俺にしてはかなり芯を食った打球が出た。
スポーツが出来るってこういうことだよな。俺は自我を取り戻してからというもの感じることのなかった充実感に浸りながら、バッティングセンターを後にした。
その後は駅前のSC へ。ウィンドウショッピングでもするつもりなのかと思いきや、「前から望海様に似合うと思っていたのですよ」と、シンプルなファッションリングを購入してくれた一臣。嵌めてみて欲しいと言われたので、左手の薬指に嵌めてみた。ピアノをやっていた関係で指の節が太く出来ているからだろう。ジャストサイズかと思いきや、指の奥まで嵌め込むと緩くなった。
それでも一臣は満足そうだった。もう数か月ほど、弓道の帰り道で眺め続けていたらしい。「いつか望海様にプレゼント出来たらと思っていたので本望です」などと大袈裟な言葉を口にして、はにかんだ笑顔をみせた。
犬のような笑顔が愛くるしい。俺は案外ロマンチストな一臣に、これまでにない愛おしさを感じずにいられなかった。
夕食はSC 内のカフェで、ガパオライスとパンケーキをシェアした。そうなると気にかかるのが家での食事だが、一臣は事前に和香子さんには夕食が要らないと伝えてくれていたようだ。「望海様とデートをしてきますと言ったら、笑ってらっしゃいましたよ」俺が滅多なことでは食事を外で済ませてくることがないからだろう。「そういった息抜きも必要ですからね」と、喜んでいる様子だったとのこと。
帰宅したのは真優と同じで午後八時。「後で部屋にお伺いしてもよろしいですか」と尋ねられたので、了承して風呂に入った。入浴後は一臣にメニューを作ってもらった軽めの筋トレ。そして昨日真優に買ってもらった堤下和孝の短編集を読んだ。
和香子さんが自室に引き上げた時間を見計らって部屋にやってきた一臣の目的は聞かずともわかった。一成と一対一で性行為 をしたことを気にしていたようだ。「私にも望海様をください」そう言われれば断る理由がない。俺は一臣をベッドに招き入れた。
真優はこの点、律儀というか生真面目というか、「性愛にあまり重きを置きたくないんだ。望海の負担が大きいことはわかってるし」と言っていたが、そこは思い詰めた結果、一成と一緒になって俺を襲った一臣である。一成が俺を独占したのなら、自分も独占しないと――と、思っているようだ。「条件を揃えておかないと、そのことが原因で将来仲違いしそうな気がして」と、親同士の不和を気にしている台詞を吐いた。
一臣と情熱的な一夜を過ごした翌日、水曜日の相馬とのデートは、流石は財閥の御曹司といった感じだった。
マンションに連れて行かれた俺に差し出されたタキシード。今日の為に手配したのだそうだ。俺のサイズは和香子さんに聞いたようだ。誂えたようにぴったりなタキシードに着替えた後は、相馬が呼び寄せたハイヤーに乗って一時間ほど。羽ケ崎市から三つ先にある市の大規模ホールに向かった。
目的はドイツの有名な楽団 、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートだ。
前回の来日が三年前ということで、今回のチケットはかなりの争奪戦だったらしい。そんなプラチナチケットをこんな急に決まったデートに出してくる辺り、流石は天下の青菱財閥の御曹司。しかも演奏者を見渡せる座席ときたものだ。これに興奮しない俺と望海ではない。重なり合った心は、演奏の終わりに最高潮を迎えた。惜しみない賞賛を楽団 に送った俺たちは、壮大で荘厳な演奏の余韻に浸りながらホールを後にした。
夕食はホールから車で十分ほど走った先にあるフランス料理の店で取った。聴いたばかりのオーケストラの演奏について相馬と語り合いながら食べる料理は、普段口にしている食事とはまた違った意味で美味しかった。相馬も素晴らしい演奏に興奮していたとみえる。饒舌に今日のプログラムの良さなどについて語って聞かせてきた。
その後は、近くのホテルの展望台 へ。一時間ほど夜景を楽しみながらお茶をして、羽ケ崎市に戻った。
着替えの為に相馬のマンションに寄ると、泊まってゆくよう勧められた。一臣との性行為 の疲れが残る俺としては、出来ればゆっくり休みたかったのだが、俺の父親にはもう話を通しているとのことなので素直に従うことにした。ちなみにここまで一成と一臣は相馬が用意したもう一台のハイヤーで付いてきている。だから彼らをどうするのかと訊けば、「今日はもうマンションからは出ないのだから、明日迎えに来てもらえばいい」とのこと。それをふたりに伝えて、それぞれの家に帰す。
「偶には子どもの頃のように一緒に眠りたかったんだよ」
身構えていた俺に対して相馬は何もしなかった。ただ、懐かしい昔の話を沢山して、そしてひとつのベッドで抱き合って眠った。目にするだけで気恥ずかしくなる相馬の整い過ぎた顔を間近にした俺は、正直、胸が爆発しそうなぐらいに高鳴ってあまり眠れなかったのだが、彼の温もりを感じながら過ごした夜は俺の中にある様々な不安を和らげてくれた。
木曜日の眞はデッサンの続きからだった。「俺は皆と違ってデートはもうしたから」と言って、工作室で黙々とクロッキー帳に鉛筆を走らせる眞に途中で少しだけ話を聞くと、当初の目標通りにデッサンを三枚描いたらカンバスに絵を描くつもりであるらしい。「俺の大事な絵になる予定だから」と笑った眞に「俺にとってもだよ」と、俺もまた笑った。
描くことに夢中になっている眞を見るのは楽しい。眞もまた違った角度から俺を描けるのが嬉しいらしい。「何枚描いても飽きなさそうだ」と、モデルである俺を真剣な目で捉えながら呟いていた。
デッサンが終わったのは午後六時。帰りがけに喫茶店に寄って、一時間ほど話をした。話題は園崎さんを中心とする同級生の恋模様についてだ。
矢張り、将来的に神代学園の聖女と呼ばれるようになるだけはある。あれだけの容姿とステータス、そして性格とあっては男子生徒が放っておかないようだ。理事長が睨みをきかせているので、大っぴらにアプローチをかけるような輩はいないらしいが、機会があれば距離を詰めたいと様子を窺っている男子生徒は多いのだという。そんな中、俺がバレッタをプレゼントしてしまったものだから、さあ大変。あいつ抜け駆けしやがって、といきり立った男子生徒がそれなりにいたとのこと。
幸いと言うべきか。園崎さんだけへのプレゼントではなかったことや、それ以降の俺が特に園崎さんと絡むようなことがなかったことから、今は本当にただのお礼だったのだろうと思われているらしいが、彼女相手に動き回るのは色々なリスクがあるのだというのを思い知った。
そのあとは川沿いの遊歩道を回るルートを通って帰宅。いつもの帰宅ルートからは大回りになるからか。家に着いたのは午後八時を少し回った頃だった。
「来週もモデル、よろしく」
「うん。格好良く描いてね」
「考えておく」
家の前で俺の額に口付けてきた眞に甘酸っぱい気持ちになる。口にしないのかと尋ねると、「その内、もっと過激なことするでしょ。だから今の内にこういうことをしておこうと思って」との返事。
確かに、同じ額への口付けでも日曜日以降では感じ方が変わるだろう。何せ六人での性行為 だ。そう考えると、眞と付き合いたての恋人みたいなことが出来るのも今日まで。それを意識させられた俺は少しだけセンチメンタルな気分になりながら、眞と別れて家に入った。
金曜日の一成は、相当に悩んでいた。
俺を何処に連れて行くのが一番なのか、色々なデートを見ている内にわからなくなったようだ。「望海様の行きたい所は何処ですか?」と、放課後になるなり真っ先に俺の希望を聞いてきた一成。自分で決められないのであれば俺に決めてもらえばいいと考える辺り、いつも俺に付き従っている彼らしい判断だ。
なら――と、俺は羽ケ崎岬に行くことを提案した。
そろそろ残暑も終わり、季節が秋めいてきた。海を臨むなら涼しくなった今だろう。
学園から徒歩五分ほどのバス停に向かい、市内循環バスに乗る。海岸近くの停留所までは片道四十五分。そこから徒歩で二十分ほどかけて羽ケ崎岬の展望台に向かう。海を挟んだ東側に浮かぶ街灯りは隣町のものだ。赤い太陽を西に臨みながら、目の前一杯に広がる海を一成とふたりで眺める。
「近いと逆に来ないんだよね」
「私は結構来ていますよ。実家からですと、自転車で十五分ぐらいなので」
「ああ、そうか。一成ん家ってこっちの方だったね」
小学生の頃は、偶に遊びに行っていた一成の家。とはいえ、人間不信な面のある望海のことだ。友人として遊びに行くというよりは、言うことを聞く子分の家で我儘放題に過ごしてやるといった感じだった。
「そういや一成の家に遊びに行くこともなくなっちゃったね」
「私がそちらにお世話になりっ放しなので、偶には望海様を連れてきてはと母が言ってくれているのですが、高等部ともなりますと、流石に子どもの頃のようには簡単に誘えませんね。気後れしてしまいます」
「今度誘ってよ。ご両親にも久しく挨拶してないし」
「そう言っていただけるのでしたら、是非」
夜を近くした羽ケ崎岬の展望台には、デートと思しきカップルがそれなりにいた。望遠鏡を一緒に覗いていたり、顔を近くして話に興じていたり、柵の前で海をバックにスマートフォンで写真を撮っていたり……そういった彼らの仲睦まじい姿を見ている内に羨ましくなったようだ。「一緒に写真を撮っていただけませんか」と、一成が俺に頼んでくる。
「いいよ。あとで俺にもちょうだい」
「ええ、勿論」
俺は笑顔で一成と一緒に写真に納まった。
撮ってから、夏の花火大会の日だったらもっと素敵な写真になっただろうなと思ったりしたが、その頃の俺はまだ一成とこういった仲ではなかったのだと思い直す。まだ一か月しか経っていないのに、もう何年もこんな付き合いをしているような気分だ。俺は一成にせがまれるがまま何枚かツーショット写真を撮ってから、展望台を後にした。
バス待ち時間の間に、海辺の喫茶店に入りクリームソーダ―を飲む。
帰宅したのは午後八時を回ってからだった。連日のお出掛けに、和香子さんは俺がようやく高校生生活を謳歌し始めたと受け止めてくれたようだ。「これまで坊ちゃんはあまりお出かけしませんでしたからね」と、鼻歌混じりで夕食の用意をしてくれた。
「楽しかったなあ」
俺はリビングの天井を見上げて言った。
「何がでしょう」
一成が料理本から顔を上げる。
「今週がさ。皆と色々お出かけして楽しかった、って話」
「これからはそれが日常になるのですよ、望海様」
自分とのデートも数の内に入っているのが嬉しいのだろう。目を細めた一成がしみじみと口にする。
明日は相馬のマンションだ。俺は楽しかった時間を振り返るのを止めて、テレビに視線を戻した。賑やかなバラエティ番組を眺めながら、ぼんやりと考える。
五人を相手に性行為 ってどうなるんだろう。期待と不安が胸の内で入り混じる。
夜には筋トレ、朝にはジョギングと、体力問題の解決の為に運動を始めた俺だけれども、だからといって直ぐには効果が出るものでもない。月曜日の俺はきっと疲労困憊だろう。けれども、それも幸せな悩みだ。俺はこの一週間を経て動き始めた自分の気持ちを噛み締めながら、ゆったりとした休日を過ごしていった。
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