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第7話 廃教会へご案内
「本当に山奥なんかに教会があるのでしょうか」
「見間違いでなければ、ですが、山小屋にしては高さがあったように思います」
山へ至る道を、ランプ片手にミヒャエルと歩いている。他に何人か騎士団を連れて行くと思っていたが、ミヒャエルが言うには、彼らは重労働により疲弊しているし、明日に備えて身体を休ませてもらいたいから団長の自分だけで十分とのことだった。
横を歩くミヒャエルは、完全に油断しきっている。
愛剣は歩きやすいように後ろへとずらしており、ここで殺せば誰にも見つからずに完全犯罪を遂げられる、などと魔王の血が騒いでしまう。
目的があって彼のそばにいるので、そんなもったいない真似はしないが、魔王が神官に化けているなんて思いも寄らないだろうと、たまにほくそ笑みたくなるのである。
「もしそれがザイフェルト氏のおっしゃっていた教会でしたら、建設ではなく修繕で済むかもしれませんね」
「ええ。教会がありましたら、寝屋として使わせていただきたく思います」
「寝屋、というと先程の空き家ではご不満なのでしょうか?」
「とんでもないことでございます。ただ、やはり神のあらせられるおそばにおりたいのです。わがままであることは承知しておりますが」
「なるほど。さすが神に仕える方でいらっしゃいますね。ですが、もし、それ以外に理由があるようでしたら何でもおっしゃってください」
「いえ、他に理由などは、まったくありません」
「ですが、毎夜すぐにテントへ下がられますから、無骨な我々とは付き合いづらいのかと」
「いえ、本当に、ただ朝早く目覚めてしまうのと、体力がないだけですので」
「……体力がないとおっしゃられておりますが、魔力は相当なものですね。部下たち以上の働きをしていただいて本日は大変助かりました」
俺は助力を買って出て、魔法を使って土嚢を積む手伝いをしたのである。
神事ができない間なにもせずにいるのは気が引けるからという理由だったのだが、神官が片手間に習っているという設定にしては度が過ぎていたかもしれない。遠隔で積み上げていくというゲームさながらの作業が、あまりにも楽しくて止められず、十人力どころか五十人力くらいの働きをしてしまっていた。
「……ええ。彼らの窮状を知って、能力以上の力が発揮されたのだと思います」
「精神が影響するのですか、魔力とは面白いものですね」
「ええ。あの、……そういえば、騎士団長様はご結婚されていらっしゃるのですか?」
まずい。タイミングをミスったかも。ミヒャエルは足を止めて、丸くした目を訝しげに向けてきた。今か今かと持ち出したかった話題なので、口をついて出てしまった。
「……いえ、結婚はしておりません」
「そうですか、いえ、あの、騎士団長などの高い地位にいらっしゃる方は、家庭を持っている印象がありましたので……」
「ええ、同年代の者たちは家庭を持っている者も少なくありません。わたしも身を固めるべきだと宰相から常々言われております」
「では、ご意志はあるということですか?」
「いえ、結婚まではまだ……」
「結婚までは、ということは、どなたか想いを寄せている方がいらっしゃるのでしょうか?」
「……えっと……」
ミヒャエルは言葉を濁しながら、視線をはずしてどこかへと彷徨わせた。
実直な騎士として設定したのは他でもない俺なので、愛するアグネスが結婚したからといって、では他の女性へと切り替えられるタイプではないことは知っている。剣術を磨くことを第一に日々励んできたという設定から、色恋に関しては疎いであろうことも推測できる。
しかし、一目惚れとまではいかずとも、ユリアーネに対して心を開き始めているのでは、と思いたい。というか、そうなって欲しい。いや、クエストをクリアするために、愛し合う若者が必要なので、是が非でも愛し合ってもらいたいのである。
「わたしにとって今最も重要なことは、魔王を探し出すことです」
「ええ、それは承知しておりますが、ここにいる限り捜索はできないわけですから」
「いえ、魔王はこの近くに潜んでいると考えております」
「えっ? 昨日はこちらにいる可能性は低いとおっしゃられておりましたが」
「ええ。確かに申し上げました。ですが、隠れ家を移転する場合、敢えてすぐ近くを選ぶことも少なくない、とも考えてみたのです。灯台下暗しというやつですね。魔王も隠れ家が撤収されていることを把握していないはずはないと考えたのです」
確かに一理ある。というか、目の前にいるわけだし、今向かっている先が新たな隠れ家となるわけだから、一理あるどころかまさにである。
「ですから、教会付近も確認しておくべきだと思います」
「それでご同行してくださったのですか」
「ええ。部下の人数と面々を把握しておく必要がありますから」
かなり詳細まで探るつもりらしい。ぞっとするほどの目つきで山を睨みつけている。
「いえ、もし、貴殿の身に何かがあった場合バルシュミーデに申し訳が立ちませんから」
ああ、そう言えばそんな名前のやつの友人という設定だった。忘れないよう頭に入れておかなければ。
「それは、ありがとうございます」
「ええ。あ、えっと……どちらからその建物らしきものを確認できたのでしょうか?」
ちょうど森の入り口に到着したため、ミヒャエルが問いかけてきた。
正確にはもっと奥まったところにあるので、森の奥へ入っていかなければ一部分すら見ることができない。
どうすればいいか……いや、悩む必要はない。こちらには魔法があるのだから。
俺は思いついたそのままを幻覚魔法でくりだした。
「ここから見えます」
「……あ、本当ですね。……あれはなんでしょう」
ミヒャエルは手前の草を分けながら入っていく。俺のために通りやすいよう草を踏みしめてくれたので、その後ろに続いて向かうと、鬱蒼と生えている木々の間に鐘楼が見えてきた。
教会の上部にも鐘があるので、鐘楼なんぞまったく不要なものだが、宗教に疎い俺の考えつく限りで、背が高く教会の近くにあるものといえばそれしか思いつかなかった。
「騎士団長様!」
鐘楼へと近づいていくミヒャエルの足を止めるために大声で呼びかけた。
幻覚でしかないそれに触れられたらすぐに気づかれてしまう。
反応して振り向いた彼は、俺のもとへ駆けてきた。
「何か見えましたか?」
「あれではないでしょうか?」
ちょうど教会の崩れかけた塔部分が見えてきたので、そちらを指し示した。
「……ああ、本当だ」
何十年も放置されていたそこへ至る道など、なくなって久しい。昨夜俺やヨハネスが踏みしめたところを見咎められないよう距離をとり、草木をかき分けながら近づいた。
先導が逆となり、俺が先手で進んでいたところ、腰のあたりに何かが触れて、びくと驚いた。その拍子に足を止めてしまったため、ミヒャエルにぶつかってしまう。
俺よりも頭ひとつ分は大きな彼を見上げると、嬉しげに笑みを浮かべていた。
「見つかりましたね」
「……ええ」
腰に触れたのはミヒャエルの手だったらしい。まるで支えるように、いや抱かれているとも言えるように添えられた手は、なんとも居心地が悪い。
ミヒャエルは斜め後ろに立ち、俺の手が届かぬところの草を分けてくれているのだが、腰にあてた手は無用だと思う。ランプを手にしているからなおのこと不必要だろうに。
「廃棄されていたにしては、瓦礫がありませんね。まるで、誰かが掃除をしていたかのような……」
教会の真ん前に出たので、急いでミヒャエルから距離をとった。彼は速度を落とさずに歩みを進め、そのまま教会の中を見に向かったようだ。
「そんなことはないと思いますが」
幻覚魔法で瓦礫をつくって昨夜修繕の手を進めていたところも朽ちたように見せかけてみたのだが、記憶どおりにはいかなかったらしい。だとしても、朽ちた程度など知る由もないだろうに、目ざといやつだ。
「いえ……あの天井部分を見てください。二階部分の床が丸ごとありません。それなのに……」
「ですが、これなら今夜からでもここで寝泊まりできそうです」
「えっ? 今夜からですか?」
「屋根は残っておりますし、テントよりもしっかりしていますよ」
ミヒャエルは、まさかという調子で引き止めにかかってきた。
確かに、こんな森の奥にある廃墟で一晩を過ごすなんて正気の沙汰ではないかもしれない。
しかし俺はなんとか説得した。
数日とはいえ神の御下を離れて不安だったこと、それがゆえに教会を見つけた喜びはひとしおであること、神の家であるはずの教会が朽ちてしまっていることがいかに嘆くべきことかを訴え、ここで祈祷を捧げたいからと言いくるめた。
ミヒャエルは、だとしてもせめて明日騎士団を連れて片付けさせてからにしてはどうかと、何度も引き止めるべくの説得を繰り返したが、こればかりは絶対に譲れないので辛抱強く固辞し続けた。
「トイファー神官のお気持ちは理解いたしました。それでは明日の朝、食事をお持ちいたします」
「いえ、そのようなお手間をかけさせるわけにはいきません。日が登る頃にわたしのほうからそちらへ戻りますので」
なんとか納得してくれたミヒャエルは、日が沈むまえに一人山を下りていった。
足音が遠ざかるまで耳を済ませ、完全に遠のいたことを把握して、ようやく肩の荷が下りた気分になった。
ふうと大きくため息をつき、草でつくったベッドのうえに寝転んで、二秒と経たず眠りに落ちた。
昨夜から徹夜で働き続けていた身体は、いくら魔王と言えど、疲労には抗えなかったのである。
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