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第十三章 終わりの始まり(3)

 展望台から自宅へと。一成と一緒に帰宅した俺は、和香子さんから今日届いた郵便物を受け取った。塾や予備校の案内状に、慈善団体からのお礼状。恵まれた環境に生まれついた俺は、一般的な高校生と比べると破格の小遣いを貰っているのだが、インドアな気質も手伝って、その大半を腐らせてしまっている。そこで何か有効な使い道はないかと探した結果、慈善団体への寄付に行きついた訳だ。  寄付といっても小遣いの余りなので、世間が想像するような巨額ではない。どれも一口一万円ぐらいのものばかり。それでも律儀に届けられるお礼状。ここにかかる事務費もかなりのものだろうに――と、思いながらお礼状を眺める。  例年ならもう届いている筈の相馬の誕生日パーティの招待状は、今日も届いていなかった。  十一月三十日生まれの相馬は毎年、十一月の最終日曜日に会社や学園の関係者を呼んで盛大にパーティを行う。相馬と親交を持つようになってから十年以上。これまで参加するのが当たり前だったパーティに呼ばれない現実は、俺と、俺の中にいる望海をかなり打ちのめしていた。デートなどで少し気分が上向いても、直ぐに気分が沈んでゆく。今だってそうだ。澱んだ気分が二重に心に纏わり付く。これは気分転換をするしかない。だから俺は俺と望海が好きな音楽を聴くことにした。  サン=サーンスの交響詩、死の舞踏。  気持ちを鎮めようとしているのだろう。望海が音楽にじっくりと耳を傾けようとしているのが、身体を通じて伝わってくる。  瑞樹と望海の両方を選んだ一成は、自身の選択も相俟って、相馬もまた戻ってくるだろうと思っているようだが、俺はその可能性は五分五分だと考えていた。一成に一臣、眞に真優と他の四人がどちらを選ぶかを先ず考えたあの場で、相馬は『自分の気持ちが誰にどう向いているのかが、わからなくなってしまった』と言ったのだ。それは俺がどうとか望海がどうとかではなく、もっと深いところで相馬が自身の気持ちと向き合わざるを得なくなったことを意味しているのではないか。  この好意は本当に自分のものであるのか。  筋書き通りに物語が進んでしまっている以上、そして自分がその物語世界の必須キャラクターである以上、そこには抗えない何らかの意志が介在すると考えるのが普通だ。それ即ち物語の強制力。上位世界から来た異分子(イレギュラー)である俺はさておき、既に完成されている世界で生きている彼らは、その力に逆らえないだろう。もしかすると、相馬はそこまで考えてしまったのかも知れない。 「俺は相馬がどう考えても仕方ないと思えるけど、望海は嫌だよね……」  俺の言葉に心が震える。  人間不信だった望海が、その頑なだった心を開いた唯一の相手。蒼井相馬。今の望海は俺を通じて世界を体験しているからか。一成や一臣、眞や真優に対してもそれなりに好意をいだいているようだが、表に出ている間の望海にとっての世界は本当に相馬一色だった。他人に言われれば腹を立てる台詞でも、相馬に言われればすっと受け入れる……だから彼は本来の『秘密の花園』の物語できちんと更生してみせるのだ。相馬に見捨てられたくない。その一心で。  その望海に、相馬を失わせたくない。そう思う。 「坊ちゃま、食事の支度が出来ましたよ」  曲を聴き終えて、少ししてから和香子さんに呼ばれた俺はダイニングに向かった。久しぶりに会話が弾む食卓。一成が饒舌なのが嬉しい。そんな俺たちを微笑ましそうに眺める和香子さん。  和香子さんは俺と一成の雰囲気がおかしいことに気付いていたようだ。「やっぱり賑やかなのが一番ですよ」と、カウンターの向こう側で片付け物をしながら微笑んだ。  食事を終えた俺は直ぐに風呂を済ませ、宿題を片付けた。さくっと終わらせて、土曜日の予定を決めるべく姉との通話を始める。 「何かいい方法、思い付いた?」 「全然。死にそうな思いが出来るアクティビティって、そんなにないのね。瑞樹は?」  俺と姉は明日をどうすべきか話し合った。だが、今の俺たちで思い付くことはやり尽くしてしまったようだ。探しても丁度いいアクティビティが見付からない。となると、後は地道に望海との会話を続けて魂の統合を目指すしかなくなる。 「これからが正念場ね」  もう死ぬ思いをする為に出掛けるのは止めにしよう。一致した意見に姉が言う。 「どうなの、姉さんは」  姉に進捗を訊いてみると、姉と有栖は会話が成立するようになったらしい。「時々、ふわっと有栖と重なっている感覚がするのよ」と、統合が上手く進んでいるような台詞を吐く。対して、俺と望海は――焦りにも似た感情が湧き上がってくる。望海は俺の言っていることがわかるようだが、俺は望海の言いたいことがわからないままだ。  この調子で、ひとつになれる日が来るのだろうか?  悩ましさを抱えたまま通話を終える。と、十秒も経たぬ内にスマートフォンが鳴った。着信画面を見ると蒼井相馬の文字。まさか。俺は指を震わせながら、相馬からの電話を取った。 「こうして話すのは久しぶりだね、望海……いや、瑞樹」  学園で話をする機会はあったが、一臣や同級生と、その場には必ず誰かがいた。約一か月ぶり――水曜のデート以来となる相馬との一対一の会話に俺の心が逸る。 「出てくれないから心配だったよ」 「ああ、ごめんね。姉さんと話をしていて……」  俺は相馬の柔らかくて穏やかな声を聞きながら、自分の想いを改めて確認した。ああ、やっぱり好きだ。聞いているだけで俺を安心させてくれる相馬の声。そこに包み込むような優しさを感じるのは、俺が自惚れているからだろうか。そんなことを考える。 「進捗はどうなのかな。上手く望海と統合出来そうかい?」 「姉さんの方は順調みたいだけど……」俺は言葉尻を弱らせた。「俺は相変わらず。何かを答えてくれているのはわかるんだけどね」 「難しいものだね。元はひとつだったのだろう?」 「多分ね。それか、俺が望海の中にいたか、だよね。それが記憶が戻ったことで飛び出してきちゃった」  どちらかはわからない。けれども、こうまで望海とひとつになるのが難しいとなると、俺は後者だったのではないかと思う。その方が理屈としても通り易い。その、俺の意見を相馬は笑い飛ばすことなく聞いてくれた。その上で「大丈夫だよ、瑞樹。そして望海」と言い切った。  相馬に言われると根拠のない励ましも力になる。「そうだよね」俺は力を込めて頷いた。 「ところで、日曜日なのだけど、空いているかい。久しぶりに全員で集まろうと思ってね」  約一か月ぶりの誘いに俺の胸は高鳴るも、そういった意味でのお呼ばれではなかったようだ。姉も一緒にと続けた相馬に、少しだけ気落ちする。とはいえ、まだ相馬の答えを聞いていない状態だ。きっと、その話であるのだろうと自分を納得させる。 「じゃあ、いつもの時間に私のマンションで」  時間にして凡そ二十分ほど。呆気なく終わった通話に寂しさが募る。  俺たちはこの先どうなるのだろう。  嵐のように激しく過ぎ去った九月。それが温かなものに変わり始めた十月。俺が壊した関係は、俺が予想をしていたよりも俺自身にダメージを与えたようだ。一成や一臣、眞に真優もいるというのに、これまで俺を愛してくれたメンバーがひとり欠けているという事実が寂しく感じられて仕方がない。 「いい話が聞けるといいな」  俺は自分に言い聞かせるように望海に語りかけた。心が震える。何を言っているかは明確にはわからなかったが、大丈夫だよ。そう言われたような気がした。それに少し心を慰められる。望海は少しずつだが変わり始めていた。  俺は姉に連絡をして日曜日の約束を取り付けた。  明日、やることがなくて暇だと言うと、「部活が終わってからでよければ、買い物でも行く? 冬物の服がそろそろ欲しいのよ」との返事。俺が落ち着かない気持ちでいるのを見抜いているのだろう。姉のさりげない優しさに気を取り直した俺は、どこまで買い物に行くか考えながら眠りに就いた。

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