36 / 46

第十一章 現実との戦い(5)

 火曜日の俺は先ず昼に真優を呼び出した。  中庭で一緒に昼食を取りながら話を聞いたところによると、日曜日の俺は真優にはかなり刺激的だったようだ。性に纏わる話ということもあって、確信的な物言いは避けていたが、最後の方の俺はかなり性行為(セックス)に能動的で、とても意識を飛ばしている状況には思えなかったとのこと。「それがいきなり気を失ったから、驚いてしまってね……」真優としては俺が気絶したことがかなりのショックだったのだろう。全員で性行為(セックス)することについては、相馬に再考を促してみるつもりでいるらしい。  一体、俺は何をしたんだ。  はっきりしない状況に悩ましさを覚えつつ放課後を迎えた俺は、デートのついでに一臣にその点について問い質すことにした。指には先週買ってもらった指輪(リング)。場所を選ぶ話題だけあって、一臣は俺を何処に連れて行くか悩んだようだが、「私も行ってみたかったので」と、先週、一成が連れて行ってくれた羽ケ崎海岸に向かうことになった。ただ、展望台は人が多いので、話をしたのは海岸の方でだ。 「日曜日の望海様が、後半になるにつれて積極的になっていったのは確かですね」  シーズンが過ぎた羽ケ崎海岸は、殆どと言っていいほど人がいなかった。展望台に行くついでに海を見ようぐらいの気持ちなのだろう。カップルの姿がまばらにある程度。青空がまばらに広がる曇りという天候や波の少ない海ということもあり、レジャー目的の家族やサーファーの姿はなかった。 「俺、何をしたの?」 「本当に記憶がないのですね」 「うん。一臣としたところまでは、うっすら残ってるんだけどね」  背後から俺に挿入してきた一臣は、俺の脇の下に手を差し入れて俺の身体を起こさせると、その大勢で俺を突いてきた。俺の前に立ったのは一成。口を開かせて自らのペニスを咥えさせてきた一成に「そういうのもアリなんだ」と、眞が言っていたのを覚えている。  乳首を撫で回していたのは眞と真優。相馬は俺の耳を舐りながら、俺のペニスを揉んでいた。俺自身が何を口走ったかはよく覚えていないが、射精したさに「イキたい」と繰り返していたとは思う。自分で言うのもなんだが、ここまではいつも通りである。俺は彼らのやりたいことに従って身体を使った。  随分と従属的ではあるが、俺はそういった自分の扱いに不満はなかった。自分からアレをしたいコレをしたいと言うのは気恥ずかしかったし、何よりそれが自分が一番気持ち良くなれる方法だとわかってしまっていた。そうである以上、今のままで充分なものを敢えて変える必要もない。俺が性行為(セックス)に対して受動的であるのはそういった理由からだ。  一臣もここまではいつもの俺だと認識していた。  風向きが変わったのは一成の番が回ってきてからだったようだ。そう、俺がほぼ全ての記憶を飛ばしているポイント。残された一成と相馬の内、一成が先だったことまでは覚えているが、彼らと自分がどういった性行為(セックス)をしたのかは、俺の中では完全に記憶の外だ。  一臣の言葉を信じるのであれば、俺は自ら一成に跨っていったのだという。  一成にベッドに横になるよう指示をし、その上で自ら挿入し、そして腰を振った。更には、胸を突き出し、眞と真優に乳首を吸うよう要求したというのだから驚きだ。それだけではない。両脇に相馬と一臣を立たせて、交互にペニスを口に咥えてみせたのだという。もうAV(アダルトビデオ)の世界である。いや、六人で性行為に耽っている時点で、既に充分そうなのだが。  これが相馬の嗜虐心に火を点けた。  後背位(バック)で挿入してきた相馬はベッドに仰臥して、俺の腰を抱えて突いた。だが、俺も黙ってはいなかった。がら空きになった乳首を一臣と一成に舐らせると、真優に腰を重ねるよう要求し、彼のペニスと自分のペニスを同時に扱いたのだという。その上で、眞のペニスを口に咥えてみせたというのであるから、頭が痛い。俺では絶対に出来ないことのオンパレードだ。城石望海の性倫理はどうなっているのかと思わずにいられない。 「あまりにも望海様が積極的だったものですから、直後に気を失われるとは露にも思わず……本当に申し訳ございませんでした」 「いいよ、それは。途中で言わなかった俺も悪いんだし」  俺を抱き締めて肩を震わせる一臣は、俺の異変に気付けなかった自分を責めているようだった。だから俺は一臣にこう言った。「俺も気を付けるから、一臣も気を付けてくれると嬉しい」それで少しは心が慰められたようだ。わかりました。と、犬のように無邪気な笑顔が浮かぶ。  砂浜をふたりで散歩した後は展望台に向かった。一成と対等でありたい一臣としては、一成のように写真を撮りたかったようだが、生憎の天気である。ロケーションに悩む一臣を「また天気のいいときにしようよ」と宥めて、俺は一臣と帰途に就いた。 「待ってたわ、瑞樹」  家に帰り、食事と風呂を済ませ、すっかり日課となったトレーニングを終えてから姉に連絡すると、待ちかねていたようだ。ワンコールで電話に出た。 「昨日の続きよ。違和感て何?」 「その前に、これまで俺に何が起こったか聞いて欲しいんだけど」 「『秘密の花園』の物語通りのことが身に起こったんじゃないの?」 「そう言えればいいんだけど、俺、あの話、そこまでちゃんと覚えてないんだよね。だから姉さんに聞いてもらって、物語と違う流れになっている部分があったら教えてもらいたいんだけど……」 「ああ、そういうこと」  俺はこれまでの経緯を姉に説明した。  断罪イベントから逃れる為に、家出をしたものの家に連れ戻されてしまったこと。それがきっかけで、一成と一臣が俺の監視役になったこと。そのままではいけないと思って、過去に望海が被害を及ぼした相手に謝罪行脚を行ったこと。夏休みの一件で謹慎処分を受けた俺が、父親のマンションで暫く生活することになったことも話したし、言い難いことではあったが、そこで一成と一臣に監禁されたことも話した。 「ここまでだと、合っているのは一成と一臣関連のイベントだけね」 「本当はどうなる筈だったの? 俺、あの状態の望海が自ら更生するなんてことないんじゃないかって思ってたんだけど」 「相馬様に忠告を受けるのよ」 「相馬に?」 「そう。『このままでは君との付き合いを考え直さないとならなくなるね』って」  神代学園の中等部に入学した望海は、一年次の夏休み前に同級生と揉めたのをきっかけに、人間不信を更に拗らせてしまう。芸能界なんて水物だとモデルである母親の努力を、所詮は運だと揶揄されたのだ。母親の愛情に飢えていた望海だったが、母親に対する愛情は失っていなかった。それを「あのぐらいの容姿ならごまんといる」と言われてしまった……日常生活で感じる苛立ちをイジメで発散していた望海にとって、それはイジメの内容をエスカレートさせるのに充分な威力だった。結果、それまで無視(シカト)や仲間外れ程度だった望海のイジメは、靴や教科書を捨てるといった物理的な方向へとシフトしていってしまう。  何も知らない振りをしていた相馬だったが、俺に言った通りに、望海がどういった生活を送っているかについては、かなりの部分まで把握していたようだ。当然、望海が行っていたイジメの内容がエスカレートしたことも伝わっていた。このままでいくと、望海は制御不可能な方向に向かってしまうのではないか。心配した彼は、だからこそ望海に忠告し、彼がどう動くのかを見ることにしたのだという。 「成程ね。それじゃあ流石に更生するなあ。この世界の望海、本当に相馬のこと好きだもの。でも俺、同級生にそんなこと言われた覚えないや」 「この件に関しては、瑞樹の方が先に行動を始めてしまったでしょ。だからイベントそのものが消えてしまったんじゃないかしら」 「じゃあ、行動を起こせばイベントは消せるんだ。ってことは、入学した時点で姉さんと仲良くしておけば良かったのか。そうすれば黒幕が別の人間になっていた可能性もあったかも」 「あとはもうちょっと理事長の好感度を稼いでおくとかね」 「そっか。そういう手もあったね。でも、知らなかったもんなあ。ここが『秘密の花園』の世界だなんて……」  俺は続けて姉に相馬や眞、真優との馴れ初めについても話した。マンションに尋ねてきた相馬と、流されるように性行為(セックス)をしてしまったこと。俺の絵を描きたいといった眞とデートをしたこと。その展開に焦った真優が俺たちの関係に混ざりたいと言ってきたこと。その結果、俺を共有する関係が出来上がってしまったこと……長い俺の話を聞いてくれた姉は、筋書き通りとはいえ、弟の乱脈激しい人間関係に驚いたようだ。「瑞樹は昔からちょっと気弱な部分があったけれども、ここまで流され易いなんて」と、呆れた風に言葉を継いだ。 「それは、まあ、自分でもそう思ってます……」 「私としては面白いからいいんだけど、瑞樹としてはどうなの?」 「いや、まあ、性行為(セックス)は気持ちいいし、皆も優しいし、一緒にいて楽しいで、正直、この関係自体に否定的な意見はないんだよね……」  そう、俺は今のこの関係に不満がなかった。  もしかすると俺は、真優が言うように、複数愛(ポリアモリー)の気があるのかも知れない。愛しているかと訊かれると、そこまで気持ちが成熟しているとは思えなかったが、少なくとも、彼らと性行為(セックス)が出来る程度には、俺は彼らに好意を抱いている。ただ、その気持ちに優劣がない。五人を等しく好きだと感じるこの気持ちを異常だとは思うが、俺の真実はそれだ。  では、俺の中の城石望海はどうなのだろうか?  城石望海は深い孤独を抱えて生きてきたキャラクターだ。城石望海として生きたくともつきまとう両親の威光。彼らの眩い経歴は、望海を世間の冷たい風に晒した。心無い言葉をぶつけられたり、扱いに差を付けられる生活は、望海と他者の間に見えない壁を作ってしまったのだ。  そうした背景(バックボーン)を振り返れば、望海のこの世界での幸福が、ハーレムエンドにあるのは理解出来る。自分を愛してくれる理解者たちに囲まれた日々。彼らは城石望海という少年の本質的な部分にその優しい眼差しを注いでいる。それは自分自身を見て欲しいという望海の願望が叶った未来だ。これがハッピーエンドでなければ何がハッピーエンドだろう。 「最初に性行為(セックス)が出てくる辺り、男ってやっぱり即物的なのね。肉体関係先にありきって、関係厨な私にはちょっと思うところがあるけど」  姉の言葉にはたと我に返る。俺は慌てて言葉を継いだ。 「いや、それだけじゃないよ。積み重ねたものがあるからこそ、っていうのはあるし」 「確かに。私が知らない時間を、瑞樹たちは過ごしてきたのだものね」 「そうそう。最初はびっくりしたけどね」  園崎有栖として外側の世界で生きてきた姉が知らない時間は、俺にとっては大事な記憶だ。  幼少期から密な付き合いを続けてきた相馬。監視役という立場にありながらも俺を助けてきてくれた一成に一臣。気の置けない友人としてともに過ごしてきた眞と真優。俺の学園生活は、彼らなしでは成り立たなかった。 「でも、それじゃあ違和感って何? 確かに、細部がちょっと違っている部分があったりはするけど、ここまで私にはちゃんと筋書き通りに物語が進んでいるようにしか思えるのだけど」 「細部が違う?」 「一成と一臣が監視役になっていたり、真優との推理小説の貸し合いとかね。本当だったら、純文学や詩を貸し合う仲なんだけど」 「それだよ、それ。そういうの」俺は膝を打った。「俺の記憶だと、眞って性的に結構過激だった印象なんだよね。なのにちゃんとデートをしてきたから驚いて……」 「ああ、それ? どちらも正しいわよ」  あっさりと言い放った姉に目を開く。  確かに、日曜日の眞はどこか遠慮がちだった真優と比べると積極的だった。進んで輪の中に混ざり、俺を悦ばせようと愛撫をしてきた眞。それを俺は初めての経験に対する高揚感の為せる業だと思っていたのだけど、どうやら本来の過激さが滲み出ただけであったようだ。 「『秘密の花園』には番外編があるのよ。それぞれのキャラクターと望海の性行為(セックス)だけを描いた作品集。そこで各自の性癖が明らかになるんだけど……これはお楽しみにしておくわ。全部種明かしちゃうと面白くないし」 「姉さん、俺のこと玩具にしてない?」 「だって、瑞樹は五人のこと好きなんでしょ。なら、特に物語を変える必要はないってことじゃない。私だってこの世界だったら異性関係の煩わしさとは距離を置いて生きていけそうだもの。何も変える必要がないってわかっちゃったら、それはねえ」 「いや、でも、気絶しちゃうのは何とか出来ないかって思ってるんだよね」 「変えたいって思ってもその程度なんでしょ。だったらそれはきちんと話をしないと。私たちが行動すれば物語(イベント)が変わるっていうのはわかったんだもの。ここからは自分で行動するターンよ、瑞樹」  確かにその通りだ。俺は姉の言葉に頷いた。  彼らとの関係が決定的に変わってしまうのが怖くて避けてしまっていた気絶問題。俺は彼らが俺を中心にひとつになることで、本来起きるだろう競争心や独占欲を抑えることを期待していたのだと思い知る。けれども、望海が出てきてしまった。俺が意識を飛ばしている間に五人との性行為(セックス)を能動的に愉しんだらしい望海。彼がハーレムの完成を好意的に受け入れているのは明らかだ。  と、なると――。  俺は憂鬱な気分になった。  この世界で生きていくことに対する懸念は今はない。未来をどうしようかという悩みはあるが、彼らとの関係についてはこのままでいいと思ってしまっている。彼らとのデートはそれだけ俺の気持ちを安定させたし固めてもくれた。だがそれは、本来、俺の中にいる『城石望海』が受け取る贈り物(ギフト)だった筈だ。だから俺は悩んでいる。このまま望海の人生を俺が奪い続けていいものか。  望海はこの世界を謳歌したいのだ。  でなければ、俺が意識を飛ばしている間に表に出てくるなどしないだろう。  明日は姉にその点についてどう考えているのかを聞いてみよう――姉との通話を終えた俺は、ベッドの中に潜った。毎日が刺激に溢れているからだろう。不安や心配とは裏腹に、俺は直ぐに眠りに落ちていった。

ともだちにシェアしよう!