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第十二章 選択のとき(4)

 相馬のマンションを辞した俺たちは、ひとりでゆっくり考えたいという一成とも別れ、五人で少し離れた場所にある喫茶店に入った。  目的は真優が思い付いたという解決策だ。  相馬と一成が俺の存在を受け入れ難く感じているのであれば、『望海とひとつになる』目標は捨てて、『ひとつの身体にひとつの魂』という本来あるべき方向を目指してもいいのではないか? 有栖の存在を不安要素と捉えている姉も、俺と考えは同一であるようだ。「私は私らしく生きたい。それが園崎有栖でなくともいい。自分の身体と人生が欲しいのよ」真優に迫った姉の言葉は、姉の悲痛な本心であるとも言えた。 「だけど、その結果、君たちの魂が行き場を失くしてしまったら……」 「でも、今のままじゃ望海と有栖は表に出られない。それは彼らの人生を俺たちが消費するのと一緒だよ」  俺は姉とともに真優の説得に当たった。  周囲に俺と姉の存在を受け入れてもらったところで、俺たちがキャラクターの人生を食い潰している状態であるのに違いはない。誰かを犠牲にして成り立つかりそめの平和に意味はあるだろうか? 俺と姉が表に出続ける限り、望海と有栖は身体の中に押し込められ続けるのだ。俺と姉が自分らしく生きられることを望むように、彼らだって自分らしく生きたいと望んでいることだろう。それはこの身体を自由に使えなければ出来ないことだ。  真優は随分と口にするのを渋っていたが、重ねて俺たちが説得を続けると、「わかったよ」と、諦めた様子で口を開いた。 「ただ、これだけは忘れないで。僕は藤村瑞樹を好きになった人間だってこと。眞だって一臣だってそう。皆、君の性格に惹かれてこの場に残っている。君という人間が消失してしまったら、僕たちは同じようには望海と付き合えない。そうした状況であることを加味した上で、君が試す価値があるのかどうか――きちんと見極めてから実行に移して欲しい」 「わかったよ、真優」  俺は姉と視線を合わせてから、深く頷いた。  真優が複雑な気持ちでいるのは理解している。俺の自我が出てきてから俺と知り合った彼にとって、『城石望海』は未知なる人間だ。人間性の現れである中身が異なれば、それはもう他人である。彼の言葉は、俺を外見だけで好きになったのではないということを俺に伝えてくれた。  それは眞にしてもそうだ。彼らは本来の城石望海を知らないまま、俺を城石望海だと思って付き合いを続けてきた。人は見た目が七割などという言葉もあるが、美人は三日見れば飽きるという言葉もあるのだ。彼らが本来の城石望海というキャラクターを目の当たりにして、果たして外見が同一だからと付き合いを続けられるかというと、俺にはわからないとしか答えようがない。  俺の所為で、望海は本来あるべきイベントを幾つかスキップしているのだ。  それが彼の人格形成に影響を与えていない筈がない。  相馬の忠告などその最たるものだ。彼がイジメを止めるきっかけになった言葉を、俺は相馬から聞いていない。ただ過去にイジメをしていた事実を『知っていた』と伝えられただけだ。それが望海の成長を止めている可能性だってある。何より俺は望海と話が出来ない。ただ彼の感情を感じることしか出来ない以上、今の城石望海の性格がどうなっているかなどわかりようがないではないか。  そういった意味で、俺と姉の告白は確かにこの世界を『壊した』のだ。  眞と真優、一臣は自立したキャラクターとなった。自分たちが愛情を捧げているのが『藤村瑞樹』であることを知った彼らは、『城石望海』に愛情を捧げられるかはわからないと言っている。そういった彼らが存在するこの世界から、安易に『藤村瑞樹』を消していいものか――真優に突き付けられた現実は、俺の覚悟を問うものだ。  城石望海をこの世界に返す。  俺はその願いを、それでも叶えたい。  ゆっくりと育んだ彼らへの愛情は、俺をこの物語世界に繋ぎ留めようとする。前世でこんな風に他人に愛を捧げられることのなかった俺は、彼らの気持ちに心を縛られているのだ。でも、だからこそ、もういい――という気持ちもあった。この広い世界、不思議な世界も含めて幾つもの世界が連なっているこの宇宙の何処かには、等身大の俺を愛してくれる人間がいる。それが俺にはわかった。偶々前世では色んな条件が重なって俺という存在が埋もれてしまっただけだ。そうも思えるようになった。  そういった意味で、この神妙不可思議な世界での奇妙な経験の数々には意味があったのだ。  どこかにいるかも知れない神様は、もしかすると俺にそれを教える為に俺をこの世界に飛ばしたのかも知れない。お前にはちゃんと魅力がある。そのことを俺に伝えようとしたのかも知れない。だとしたら、俺はそのメッセージを確かに受け取った。次の俺の人生がどうなるかはわからないし、もしかすると望海とひとつになれるかも知れなかったが、いずれにせよ、非モテだなんだと自分を腐すことはもうしない。俺はありのままで、きちんと他人に愛される人間である。その自信を胸に抱いて生きていこう。 「案はふたつある」  真優が指をふたつ立てて口にする。 「ひとつ目は時間がかかる上に、他のリスクもあるから、僕としてはあまりお勧めしない。ふたつ目は簡単だけれども、やり方次第では望海や有栖も消えてしまう可能性がある。それでも君たちは聞くんだよね」 「勿論よ」 「当然だよ」 「なら、説明するよ」  クラッシックな喫茶店は静けさに満ちていて、少しでも声を張り上げると話の内容が筒抜けになってしまう環境だ。ボックス席に身を寄せ合うようにして座っているとはいえ、聞かれていい話でもない。だからだろう。前傾した真優が俺たちの方に額を寄せてくるようにして話を始めた。 「ひとつ目は君たちが望海と有栖に話しかける方法。話しかけるのは心の中でいい。これで先ずは望海や有栖と会話が出来るようになることを目指すんだ。話しが出来るようになれば、それは魂が重なり合っているのと同じ――つまり、人格がふたつあるのと変わらない状態だよね。そうなれば統合まではあと一歩だよ。これを根気よく続けるって話」 「リスクっていうのは何?」俺は尋ねた。 「イマジナリーな存在に話しかけるのを続けていると、人格を新たに生み出してしまうことがあるんだよね。これ以上、身体の中をややこしくしたくはないでしょ。それがひとつ目のリスク。ふたつ目のリスクは、精神的な距離を近くした分、望海や有栖が表に出てくる可能性が高くなるってこと。君たちとしては望ましい状態かも知れないけれど、周囲にいる人間は混乱するよね。ましてや君たち、有栖や望海が表に出ている間の記憶はないみたいだし」 「でも、これなら負担が少ない分、直ぐに始められそうだわ」  どう? と、俺の顔を覗き込んでくる姉に俺は頷いた。  もっとややこしいことになる可能性はあるにはあるが、やらないよりかはやってみた方がいい。そう思える案だ。 「有栖は頑張れば身体を動かせるみたいだから、交換日記を付けるのもいいかも知れない」真優が目の前のカップを取り上げる。「ただ、瑞樹と望海の方がね……こっちはかなり時間がかかるんじゃないかな」  話をしたことで喉が渇いたようだ。珈琲を口に含んだ真優が、空になったカップの中に視線を落として、「すみません。珈琲のお代わり」とマスターに声を掛ける。 「もうひとつは?」姉が尋ねた。 「凄くシンプルだけど、凄く大変だよ。それでも聞く?」 「聞きたいわ」 「俺も、知りたい」  俺と姉の返答があまりにも早かったからだろう。ふう、と、溜息を吐いた真優が「好奇心は猫をも殺すって言葉があるんだけどなあ」と、呆れた口調で呟く。 「でもまあ仕方ないか。君たちにしてみれば、喫緊の課題だもんね」 「私は今は上手くやれているけれども、瑞樹がね……」 「そりゃあそうだよね。僕、瑞樹と望海が交代していたの、気付かなかったし」  肩を落とした真優に、「いや、でも、それは仕方がないよ」俺は慰めになるかわからない言葉をかけた。 「うん、まあ、まさか中にもうひとりいるとは思わないよね。でも、気付けてなきゃおかしかったよ」  それはそれだけ先週の日曜日の望海の行動が、真優にショックを与えたということでもあった。無理もない。性愛に重きを置かない真優にとって、先週の日曜日の相馬のマンションの出来事は刺激が強過ぎた。そこに加えて望海の暴走である。眞に対する対抗心で頑張っていた彼は、だからこそ、俺の中身が入れ替わっていたことに気付けなかった自分に口惜しさを覚えている。  少しばかししょげ返った真優に、場の空気が静まる。一臣と眞のカップの中身はもう空だ。真優が注文(オーダー)した珈琲が届けられたのを機に、めいめい新たな注文(オーダー)を通す。俺もレモンスカッシュを注文した。話し疲れた喉をさっぱりさせたかったからだ。 「で、もうひとつの案なんだけど」  珈琲をひと口、口に含んで喉を潤した真優が切り出してくる。 「うん」 「君たち、死んでみる気はある?」  話が再開するなり飛び出してきた突拍子もない提案に、俺と姉は驚いて顔を見合わせた。

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