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第十二章 選択のとき(1)

 高いところから眺める景色が好きなのだそうだ。  水曜日の相馬と羽ケ崎タワーに行った俺は、その後に相馬のマンションに招かれた。どちらも眺望の良さでは一流だ。目の前に広がる羽ケ崎市の景色。薄ら暗くなり始めた空に、地上の星と化した明かりが眩い。「子どもの頃からこうした景色が好きだったんだ。色々な人間がこの中で生活しているのだと感じられる気がしてね」と語った相馬。彼は月曜日の園崎有栖と俺の一件をかなり気にしているようだ。  無理もない。俺と園崎有栖の雰囲気が似ていることを怖いと口にしたぐらいだ。今となってみれば、それは望海と有栖の中身が姉弟であるからだと俺にはわかるのだが、どう足掻いても相馬の調査網には引っ掛からない情報である。それもあってだろう。相馬は俺と園崎有栖が何を話したのかをとても知りたがっていたが、俺に上手い言い訳が思い付く筈もない。俺は「いつかちゃんと話すよ」と、その内容を本当に来るかもわからない未来に託して逃げるしかなかった。  真優はきちんと相馬に話をしてくれたようだ。  六人での性行為(セックス)は本当に偶ににしようと言い出した相馬に、なら普段の性行為(セックス)はどうするつもりなのかと俺は尋ねた。「学生生活もあるしね。そこはきちんと日を決めた方がいいだろう。その話を今度の日曜日にしよう」相馬は相馬なりに他の四人の意志を尊重するつもりでいるようだ。確かにそれもそうだと納得した俺は、「俺も意見を言ってもいい?」と返した。勿論と答えた相馬に安心した俺は、一臣の証言が正しいのかを相馬に確認してから、用事があると言って、二十時頃にマンションを辞した。  木曜日の眞は変わらずに俺のデッサンに取り組んでいた。来週にはちゃんとした絵に取り掛かれると上機嫌で鉛筆を走らせる眞に、彼は園崎有栖の存在は気にかからないのだろうかと思った俺が尋ねると、「ちゃんと俺との時間を取ってくれてるしね」と、余裕ありげな態度をみせた。  それだけ俺は眞に信頼されているのだ。身が引き締まる思いに駆られた俺は、五人に不誠実な真似だけはすまいと決意を新たにした。  来週には本番に入るからだろう。別れ際、「次のデート、何処に行きたいか考えておいて」と言ってきた眞。俺と以前した『絵が完成したらデート』の約束を忘れていなかったようだ。そこまで律儀にならなくともいいのにと思いながらも、俺の言葉を覚えていてくれたことが素直に嬉しい。俺は「やっぱり羽ケ崎市ツアーかな」と、笑って眞と別れた。  金曜日の一成は、一臣と公平を期したかったらしい。「私も指輪を買って差し上げたいのですが」と、俺を二つ隣りの市に連れて行った。ここには羽ケ崎市の駅前のSC(ショッピングセンター)の三倍はある商業施設がある。駅からは少し離れているので、片道一時間ほどの道程になったが、それだけに指輪の種類も多かった。「同じくらいの値段のものにしたいのですが、望海様の希望はありますか」と問われたので、「一成が俺の為に選んでくれるならそれが一番嬉しいよ」と答えた。  いざそう言われると迷うのだろう。一時間近くあれでもないこれでもないと悩んでいた一成だったが、最終的に細身のリングが連なる五連リングの指輪を購入した。「私が勝手に決めていいものではないとは思うのですが、これで五人分というのはどうでしょう」他の四人の存在を無にしない提案に、俺は一成の優しさを感じて嬉しくなった。  勿論、指輪(リング)は直ぐに嵌めて一成に見せた。「よくお似合いです」普段は綽然とした表情の多い一成だったが、流石にこのときばかりはにかんでみせた。案外、こういった表情も可愛いな。俺は五人分の指輪の重みを感じながら帰途に就いた。  その三日間の全ての夜を、俺は姉との通話に使った。  瑞樹と望海、瑞穂と有栖。ひとつの身体にふたつの魂が押し込められている状態について、姉とどうすべきか話し合ったのだ。  とはいえ、最初、姉は俺ほどには深刻に事態を捉えていなかった。それもそうだ。姉が避けたいのは煩わしい異性関係。そういった意味で、有栖を意見を同一にしている姉は、俺のように望海の存在に悩まされてはいなかったのだから。  けれども、姉だって自分の中の有栖と折り合いを付けて生きているのは一緒だ。小学校の件もある。姉が有栖の意志に反する行動を取れば、有栖に行動を制御されることもあるだろう。俺がそれを指摘すると、悩んだ時代を思い出したのだろう。「確かに、私の中に有栖が存在している以上、私は有栖が認めた人生しか生きられないということになるわね……」と、悩まし気な様子をみせた。 「でも、どうするの? 私たちに特殊な能力はないわよ。ファンタジーな異世界転生ものならまだしも、ここは現代日本を舞台にしているのだし」 「そうなんだよね。だから姉さんの知恵を借りたかったんだけど」 「難しいわよ、それ」溜息混じりの声がスマートフォンから聞こえてくる。「私たちがひとつになれれば一番なのでしょうけど」 「その状態から分離しちゃってるしね」 「そうなのよねえ。転生ものの定石(セオリー)とはいえ、何故こんなことになっているのかしら」 「そういう理不尽な展開について、ちゃんと理屈が通ってるラノベってないの?」 「私が読んだ範囲ではないわね。あったら凄い話題になってると思うけど、大抵は神の存在に丸投げというか……」 「あー、あるね。神様が出てきて転生させてくれるってヤツ。間違って死なせてしまったからなんとかとか」 「そういう理由だったらとうに神様だって出てきてるでしょうしねえ」  スマートフォン越しでも困っているのが伝わってくる声。オタク文化に精通しているさしもの姉も、この難題を解決するだけの知識はないようだ。結局、二晩をこの話題で費やしてしまった。  姉でどうにもならなければ、俺が考えるしかない。俺はない知恵を振り絞った。姉で知識が足りないのであれば、それ以上の知識を集めるしかない。そう、例えば真優のように他者を圧倒する知識量。それだけあれば、この閉塞した状況を打開する案が出てくるのではないか……。  そこまで考えて、俺は目を瞠った。  そうだ。真優だ。  俺が城石望海ではないことを彼に打ち明けるのはどうだろう。  物語世界に迷い込んだ異分子である俺たちの、異分子であるが故の問題を解決するのに、物語に登場するキャラクターの力を借りる。あまりラノベを読まない俺だが、こういった解決方法を使った話は聞いたことがない。いや、使いたくとも使えないのではなかろうか。異世界転生ものはお約束で出来ていると聞く。少しでも展開がずれると読者が離れてゆく世界では、どれだけ予定調和な展開にするか――そして、その中でバリエーションを持たせるかの方に比重が置かれているのだろう。アクロバティックな話はあまり受け入れられないとも聞いたことがある。  ということは、この手法を使えば、この予定調和な世界の規律を壊せるということだ。  その先にあるのは、キャラクターの自立だ。  そう、俺がずっと悩ましさを感じていたもうひとつの問題。相馬たちキャラクターが、物語に即した思考や行動をしてしまっているのではないかという疑念の解決策。瑞樹と瑞穂というふたりの上位存在を、下位世界の存在である彼らが認めれば、この世界は確実に変わる。当たり前だ。物語のお約束――即ち設定が壊れた以上、彼らは最早キャラクターではいられない。蒼井相馬、桜坂一成、橘一臣、碧川真優、そして、銅音眞。それだけではない。城石望海だって、園崎有栖だってそうだ。彼らは物語世界のキャラクターという役割から解放される。  彼らをひとりの意志ある存在にするのに、これ以上の案があるだろうか。  三日目の晩に俺はその案を姉に提案してみた。日曜日に相馬たちに俺たちが上位世界から転生してきた存在であることを打ち明けようと。 「あなた、それ本気で言ってるの?」  姉は大いに驚いていたが、俺の説明を聞く内に心を動かされたようだ。「確かにそれなら、物語の強制力も働けなくなるわ」と、感心した様子で言葉を継ぐと、すぐさま覚悟を決めたようだ。「やってみましょうよ」力強く頷いた。 「もしかすると世界が壊れるかも知れないけれど、私たちが私たちらしく生きられないよりかはマシだわ」 「世界が壊れる?」 「そりゃあそうよ。バグを突くのと一緒でしょ、その提案。ゲームだったら進行不能になるところだわ」 「あー、そうか」俺の中に少しだけ迷いが生まれる。  けれどもそれも短い時間だった。姉は自分らしく生きたいという意志が強いのだろう。今度は逆に俺が説得される番となった。「あなたにとって、望海に支配される人生と、自分のやりたいように生きられる人生はどちらがいいの?」姉に二択を突き付けられた俺は腹を括った。まだ将来を決めていない人生だったけれども、生かされる人生よりかは、生きられるように生きられる人生の方がいい。  それは俺に限らず、相馬たちもだ。  このまま何も知らず、ましてや気付きもしないまま、キャラクターの役割に縛られる人生よりかは、艱難辛苦の道程であっても、自ら道を切り拓ける可能性のある人生の方がいいに決まっている。  独りよがりな考えだ。それはわかっている。  それでも俺は彼らを解放したかった。何より、『城石望海』として彼らと付き合い続けている現状に俺は思うところが増えてしまっている。俺の本来の性格は望海とは異なるところが多い。だのに俺は、本来寵を受けるべき望海を差し置いて、相馬たちの愛情を受ける立場に収まってしまっている。  前世の記憶を持つ俺は、そういった意味では、未だ『藤村瑞樹』であるのだ。  だから俺は彼らに全てを打ち明ける決心をした。全員が自分らしく生きられる未来を得る為に。  きっと、今度の日曜日は長い一日になるだろう。もしかすると、この世界での最後の一日になるかも知れない。それでも、俺は怖くなかった。これで俺の人間としての人生が終わってもいい。俺は自分が悔いなく生きる為の選択を確かに出来た手応えを感じていた。

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