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第8話 ヨハネスの大根演技

 さくっと聞こえた音で俺は覚醒し、目を開けるよりも早く変化の術をかけた。  瞼から漏れ入る明かりを確認せずとも、術をかけることができたことで朝日が昇っていることに気づく。  起き上がり、教会の中から外れたままのドアのほうへ目を向けると、こちらへ向かって歩いてくるミヒャエルの姿があった。  なぜ、と考えている間に「おはようございます」と声をかけられた。 「……おはようございます」 「一向にこちらへ来られないので、心配で様子を見に参りました」 「そんな時間でしたか?」 「九時を過ぎております」 「えっ?」  九時だなんて、半日以上寝ていたことになる。焦るあまり思わず立ち上がったが、ミヒャエルが「申し訳ありません」と、おかしげに口元を緩めた。 「……まだ日が昇ったばかりの頃合いです」  清廉な騎士のはずが冗談を言うなんて、まじかよ。  朝日を浴びて、その清廉なまでの美貌をなお一層輝かせているミヒャエルは、画家ならば絵画に描き留めておきたくなるかのような笑みで近づき、俺の前に籠を差し出した。 「ですが、心配していたのは事実です。危険なことはありませんでしたか?」 「……はい」 「村長から差し入れをいただけたので、朝食に持って参りました。湯もありますので、さっそくお茶を淹れましょう」  ミヒャエルはてきぱきと籠の中身を教会の床に並べ始めた。カップと皿は二人分ある。   「騎士団長様も、こちらで?」 「ええ。食事を済ませたあと、付近を確認してみたいと思います」  片目をつぶって見せたミヒャエルを見ながら、なるほどとようやく合点がいった。  二週間の滞在で村の窮状をなんとかするには時間が足りないため、日が沈むまで休みなく働かなければならない。それを覚悟しつつ魔王を探すには、みなが起きる前の時間くらいしかない、ということらしい。  村長から頂いたという朝食は、魔王としての半生を顧みてもこれ以上ないというほど豪華な代物だった。  黒パンではなく白パンがあり、新鮮な卵と魚の蒸したものまで添えられている。香り高い茶葉は、おそらく高級といえる部類のものであろうし、搾りたての牛乳さえある。  寂れた村でも(おさ)は贅沢をしているらしい。  ミヒャエルも美味そうに食事を進め、教会の内部をきょろきょろと見渡しながら、修繕には時間がかかりそうだなどと観察している。  あまり細々と見られたくないので、じっくりと味わっていたいその豪華な食事を、泣く泣く早々と平らげて、「さっそく参りましょう」とミヒャエルに訴えた。  無念そうなミヒャエルの様子に気が咎めながらも無理に促して、教会の裏手へと向かった、その途中、俺は足をとめて愕然とした。 「……フランツ様?」  ヨハネスが、いた。可能性として考えておくべきだった。百メートルと離れていない地点で、俺を見て声をあげやがったヨハネスは、その両手に小動物を持ち、ぽかんと間抜け面を向けている。   「フランツだって?」    静かな朝の森で人の声はよく通る。当然のごとくミヒャエルにも聞こえていて、俺の背中から顔を出し、声のするほうへ目を向けた。 「おまえはヨハネス・レーナルト……」 「敵です。逃げましょう」  俺は魔法弾を放ち、ミヒャエルの腕をつかんで反対方向へと駆け出した。しかし、腕力で敵うはずのない彼を動かすには至らず、よろけそうになってしまっただけだった。 「ミヒャエル・ラスベンダー? なんで?」 「おまえこそ」  ミヒャエルは俺のまえに出て、剣を構えた。   「何って、俺は朝飯の支度をしていただけだ」 「朝飯?」 「そうだ。フランツ様はうさぎの肉なら食べられるから……」 「おまえのしていることは食事の世話だけか?」 「世話っていうか……」    ヨハネスは言いながら睨みつけていた俺の目を見て、ようやくはっと顔を強張らせた。気がついてくれてありがたいが、ミヒャエルといることは伝えてあるんだから、変化の術をかけていることくらいすぐに察してもらいたかった。  しかも、ヨハネスの目の動きと表情は見られていたらしく、ミヒャエルは俺のほうへと振り返り、不審げに眉根を寄せた。 「逃げましょう」  俺はもう一度ミヒャエルの腕をつかんだ。 「お待ちください」 「……捕縛するのですか?」 「いえ、まず話を聞きたい。朝食だのとのたまっておりましたが、本当に世話をしに来ただけなのかを確かめなければなりません」  面倒なことになってきた。ミヒャエルは剣を構えながらヨハネスににじり寄り、ヨハネスはといえば、俺とミヒャエルを交互に見ながら狼狽えている。 「あそこでは?」  俺は考えたあげくに、森の裏手に炎を召喚し、出てきた煙を指さした。  ミヒャエルは、はっとそちらに目を向けて、次に俺の目を見た。 「いかがされました?」 「いえ、……あそこに煙がありますから。もしかして魔王がいるのでは?」 「貴殿はそうお考えなのですか?」 「え、いや、おそらく……ですけど」 「では、見に行きましょう」    そう言ってミヒャエルは俺の手を取り、引っ張りながら駆け出した。  ぼうっと見ていただけのヨハネスは、ようやく「待て! 逃がすか!」と棒読みで叫び、明後日の方向へ魔法弾を放った。  それに対して俺も適当に魔法弾を打ち、「後ろはお任せください」とミヒャエルに伝える。 「ああっ、ちくしょー! 俺一人じゃどうにもできない。今回は見逃してやるかあ」  追ってこないヨハネスが、むしろ何も言わないほうがいいというくらいの棒読み演技で叫んだ。少しくらい真に迫ってくれないものだろうか。  たどり着いたそのさきでは、小火レベルの火事が起きていた。俺は川の水を召喚して鎮火させ、ミヒャエルは「まだ魔族がいるのだろうか」とぶつぶつ言いながらあたりを見渡している。 「さっきのやつは、一人だと言っていましたから、そもそも魔王はいなかったのかもしれません」 「貴殿はそうお考えですか?」    また同じ台詞を。騎士団長のくせに、なぜ俺の考えを聞こうとするのか。   「……騎士団長様の存在に気づいて撤退したのかもしれませんが」 「なるほど」  ミヒャエルは俺をじっと見つめている。眼球の動きをいっさい逃すまいとしているようで、気圧されそうになる。 「……教会へ戻ってみますか?」 「そうですね。ここに魔族のいる気配は感じ取れません」 「さっきのやつは追わなくてもよろしいのでしょうか?」 「ええ。おそらくもう逃げてしまったでしょう」  二人で村へ戻ることになり、俺はようやく胸をなでおろした。  歩く道中、ミヒャエルはいまだしっかりと俺の手を握りしめている。追ってきた場合すぐに反応できるようにとの配慮からだろうけど、人のいない早朝のあぜ道を男が二人手を繋いで歩くというシチュエーションは、なんともキモい。 「魔王の部下は捕縛せずに済ませたということは、捕まえるべきは魔王一人、ということなんでしょうか」 「……そうです。フランツじゃなければ意味がありません」 「親玉以外は無意味なんですね」  現に俺が捕まったときもヨハネスはスルーだったから、それと同様のつもりなのだろうけど、捕まえず話だけ聞きたいと言うのに多少の違和を感じたのである。   「貴殿は、近くにレーナルトを置いておいたほうが安心できるとお考えですか?」 「えっ」 「……もしお望みでしたら、捕獲しておきましょうか?」  なにやら、探るような目を向けられている気がする。 「いえ、無理にとは申しません。騎士団長様のおっしゃる理由は理解できましたから」 「承知いたしました」  そう言って、ミヒャエルは笑みを見せた。またしても、普段ならば、いや設定上珍しいとも言える満面の笑みだ。  なぜ今ここでその笑みを?  キャラクター(わが子)の意図がわからぬ言動に、俺はなぜか背筋をぞっとさせたのだった。

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