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第9話 嫉妬による怒り、にしては怖い

 計画というものは、どんなに慎重に進めても上手くいかないことがある。それも、絶対に失敗したくないというときに限って起きたりするものである。  ミヒャエルは自分もここを寝屋にすると言って聞かず、俺もしぶとく説得を繰り返したものの、今回ばかりはその断固とした姿勢を崩してくれなかった。  悩んだ末に俺が出した折衷案は、一人用のテントを持ってきて、ミヒャエルには外で見張りをしてもらうということだった。  翌日は教会に専念させてもらうよう頼み込み、全力で壊れた壁や床を修繕することにした。  神官が教会を優先するのは当然だと、ミヒャエルは納得してくれて、昼食は届けますと言いながら村へ出勤していった。 「今日は俺の手伝いをしろ。エルンストがどう言おうと、こっちを優先してくれ」  一刻でも早くまともな状態にすべくヨハネスを呼び出し、念のため透過術をかけてもらって、二人がかりで二階と三階の床を修繕した。 「ここが完成したらどうするんですか? 教会って魔族は魔力を使えなくなりますよね」 「……ああ」  ヨハネスの言うとおり、神が不在である現状は自由に魔法を使えているのだが、神の加護に包まれると魔族は何の術も使えなくなってしまう。クエストを完了させたあとは、とっととおさらばしないと危険なのである。 「エルンストのほうはどうだ?」 「あちらも順調ですよ。ここへ派遣する神官も来週には連れて来られるそうです」 「まじかよ! 先に報告しろよ」 「……マジカヨ?」  神官が来たら、そいつは当然ここを住居にする。となれば、神を降ろすクエストを急がなければならない。 「村へ行くから、おまえは進めてろ」  俺は駆け出した。 「え、もしラスベンダーが来たらどうするんですか?」 「あー、そうだな……じゃあ、今日はもういい。帰れ」  透過術で姿が見えないとはいえ、そんなポルターガイスト的なものを見られたらむしろ騒ぎになる。ヨハネスは帰すことにして、俺のほうは急いでクエストを進めることにした。  神を降臨させるには、愛し合うカップルに、教会の中で愛を確かめ合ってもらう必要がある。  もともとは新婚旅行の名目で進めるクエストなので、聖女と結婚相手がキスをすれば済む。しかしその二人より先に進めている現状では、誰かしらを連れてこなければならない。  しかもゲームがゆえに付近に住む者同士のカップルではいけないという設定にしてしまったため、村の外から来た人物、つまり騎士団の誰かと村の者をくっつけなければならないのである。  村を救ってからのんびり相手を探していたら何ヶ月かかるかわからない。そこで俺はミヒャエルとユリアーネに白羽の矢を立てた。 「ユリアーネ様をお見かけしませんでしたか?」  村長宅のまえでオイゲンを見かけたため、聞き込みを開始した。 「ユリアーネでしたら、ちょうど今ここへ来るところですよ」  ほっとしたそのとき、なにやら艶っぽく頬を赤らめたユリアーネが、村長宅の玄関から現れた。 「あら、トイファー神官」 「こんにちは」 「お昼ごはんでしたら、騎士団様の宿舎にご用意しておりますが」 「ありがとうございます。もしお時間がありましたら、少しお話ししたいことがございますので、ご一緒していただけますか?」 「ユリアーネにですか?」  オイゲンが俺とユリアーネの会話に、いや物理的にも立ちふさがるよう入ってきた。 「はい。ユリアーネ様にご相談がございまして」 「相談……というのは、僕がお伺いするというのではいけませんか?」 「ええっ……と、そうですね、村長様にお話がいくまえにご相談させていただきたい問題でしたので」 「では、父の耳に入れないようにいたします。それでしたら僕でも構いませんか?」  これは、もしかしなくても嫉妬ではないだろうか。  オイゲンは立ちふさがるだけでなく、まるで姫を守る騎士のごとく両手を後ろにいる彼女に回し、俺には意志を押し通さんばかりの鋭い目を向けている。  ユリアーネのほうも満更ではないのか、おろおろしつつも、彼を信頼し、すべてを任せきっているといった様子だ。  相談したいというのは嘘ではないものの、目的はユリアーネと会話をして、ミヒャエルに気持ちがあるかを探ることである。オイゲンにそんなことを聞けないし、同席されたとしても無理だ。  どうしよう、と悩んでいたとき、突然ぐいと腕を引かれた。   「まさか、迎えに来てくださるとは」  振り向くと、そこには例の驚くべき笑みを浮かべているミヒャエルの姿があった。寡黙なキャラで、笑みも希少という設定なのに、ここのところいやにふりまき過ぎじゃないか? 「遅くなってしまって申し訳ありません。うさぎを捕獲するのに手間取ってしまったのです」  言いながらミヒャエルは籠を掲げた。食事を持ってきてくれるときに使っているものである。 「うさぎ、ですか……」 「はい。ミスター・シュレマーは何かご用件でもあるのですか?」 「いえ。トイファー神官のほうがユリアーネにご相談があるとおっしゃられておりましたので、わたしが代わりにお伺いすると申し上げていたところです」  オイゲンの返答を聞いて、ミヒャエルはゆっくりとこちらに目を向けた。   「ミス・ザイフェルトにご相談……」  口元は微笑をたたえたままなのに、目のほうはとても笑っているとは思えないほど温度のない眼差しである。俺が横恋慕しようとしたなどと誤解してしまったのだろうか。   「トイファー様は、ご昼食をまだ済まされていらっしゃらないようでしたね」 「ええ。わたしが教会へ持って行く手筈になっているのですが、遅くなってしまいまして」  オイゲンが俺に問いかけたのに、答えたのはミヒャエルだった。しかもなぜか二歩ほど踏み出し、俺とオイゲンの間に立ちふさがるような場所へと立ち位置を変えた。   「でしたら、ご相談はいつでもお受けいたしますから、どうぞ昼食をとられてください」 「そうですね。相談ならわたしが伺うこともできますから」  オイゲンとミヒャエルの二人で話がまとまったようだった。ユリアーネと二人きりで話すつもりが、オイゲンとミヒャエルという二重の壁が間に挟まって、彼女の表情すら窺うことができない始末だった。  結局、その場でオイゲンたちと別れて、俺はミヒャエルと宿舎へと向かうことになった。午後の作業に出ているためか、騎士団員の姿はなく、二人でテーブルについて遅い昼食を始めた。 「ミス・ザイフェルトにどういったご相談があったのですか?」 「ええ、礼拝を頼まれていたのですが、神事には聖像が必要ですから、準備が整ってからにしていただきたかったのです。ユーア教会の神官長様が訪問される際に、ノーフ用にと持ってきてくださるそうなので、それまでは告解だけということをお願い申し上げようとしておりました」 「なんだ、そんなことですか」  ミヒャエルはまたもや顔を華やがせた。そんな一発で虜になるような笑みを、なぜ何度も見せる? 男の、しかも仇敵の俺ですら胸をキュンとさせてしまったじゃないか。俺に見せてないで、ユリアーネに向けろよ。 「でしたら、わたしが説得しておきます。それよりも、あれからレーナルトは現れましたか?」 「……レーナルトとは」 「部下です。今朝来ていたでしょう?」  ミヒャエルはパンをかじりながら、上目でこちらに鋭い目を向けた。   「ああ……はい。来ておりません」 「もしいらっしゃったら、わたしに報せてくださると助かります」 「それは、えっと……」 「話を聞くだけです」  どうやって報せればいいのかを聞こうとしたのに、ミヒャエルは理由を求められたと思ったらしい。 「話を聞くとは魔王の居所を、ということですか?」 「……いえ。フランツのそばにいるのは部下としてだけなのか、他に理由があるのかを問いたださなければなりません」  えっと、魔王と宰相って上司と部下という関係の他にあるだろうか。  聞き返したかったが、睨むほどの目つきのミヒャエルに気圧されて、話題を変えることにした。 「村の様子はどうですか?」 「ええ。今は講堂の修繕と、病に罹った家畜の世話をしております。本当に手が足りていないようで、あちこちから助けを求められております」 「それは、聞くだけでも大変そうですね。騎士団長様もお忙しいのでしょう」  答えてうさぎ肉を口に入れると、そのあまりの美味さに口元がほころんだ。味付けがいい。ユリアーネの料理は格別である。 「……トイファー神官がわたしを必要とおっしゃるのであれば、優先いたします」 「いえいえ、わたし一人で足りております。ユリアーネ様がたを優先なさってください」  あの可愛らしさに加えてこの料理の腕と、甲斐甲斐しいほど世話を焼いてくれる性格なんて、魔族でも嫁にもらいたいくらい出来た女だと思う。  考えながらふとミヒャエルを見ると、フォークを思わず取り落としてしまうほどの眼光で威圧されていた。 「あの……」 「トイファー神官は、大層ミス・ザイフェルトに関心がおありのようですね?」 「えっ……」 「ああいった女がお好みなんですか?」 「好み? いえ……その、わたしではなく、騎士団長様が」 「わたし? わたしがなんですか?」  なにこれ。なんで?  なにが地雷だったのかわからないが、めちゃくちゃキレてる。最終決戦のときに戦意を高めていたとき以上の猛々しさだ。 「これから三食すべてわたしがお持ちしますから、トイファー神官は村へいらっしゃらなくても結構です」 「え、いえ、そんなお手間は」 「ご相談がありましても、必ずわたしを通してくださるようお願いいたします」  なんでだよ。孤独に引き籠もれっていうのか?  実直な男が恋をすると、話を振られるだけでも過度な反応を見せるものなのだろうか。  俺がユリアーネに気があると勘違いしての嫉妬だとしても、あんなにキレなくてもと、不思議でならなかった。

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