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第十三章 終わりの始まり(4)

 曇り模様から一転、爽やかな秋晴れとなった。  色付いた街路樹が道の先まで続いている。足元でカサカサと音を立てる落ち葉。オータムカラーの自然の絨毯の上、俺は相馬のマンション前で、眞と真優が来るのを待っていた。  前回の集まりのときに眞が言っていたように、相馬に何度も開錠をさせるのは申し訳ない。それだったらマンション前を待ち合わせの場所にして、全員でお邪魔しよう。俺の提案を受け入れてくれた眞と真優が、道の向こうから歩いてくるのが見える。俺は手を振ってふたりが到着するのを待った。 「どう、調子は。瑞穂さんは上手くいっているみたいだって聞いたけど」  少し小走りになったふたりがマンション前で足を止める。  同じクラスの眞に、姉は進展を都度報告しているらしかった。この先、魂の距離が近くなり、突然有栖との交代が起こった際にフォローをしてもらう為だという。それを聞いているのだろう。真優が興味深げに尋ねてくる。 「ええ。順調だとは思うわ。ここに来るまでの道もふたりで話をしながら来られたし」 「瑞樹の方はどうなの? 少しは望海と話せるようになった?」 「俺の方は相変わらず。望海が何か答えてくれているのはわかるんだけどね」 「そっかあ。瑞樹と望海は性格が離れてるっぽいもんね。そういった意味で時間がかかるんだろうね」  実際に聴こえることはないのだが、心が震える瞬間に、望海の声のイメージのようなものが伝わってくることがある。その雰囲気から察するに、彼は本当に線の細い美少年という言葉が良く似合うキャラクターであるようだ。聖歌隊の少年たちのように澄んだハイトーンボイス。実際の俺の声――望海の身体から発される声はもう少し低いのだが、望海自身は自分の声をそうイメージして話をしているのだろう。それがわかるようになったのが嬉しい。 「でも、お互いの魂が近くなっているのは感じるよ」  だから俺は自分の言葉にそう付け加えた。  姉のように劇的な進捗ではない。それでも最初の頃と比べると変わったことがある。それを昨日の姉は俺に指摘してくれた。「凄い進捗だわ。最初は何か話をしている、ぐらいしかわからなかったのでしょう?」買い物ついでに寄ったカフェで、俺の話を聞いて即座に声を上げた姉。お陰で俺は自分の中にあった焦りを鎮めることが出来た。この点、姉には本当に感謝している。 「行きましょうか、皆様」 「相馬様がお待ちです」  エントランスに立って相馬に連絡を取ってくれていた一成と一臣が俺たちを振り返る。  エレベーターで最上階に上がるまでの間、眞から完成した絵をどうするかという話があった。約一か月をもの月日をかけて眞が描き上げた俺の絵。「瑞樹が良ければ俺の部屋に飾りたいんだけど」と、手元に残したがる眞に俺はいいよと答えた。  自分の絵が自分の目の届かない場所に飾られる気恥ずかしさはあったが、描いている間中、「これがこの世界での『藤村瑞樹』としての最初で最後の絵になるかも知れないな」と、口にしていた眞に、俺が残してやれるものはそのぐらいしかない。だってそうだろう。俺と望海がひとつになったら、それはもう『藤村瑞樹』でもなければ『城石望海』でもなくなってしまうのだから。  それを眞は理解していた。理解していたからこそ、俺の魂を描き出したその絵を大事にすると口にした。 「俺と瑞樹だけの大事な思い出だからね。大切にするよ」  ややあって、相馬の部屋の前に着く。チャイムを鳴らすと、玄関前で待っていてくれたようだ。そう時間も空けずに相馬が姿を現した。 「良く来たね、皆。上がってくれ」  黒いスラックスに、サテン地のゆったりとしたアシンメトリーシャツ。約一か月ぶりに見る相馬の私服姿が眩しい。俺は少しだけ相馬から目線を逸らした。望海の意識が近くなったからだろうか。私服姿を見ているだけでも胸が高鳴ってくる。  リビングに入ると、テーブルの上には既にティーセットが用意されていた。  席順は前回と同じく、窓際のソファに俺と姉が肩を並べる形だ。めいめいポットに手を伸ばし、紅茶をカップに注ぐ。全員が紅茶を注ぎ終わったの見計らって、まだ着座していない相馬が口を開いた。 「今日呼んだ用件は幾つかあってね」  言いながら相馬が厚みのある上質な封筒を全員に配って回る。封蝋がされたしっかりとした作りに、もしやと相馬を見上げると、余程俺が驚いた顔をしていたのかも知れない。「君たちには直接渡すのが筋だと思ってね」と、俺を振り返って申し訳なさそうな表情になった。 「割と日が迫ってからのお知らせになってしまったが、もし良ければ来て欲しい」 「勿論、行くよ」俺はすぐさま頷いた。  俺が行く以上は一成や一臣も参加するのが当然だ。真優も「そういったことなら是非」と乗り気でいる。ただ、堅苦しい格好や場が苦手な眞や、一般家庭の子女である姉は服装の面で悩んでいるようだ。「ドレスダウンは駄目だよね」と眞が言えば、「流石にきちんとした格好でないと駄目よね」と姉も言う。 「ふたりの服は私が見繕うよ。代金については気にしなくていい。招いているのは私だからね」  相馬の豪気な提案に、ふたりも参加を決めたようだ。そういうことなら――と口にしたふたりに、良かったと俺は胸を撫で下ろした。眞はさておき、姉については相馬が言い出さなければ俺が服を用意するつもりでいたからだ。 「ところで他の用件って何?」  暫くパーティ絡みの雑談が続いたところで眞が口にする。 「ああ。理事長の調査が終わってね」相馬がテーブルの上に置いていた封筒を取り上げる。「内容としては瑞穂が言っていた通りだったのだが、その点も含めて君たちには報告しておかないとと思ってね」  封筒から分厚い紙束を取り出した相馬が、その内容を要約する。産まれてから現在まで詳細に調べ上げたようだ。出生地から通った学校、就職先ときて、井之頭茉莉との悲恋まできっちりと伝えきった相馬が、最後に「恐らく、眞に対して理事長が甘いのは、政敵である銅音潤一にその点を探られたくなかったからなのだろうね」と、言って話を締める。 「大叔父さんはそういうことをやるからね。でも、俺は言わないけど」  眞の親戚である銅音潤一は、清濁併せ呑む老獪な井之頭恒造とは対極的で、自身が信ずる正義を貫こうとする気質だ。政敵である井之頭恒造が、自らの政治的野心の為に娘を犠牲にしたと知ったら、きっと国会で激しく追及することだろう。だから俺は眞の台詞に安堵した。眞が言わなければ、姉がそういった政治的な思惑に巻き込まれることはないのだから。  姉もそれを理解しているのだ。隣からほうっと息を吐く音が聞こえてくる。 「そうだね、眞。ナイーブな話題だしね」眞の隣で真優が下がった眼鏡を押し上げた。「だけど瑞穂さんはどうするの? 情報が正しいことがわかったけど、その、理事長にこの話する? 有栖の本当の父親な訳だけど……」  真優の問い掛けに、いいえと姉が首を振る。 「もしかするともう起こらないイベントになってしまったかも知れないけれど、私たちは理事長が告白してくれるのを待つことにするわ。幾らここが『秘密の花園』の物語世界であるからといっても、登場人物であるあなたたちに感情がない訳じゃないでしょう。それは理事長も同じ。こうしたナイーブな話が調べられていたり、筋書き通りだったりということを知って、楽しい筈もないでしょうし……」 「それはそうだよね。僕も瑞樹の存在がなかったら、かなり苦しんだと思う」  それはそうだ。俺が望海の中にいなければ、彼らはただ当たり前に物語世界をなぞり続けるだけの存在になるしかない。そういった意味では俺が起こした行動には意味があったようだ。姉もそう思ってくれているのだろう。真優の言葉に頷くと、言葉を継ぐ。 「だからその点については黙っておくつもり。育ててくれた両親もいるしね。勝手なことをしたら悲しませてしまうかも知れないから」  両親のことまで考えている辺り、相当に時間をかけたようだ。淀みなく言葉を紡いだ姉が、「ところで相馬様は答えが出たのかしら」と、話題を切り替えるように相馬に話を振った。 「そうだね。随分と考えたよ。私の気持ちは本当に私自身のものであるのかも含めてね」  ゆったりと脚を組んでティーカップを傾けてはいるものの、重い言葉。彼ら物語の登場人物にとって、尤も肝となる――そして考えることを避けたい部分に切り込んだ相馬に座が静まり返る。 「大丈夫だよ。そんなに硬くならないでくれないか。私の答えは出た。そうでなければ君たちをここに招いて、誕生日パーティの招待状を渡しもしないだろう」 「それって……」俺はソファから腰を浮かせた。  俺に顔を向けた相馬と視線が合う。まさかそんな反応をするとは思ってもいなかったに違いない。僅かに目を見開いた相馬に、落ち着きなさい。と、姉が俺の手首を引いてソファに座らせる。 「随分と待たせてしまったね、瑞樹に望海」 「ううん」俺は首を振った。「いいんだ、相馬。いいんだよ」  俺は自分の左手の甲に右手を重ねた。良かったな。と、望海に胸の内で語りかける。心の振動がいつもより大きい。  望海の零れるような笑顔が浮かんでくるようだ。  望海にとって最も大切な人間、蒼井相馬。彼を失わなくて良かった。俺は天井を仰いで安堵の息を吐き出した。そして左手をぎゅっと握った。相馬の答えが出た今、残されているのは俺と望海がひとつになることだけだ。 「本音を言うと、物語の筋書き通りに進んでいると聞いたときは気に入らなかったよ」ぽつりと相馬が口にする。「自分が意志のない操り人形に過ぎないのかとね、夜通し考えた。君たちとの付き合いを断てば、私は人間として生きていけるのではないか。そんなことまで考えてしまった」 「当たり前だよ。俺だって考えたことだもの」俺は言った。 「君は優しいね、瑞樹。その優しさが私には愛おしい。物語の登場人物(キャラクター)に過ぎなかった私たちにも、君は命を認めてくれた。君がいなければ、私は自分というものの存在について考えることはなかっただろう。本当に君には感謝をしているよ」 「そんなこと……」  俺は瞼を落とした。  俺が自我を取り戻してからの三年間が、まるで映画のフィルムのように脳裏に浮かんでは消えてゆく。  一成と一臣に怯えた日もあった。相馬を恐れた日もあった。眞に真優だってそうだ。彼らが俺に迫ってくるのを『そういう物語だから』と受け入れていた俺は、だから彼らの好意をどう受け止めればいいかを思い悩んだ。  割り切って彼らと物語の筋書き通りに生きていくのには、積み重なった思い出が邪魔をする。家族同然の生活をする一成に一臣、望海の嫌な面も見逃してくれていた相馬、俺の態度に慰められてきた眞、そして読書を通じて友情を育んできた真優。『秘密の花園』では数コマで終わってしまう俺と彼らの三年間は、確かな記憶として俺の中に存在している。  その、大切な時間の記憶を俺は信じた。信じたからこそ、彼らに真実を打ち明ける決心をした。それは間違っていなかったのだ。相馬の答えを聞いてそう思う。 「でもね、瑞樹」相馬が言葉が続ける。「私には望海も大切なのだよ。言っただろう。男の子でもいいか――と、思ったとね。そのぐらい私にとって望海は可愛いんだ。君と同じくらいにね」 「うん。大丈夫だよ、相馬。俺は相馬には望海を好きでいて欲しい」 「自分でも大概だとは思うのだけれどもね」相馬がくっくと嗤った。「私は君も望海もどちらも欲しい。どちらが欠けるのも嫌だ」  はっきりと言い切った相馬が、スラックスのポケットから濃紺のルースケースを取り出す。蓋を開いて俺に中身を見せてきた相馬に、俺と姉は驚いた。二センチはあろうかというかなりの大きさの真珠が一粒、クッションの中に収められている。 「『エンジェルスフィア』……」 「流石に君たちは知っているね」  声を揃えて同じ言葉を吐いた俺たちに、相馬が微笑む。  この世界の下敷きとなる世界観を持つゲーム『エンジェルスフィア』。タイトルのエンジェルスフィアは、蒼井家に伝わる一粒の真珠のことだ。  通常、阿古屋貝から取れる真珠は十ミリを超えると品質が落ちるのだが、蒼井家に家宝として伝わるこの真珠は、二センチを超えても尚綺麗な球形を保っている。白く輝ける球面の光沢は、まるで天界より舞い降りた天使の輝きのようだ。「だから天使の珠(エンジェルスフィア)と名付けられんだ」と、相馬が全員に説明をする。 「噂には聞いたことがあるけど、これが本物……」  静謐な美しさに圧倒されたのだろう。真優が息を呑む。「凄いな」と眞が言葉を続けた。 「これほど大きな粒の真珠を見るのは初めてです」  一成も感心した風に言葉を吐く。 「ですが、相馬様。この真珠を何故この場に」  俺と姉が知っている情報を知らないのだろう。一臣が当然の疑問を相馬に投げかける。 「このエンジェルスフィアはね、蒼井家当主の願いを一度だけ叶えてくれると言い伝えられているんだ」  ゲームの中では、相馬ルートのハッピーエンドでだけ、エピソードに登場してくるエンジェルスフィア。エンディングで相馬はこの真珠を持ち出して、園崎有栖の目の前でこう願うのだ。『君と生涯ともにいられるように』と。その真珠の本物を今俺たちは目にしている。 「でも、相馬。その真珠に何を願うの?」 「君と望海の統合だよ」  あっさりと口にした相馬に、俺は慌てた。 「で、でも、俺はそれで良くても姉さんは」 「私は君たちが欲しいんだ。一生に一度の願いを使ってもいいと思うくらいにね」 「だけど相馬、俺だけって訳にはいかないよ。ここまでこられたのも姉さんのお陰なんだよ。その姉さんを差し置いて、俺だけ先になんて」 「大丈夫よ、」  え。と、俺は隣に居る筈の姉を振り返った。  すっかり目に馴染んだ園崎有栖の顔は、けれども俺が知らない少女の表情をしていた。 「初めまして――と、言えばいいのかしら」 「園崎有栖、さん……?」 「そう。私が園崎有栖」うっすらと色気を漂わせて微笑んだ園崎有栖の顔が、次の瞬間ふっと切り替わる。「そして私が藤村瑞穂」そう続けて口にした園崎有栖の表情は、紛れもなく俺の姉、藤村瑞穂のものだ。 「」 「え、姉さん。もしかして」 「そうなのよ、望海。私たち、意識と記憶を共有したまま入れ替わることが出来るようになったのよ」 「じゃあ……」  こくりと頷いた姉の手が俺の頬に置かれる。その温もりが以前と少し違っているように感じられるのは、俺の気の所為ではないのだろう。  姉と有栖はそこまで魂の距離を近くしたのだ。 「だから大丈夫よ。私のことは気にしないで」姉がにっこりと微笑む。「有栖はまだちょっと表に出ると疲れちゃうみたいだけど、少しずつ交代する時間を長くしているから」 「それは有難いね。これで心置きなくエンジェルスフィアに願うことが出来る」  相馬の手がルスケースの中のエンジェルスフィアに伸びた。そのまま、抓み上げた真珠を手のひらに収める。思い立ったら直ぐにというのが相馬らしいが、俺の心の準備はまだ出来ていない。 「さあ、願うよ」 「ま、待ってよ、相馬」  俺は不安だった。  本当にこれで、俺と望海はひとつになれるのだろうか。  確かに、ゲームアイテムとしてのエンジェルスフィアは相馬の願いを叶えた。園崎有栖と家庭を築いた相馬は、その後、生涯を終えるまで彼女とともに人生を歩み続けたのだ。だが、ここは世界観を同一にするとはいえ、同人誌である『秘密の花園』の世界だ。最終的に生徒会メンバーの愛を望海が感じるシーンで終わる『秘密の花園』では、ゲームの重要アイテムであったエンジェルスフィアの出番はなかった筈である。  つまり、効果が同一であるのかの保障はないのだ。  それに――だ。俺は続けて考えた。一生に一度だけ願いを叶えてくれる真珠。その効果を今ここで使っていいものなのだろうか?  姉があそこまで有栖と魂を近くしているのだ。俺も時間をかければあの領域に辿り着ける可能性はある。そう、俺は怖いのだ。出来ることをショートカットした結果、相馬が今後本当に願いたいことが出来た時に、エンジェルスフィアに頼れなくなってしまうことが。 「待たないよ、瑞樹」 「でも、相馬」 「正直、君たちが私や一成を抜きに親交を深めてゆくのが私には耐え難くてね。嫉妬心を抑えるのにいっぱいいっぱいだったんだよ。だから私としては今日中に瑞樹と望海の統合を済ませてしまいたいんだ。その方が皆にとってもいいだろう。今表に出ているがどちらかなどという心配をしなくて済むのだから」 「で、でも、俺も時間をかければ統合」 「いつになるかわからない統合の為に、君たちが苦しむのを私は見たくないんだ」 「だけど」 「もう決めたことだよ、瑞樹」 「本当にいいの? 一生に一度なんでしょう」  俺の言葉に、けれども相馬の決意は覆らないようだ。俺を見ると綽然と笑う。 「私の父はこの真珠に何を願ったと思う? 母の出産が無事に済むようにと願ったんだよ。祖父だってそうだ。祖母の健康を願っている。つまり、蒼井家にとってこの真珠は、好きな人が健やかに生きる為の願いをするものなのだよ。だったら私は、私が愛する瑞樹と望海が健やかに生きられるようにひとつになることを願いたい」  こうまで言われてしまっては、俺に返せる言葉はない。ただ、黙って頭を垂れる。 「大丈夫だよ、瑞樹。君はこの世界に残ることを選んだのだろう。望海と一緒に」  俺は無言のまま頷いた。 「なら、私に願わせてくれ。お願いだ」 「わかったよ、相馬」  相馬の手がゆっくりとエンジェルスフィアを握り込む。決めたら即座に、そして迷わない――というのが、瞬時の判断が運命を分けるビジネスの世界で生きている相馬らしい。俺は慌てて全員の顔を見渡した。一成に一臣、眞に真優、そして俺の隣にいる姉と順繰りに顔を収めてゆく。  藤村瑞樹として彼らの顔を見るのは、恐らく、これが最後になる。 「一臣、眞、真優」  俺は俺を選んでくれた三人の名を呼んだ。そして神妙な面持ちで頷いた三人に言った。 「ごめんね。俺は望海とひとつになるよ」 「覚悟はしてたよ」真優が微笑む。 「また、会おうな。今度は新しい望海として」眞が目を細める。 「有難うございます。この世界に残ってくださって」一臣が瞳に涙を溜めた。 「藤村瑞樹を愛してくれてありがとう。俺も皆が大好きだ。だから、新しい俺もよろしくね」  彼らに挨拶を終えた俺は、そうっと姉の手を握った。  全てを飲み込む慈愛の聖女、園崎有栖。『エンジェルスフィア』の世界でそう呼称されることになるヒロインだった少女は、姉が表に出ているにも関わらず、その呼び名に相応しい表情をしていた。 「姉さん。俺は先にひとつになるよ」 「ええ。待っていてね、瑞樹。私も直ぐに追いつくわ」 「ひとつになっても姉さんは姉さんだよ」 「勿論よ、瑞樹。あなたは今度は私たちの弟になるのよ」 「そうだよね。園崎有栖は俺たちの姉さんになるんだ」  姉の手から手を離した俺は、全員に向けてお辞儀をしてから相馬の顔を見た。覚悟を問うような相馬の瞳に、静かに頷く。 「もう言うことはないね」 「うん。大丈夫」  俺と望海が統合したら、どういった性格の人間になるのだろう。僅かに不安を覚えるも、怖れていては先に進めない。俺は本当の意味でこの世界で生きてゆく為に、この選択をしたのだ。そう自分に言い聞かせて、気持ちを奮い立たせる。 「願うよ」 「うん」  相馬が握り込んだエンジェルスフィアに額を寄せて願いを唱える。  次の瞬間、俺の視界は反転した。

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