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第十一章 現実との戦い(2)

 はっと目を開いた瞬間に飛び込んできたのは、天井で煌々と輝くシーリングライトだった。  目にした光景に俺は途惑った。  俺の部屋のシーリングライトはボール型だ。それに対して、この部屋のシーリングライトは底の浅い円柱型。形状が違うということは、ここは俺の部屋ではないのだろう。けれどもここが何処であるのかが思い出せない。  俺は寝る前に何をしていた?  疲労感の残る身体は深くベッドに沈んでいた。手足を持ち上げるのですら億劫だが、他人の部屋とあってはのんびりとはしていられない。俺はのそりとベッドから身体を起こした。ゆっくりと周囲を見渡すと、左手側にあるベランダに続く窓が開いているのが目に入った。 「良かった。意識が戻ったようだね」  夜景を臨んでいたようだ。窓枠に凭れていた相馬が俺を振り返った。  ああ、そうだ。俺は思い出した。ここは相馬のマンションの寝室だ。クローゼットとベッド、そしてベッドサイドランプに観葉植物と順繰りに視線を滑らせる。この部屋で俺は相馬たち五人を相手に愛欲に耽っていた……。 「四人は?」  俺は相馬に尋ねた。  ようやく意識の回路が働き始めたのだろう。先程までとは違って、脳にシームレスに意識が繋がっている感覚がある。 「一成と一臣ならリビングにいるよ。また気絶させてしまったと落ち込んでいたから、顔を出してあげるといい」 「眞と真優は?」 「もう十時だからね。帰したよ。明日、元気な顔を見せてあげるんだね」  どうやら俺はまたも性行為(セックス)の最中に気を失ってしまったらしかった。  とはいえ、非力で体力の少ない望海の身体である。まあそうなるよな。と、いう感想しか浮かんでこなかった。こうした事態を避ける為にジョギングだのトレーニングだのをしていたのだが、期間が短かったからだろう。付け焼き刃的な効果しか齎さなかったようだ。  いや、付け焼き刃ですらなかったというべきか。  そもそも、三人目の一臣の時点で、俺の意識は飛びがちになっていた。眞に真優と性感帯を攻められながら突かれ続けていたのだ。極度な快感は、俺から理性と意識を奪っていった。消失する平衡感覚。自分が縦になっているのか横になっているのかもわからない。時折、意識が醒めても、また直ぐに元の木阿弥だ。それでも一臣との性行為(セックス)は、まだ記憶がある方だ。背後から一臣が俺を突いていたことも、自分が果てた瞬間も思い出せる。  問題は一成と相馬だ。性行為(セックス)をした順番までは覚えているものの、何をしていたかが殆ど思い出せない。 「俺、変なこと言ってなかった?」 「変なこと?」  相馬が怪訝そうな表情を浮かべて俺を見る。  意識が混濁している間に見た姉の夢。つい先程の出来事のように感じるその夢は、本当に今さっき見たものであったのだろうか? その疑問を直接相馬にぶつけられない俺は、言葉を濁して相馬に言った。 「正直、途中からあんまり記憶がなくて」 「そうだったんだね。それは悪いことをした」 「変なことを言ったりやったりしたんじゃないかって」 「大丈夫だよ、望海」  窓から離れた相馬がベッドサイドに腰を下ろした。俺が余程頼りなげに見えたようだ。頬を撫でてくる手。その柔らかな感触が、窓から滑り込んでくる夜風に晒されている俺の身体と、不安に怯える俺の心を温めてくれる。 「積極的という意味ではいつも以上だったがね。それ以外におかしなことはなかったよ」 「そっか。なら、良かった。変な夢を見ていたものだから」 「気を失ってから見たのだろうね。今週はハードなスケジュールだっただろう。疲れも溜まっていた筈だ」  変な夢というのは嘘だ。  俺は明瞭(はっき)りと思い出した。園崎さんが持っているふたつの癖。俺の記憶を刺激するその癖が、元々誰のものであったのかを。そう、それは俺の姉、藤村瑞穂のものだ。何故、これまでその大事な記憶を思い出せなかったのか。ずうっと変わることのなかったふたつの癖を、俺は死んだその日にも見ていた筈だったのに。 「どうする、望海。今日は泊まってゆくかい」 「でも、荷物を取りに帰らないといけないし」 「明日の朝にするといい。車を出してあげよう」 「一成と一臣は」 「危ないからね。望海が一緒でもいいというのであれば、彼らも泊めるよ」  どういったときであろうと崩れることのない相馬の余裕めいた表情。それが僅かに歪んでいる。  それもそうだ。俺は時間を逆算した。俺が気を失ってから、どれだけの時間が経った? 窓から射し込む柔らかな光はとうに消え、辺りは宵闇に包まれてしまっている。俺が相馬の立場だったら、とても落ち着いてはいられないだろう。だのに彼は気丈にも俺の目覚めを待ち続けた。そのいじらしさが俺の胸を締め付ける。 「じゃあ、お言葉に甘えようかな」 「そうしてくれると私も嬉しいよ」  俺は相馬から離れてベッドを出た。そして枕元に畳んであった衣服を手に取った。  気を失っている間に拭いてくれたのだろう。どこかさっぱりとしている身体に、服を纏わせてゆく。一成と一臣に顔を見せるついでに、今日は相馬の家に全員で泊まることを伝えなくては。あとは両親にも連絡だ。相馬に頭が上がらない父親は絶対に駄目と言わないのがわかっているが、それでも無断で外泊は出来ない。 「どうしたの、相馬。そんなにまじまじと俺を見て……」 「いや、いつ見ても華奢な身体だと思ってね」 「言わないでよ。コンプレックスなんだから」 「こうしたことが起こると心配になるね。筋肉を付ける気はあるのかい?」 「筋トレ始めたんだよ。そうじゃないと全員を一度に相手出来ないでしょ」 「それは大変だ」相馬が着替えを終えた俺の隣に立つ。「付けた方がいいとはいえ、抱き心地が変わるのは不安だね」 「どっちなの、相馬」  俺は笑った。  相馬の言いたいことはわかる。今のままでは俺は同じことを繰り返すだろう。そういった意味では筋肉や体力を付けるのは必要だ。かといって筋トレに励み過ぎて筋骨隆々な城石望海になられるのも困りもの。体格で主客が転倒しかねない。 「なるべく今のままでいて欲しいのだけれどね。でも、どうなっても望海は望海だよ」  俺は相馬と一緒に寝室を出た。リビングで待っている一成と一臣の許に向かうと、こちらも不安な時間を過ごしていたようだ。さっとソファから立ち上がると、俺の許に歩んでくる。「ご無事で良かった」とは、大袈裟な言葉だとは思うが、数時間に渡って気を失っていたのだ。彼らの心配は尤もだ。  けれども、俺の頭の中は彼らの心配を余所に、別のことで埋め尽くされていた。  園崎有栖=藤村瑞穂。  もしこれが事実だとすれば、姉は矢張りあの事故で命を落としてしまったということになる。  遅れてやってきた非情な現実に、けれども俺は冷静だった。きっと、一成や一臣、相馬の存在が俺の悲嘆に暮れたくなる気持ちにブレーキをかけてくれているのだ。そういった意味で、彼らの存在は本当に得難いものだ。これが望海の幼少期のように孤独に苛まれている渦中であったら、こうはいられない。 「相馬、父さん泊まっていっていいって」 「そう、良かったよ。水曜も泊めてしまったからね。そろそろ俺の息子を返せと言われるんじゃないかと思っていたよ」 「そんな性格じゃないよ、うちの父さん」 「社長は望海様を可愛がっておられますから」 「相手が相馬様でも結婚となったら一悶着起こすと思いますよ」  両親に外泊の許可を得た俺は、就寝の時間までの僅かな時間を四人での会話に使った。内容は他愛ないものばかりだったけれども、有り触れた日常が心に染み渡る。彼らの有難みを噛み締めた俺は、いつになく晴れやかな気分で眠りに就いた。

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