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第十章 ハーレムの完成(3)

 あっという間に過ぎていった一週間の終わり。日曜日は澄みやかな秋晴れだった。  薄く伸ばした綿のような雲が伸びる空。かなり涼しさを増した秋風が心地よい陽気の中、昨日の泊まりの当番だった一臣と、夜を実家で過ごした一成を伴って、昼頃、俺は相馬のマンションに向かった。  周囲にオフィスビルも多い立地である相馬のマンションの周辺は、日曜になると静けさを増す。部活動に励む生徒の声が少し離れた位置にある学園から響いてくる。行き交う車の減った道を目の前にエントランスに上がった俺は、いつも通りにインターフォンでオートロックを解除してもらってから、相馬のマンションに足を踏み入れた。 「ひとつ面白いことがわかったよ」  イギリスの有名な陶磁器メーカーロイヤルドルトンのティーセットが広がるテーブル。中身は今日も『Brew』のオリジナルブレンドだ。香り高き紅茶を味わいながら、リビングで眞と真優の到着を待つ。その間に相馬が教えてくれたのが、理事長の身辺調査の進捗だった。 「面白いこと?」 「そう。理事長は政治家の井之頭恒造と知り合いらしいね」 「え? あの元文科省大臣の?」  思いがけず大物の名前が出てきた俺は驚いた。  井之頭恒造は若くして文部科学省の事務次官を務めたエリートだ。その後、政治家に転身。与党で着実に実績を重ね、古巣である文部省の大臣に上り詰めた経歴を持つ。与党のフィクサーとして名を挙げられることも多い古老。とはいえ、年齢は理事長より二回り以上は上だ。どういった経緯でふたりは知り合うことになったのだろう? 「うん」俺の疑問に答えるように、調査書を手にしながら相馬が語り始める。「理事長は大学を卒業後、文部科学省に入省して五年を過ごしている。丁度、井之頭が事務次官を務めていた頃だ。ふたりは同じ大学の卒業生ということで、縦の繋がりで顔馴染みではあったらしい」 「理事長に政治家の親戚がいるらしいという噂はありましたが、まさか繋がりのある政治家がそこまでの大物だったとは」 「だから強気なのですね。そこまでの大物と縁のある学生は、うちの学園にはそういませんし」  一成と一臣が表情を引き締める。  大きな会社を持っていれば、多少は政治家との繋がりも出来る。俺の父親もそうだ。県議会や地元を政治基盤としている国会議員ぐらいまでなら繋がりがある。相馬のように財閥ともなれば尚更だ。大臣や総理経験者が居並ぶパーティ。「窮屈なだけだよ」と、子どもの頃からそれらに参加させられている相馬は苦笑していたけれども、こういった展開になると、そうした相馬の立場が頼もしい。 「神代学園の設立の際には随分と便宜を図ってもらったようで、計画から結構なスピード創立に至っている。そうした経緯もあって、オーナーとしては理事長を馘にしにくいのだろうね。まあ、こうした状況であることを鑑みれば、理事長の暴走はあれでも抑えられているように思える」  相馬の言葉に、でも。と、俺は首を傾げた。 「理事長が文科省にいたのは五年なんでしょ。何でそこまで親しいのかな」 「確かに。五年程度では、縦の繋がりがあるとはいえ、事務次官と親密になれるほどのキャリアも積めないでしょうし」 「文科省ともなれば規模も大きいですしね。顔を覚えてもらうのが精一杯といった感じな気もしますが」  前世の大学の同級生たちのことを思い出す。何人かは中央省庁に行ったが、彼らの生活は過酷だった。  毎日が午前様で、睡眠時間は一桁が当たり前。休みだってあってな気が如しだ。緊急事態時には省庁に詰めっきり。連絡を取るのも難しくなった彼らは、「この職場は頑健(タフ)じゃないと務まらないよ」と、それでも健気に笑っていた。  そうした激務の中で、どうやれば上役の上に立つ事務次官と、後に口利きをしてもらえるまでに親しくなれたものか?  俺の疑問を相馬は尤もだと感じたようだ。「そこだよ」と膝を打つ。 「私にはそこに鍵があるように思えるんだ」  とはいえ、それを推理するだけの材料を俺たち一介の学生が持っている筈がない。父親のルートを使って政治家から攻めていくにしても、文科省時代の話では知っている人間も限られるだろう。となると、頼れるのは相馬しかいない。更なる調査を待つしかないと結論が出たところで、眞と真優がマンションに到着した。 「どうしたの? 皆揃って難しい顔をして……」  俺たちは眞と真優に理事長の調査結果について話をした。 「へえ。生徒の噂話も偶には掠るもんだねえ」 「元文科省大臣ね。そういや、PTAから苦情を入れるって話はどうなったんだ?」  しきりと感心する真優の隣で、噂として知っていたようだ。眞がティーカップを傾けながら尋ねてくる。  俺は眉を顰めた。  俺たちが当初考えていたPTAから攻めていく案は、難しい局面にあった。実際のところ実害を被ったのは、勇み足で謹慎処分を受けることになった俺だけ。他の生徒たちが厳しめな注意を受けたぐらいである以上、幾ら彼らが違和感を感じているとはいえ、理事長は自らの責務の範囲で職務に励んでいることになってしまう。  この状況下では苦情を出すのに二の足を踏むPTAが出てしまっても仕方がない。  結果、俺の当初の懸念通り、PTAは真っ二つ。親理事長派と反理事長派に分かれてしまった。特にPTA会長が親理事長派に回ってしまったのが痛い。父親も尽力はしてくれているが、その足並みが揃うにはまだまだ時間がかかりそうだ。 「なんだ。俺、楽しみにしてるんだけど。面白そうだから」  そこに飛び込んでくる眞の声。  どうも銅音眞という男は面白いと感じる方向性がずれているようだ。俺が相馬たちと関係を持っていることさえも面白がってみせたぐらいだ。胆の据わり方がかなり違う。けろりと言ってのけると、目を丸くした俺に向かって、「え? 面白くない? あの理事長を追い詰めるの……」などと物騒な台詞を吐く。 「眞は自分に対する理事長の態度にずっと思うところがあるって言ってたもんね」 「え、そうなの?」  首を傾げた俺に対して、一成と一臣、そして相馬は納得がいったようだった。ああ。とか、成程。などと頷いている。 「そう。なんか俺も、園崎ほどじゃないけど贔屓されてる感があってさ……だって俺、理事長に服装のことで注意されたことないんだよね。他の生徒はネクタイ乱れてるだけでも結構言われるのに。その理由が今日わかった気がする。俺の親戚アレだもん」 「あー……そういうこと」  遅ればせながら俺も納得した。  眞の親戚には井之頭の政敵である銅音潤一がいる。同じ与党だが、会派が違うからか。政策などを巡ってぶつかり合うことが多い。だから、なのだろうか? 俺は悩ましさに頭を掻いた。理事長は下手に眞を刺激すると、自分のバックに付いている井之頭に累が及びかねないと考えたのかも知れない。と、なると、園崎さんが贔屓される理由は……。 「園崎有栖も調べる必要がありそうだね」  同じことを考えていたようだ。テーブルにティーカップを置いた相馬がおもむろに口を開く。 「やだなあ。理事長が権力者に(おもね)る人だなんて……」 「まだ決まった訳ではないからね。もしかしたら他の理由が飛び出してくるかも知れないよ、望海」 「だといいんだけど」俺は宙を仰いだ。  立場上厳しい人ではあったけれども、学園の生徒たちには公平に接してくれる人だと思っていた。そう、夏休みの一件があるまでの理事長は、俺の頑張りを見て、褒めるときにはきちんと褒めてくれる人だった。他の生徒に対してもそうだ。褒めるべきときにはきちんと褒める。だから、眞に対して甘くとも、そういった面もあるだろうぐらいで済ませられていた。  それが今やどうだ。厳しくも優しかった理事長はどこに消えたのか。そう思うほどに、理事長は園崎さんの扱いで評判を落としてしまっている。その豹変を、俺は容易くは受け入れられない。  けれども、そういった俺の感傷は長くは続かなかった。「それはさておき」と、相馬が俺の肩に手を回してきたのだ。  すべき話を終えた以上、後はすべきことをするだけ――と、いうことなのだろう。俺は相馬に華奢な身体を抱き寄せられながら、彼の口唇が淫靡な言葉を吐き出すのを聞いた。 「今週はお預けにはしないだろうね、望海」  即座に熱くなる身体。額にじんわりと汗が浮かんでくる。 「寝室にお運びしましょうか、望海様」 「それとも今日はこちらのふたりに運んでいただきますか?」  ソファから立ち上がった一成と一臣が、相次いで俺に問いかけてくる。  俺は相馬の腕の中で、眞と真優に視線を向けた。にっこりと微笑む眞に、息を呑む真優。けれどもどちらの瞳にも微かな期待の色が見て取れる。俺は一成と一臣を見上げ、そして顔を近くしている相馬の悠然とした表情を盗み見た。  これから俺は順繰りにこの五人に犯されるのだ。  何だと悩んでも、いざそのときがくればこれだ。打ち消せない期待に身体が激しく火照る。  俺は眞と真優を振り返った。そして、俺を運んで。と、ふたりに向かって『お願い』をした。

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