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第十一章 現実との戦い(1)

 ――姉さん、まだ? 俺、支度終わったよ。  バッグをどちらにするか決めかねているらしい。玄関で靴を履き終えた俺は、俺に支度をするよう急かしておきながら、未だに自分の部屋から出てこない姉に向かって声を掛けた。  ――え、もう? ちょっと待って。直ぐ出るから。  ――そう言ってからが長いんだよね。知ってる。  ――大丈夫よ。バッグはもう決まったから。  部屋から出てきた姉がきゅっ。と、床を踏み鳴らす。  角を折れるときなど、姉は歩く。母親は行儀が悪いとあまりいい顔をしない癖だが、くるりとターン出来るのが気持ちいいらしく、姉本人は直すつもりがないとのこと。  ――どう、可愛い?  白いシアーニットのアンサンブルに、黒地に白いハウンドトゥース柄のタイトスカート。黒いショルダーバッグとクリーム色のトートバッグで悩んでいたみたいだが、結局ショルダーバッグにしたようだ。緩く巻いた髪を揺らしながら歩いてきた姉は颯爽としていて、可愛いというよりは格好いいという言葉の方が似合うのだが、素直にそう褒めるのも照れ臭い。だから俺はぶっきらぼうに言った。  ――はいはい。今日も俺の姉さんは可愛いですよ。  ――やり直しよ、やり直し。  ――えー? やだよ、俺。いつも見てる顔を褒めるの。大体、姉さん、俺のことは褒めないじゃん。  世の中の大抵の姉弟がそうであるように、俺の家でも姉の立場は強い。ほんの数年ばかり先に生まれてきただけだというのに、姉貴風を吹かせるのを止めようとしない。そのくせ、ゴキブリ退治なんかはきゃあきゃあ言いながら任せてくるのだから勝手である。  ――あー、我が弟は可愛いなあ。  ――棒読み、やめてよ。  笑いながら身を屈めた姉が、。今日の靴はストラップのあるパンプスだ。地元と呼べる距離にあるアウトレットモールに行くだけだというのに、この気合の入りよう。ボタンを留めて、玄関にある姿見で最終チェックをしている姉を見ていると、女性という生き物は大変だとつくづく思う。  ――後ろ、おかしくない?  ――大丈夫だよ。てか、今日何しに行くの?  ――愛恵里の結婚式のドレスを買いに行くのよ。  愛恵里さんは姉の大学時代の友人だ。卒業してからは良きオタク仲間として、一緒にイベントに行っていたりしていた。姉に負けず劣らずな濃いオタクだったが、ついに結婚するらしい。「また私の仲間が減る!」と、報告を受けた姉は大荒れだった。  ――先越されちゃったね。  ――うるさぁい。お昼、奢ってあげないわよ。  口ではそう言っても顔が笑っている辺り、さっぱりとした性格の姉らしい。愛恵里さんの結婚も口では何のと言いつつも、祝福しているのが伝わってくる。だから俺は思わずにいられなかった。姉はいつ結婚するんだろうか?  彼氏がいたこともあったが、「やっぱり私は二次元の男がいいわ」なんて言って別れてしまった。どうかすると一日家で休んでいるだけになってしまう俺からすれば、休みの日にこうして一緒に過ごせる相手がいるのは有難いが、俺ももう二十六だ。姉とばかり過ごしてもいられない気がする。  ……って、二十六歳?  あれ、俺……高校生をしていた筈……姉がプレイしていたゲームを下敷きにした同人詩の世界、なんていう突飛な設定の世界で……

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