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第14話 天使からの感想とお礼
いっそあのまま斬首刑に処されていたほうがマシだったのではないか。
覚醒したとき、いの一番に浮かんだのがそれだった。
目の前には寝息を立てているミヒャエルが、その美貌を月光によって美しく輝かせている。
ほっそりとした顎に、すべすべの肌、凛々しい眉に、薄く形のよい唇。力強く相手を圧倒する切れ長の目は閉じられている。
『痛みはありませんでしたか?』
何時間前か、まだ月明かりが窓へ届かぬ暗闇の中、そう問いかけてきた彼の表情はわからなかった。ただ、真剣な響きを帯びた声音からは、建前ではなく本気であるように感じられたし、俺に触れる手つきも優しかった。
『……申し訳ありません。あなたに触れたくて、抱きたくて、我慢できませんでした』
話しかけながら、ミヒャエルはキスの雨を降らせてきた。それはまるで、手さぐりで触れるより、唇で俺の存在を確かめているかのようだった。
精力増強剤でしかない『魔王の血清』の効力で、愛おしげに相手を労ったり、愛を語るなんてことはしないはずである。だから、おそらく彼は素面で、信じがたいことに、トイファー に惚れていたということになる。
俺を村へ行かせまいとしていたことや、ユリアーネを話題に出すとキレ散らかしていたのは、彼女ではなく俺のことが好きであるがゆえの嫉妬だったのかもしれない。
鈍感過ぎるかもしれないが、だとしても、まさかというレベルを超えた事実だったのだから仕方がない。
恋煩いをしている相手がいるとしたら、普通は異性であると考えるし、ミヒャエルは俺の正体を知らないとはいえ、仇敵に惚れるなんて思いつきもしないことだった。
そんな思ってもみなかった事実を知った俺は、正直なところ戸惑っている。
こんな形で初体験を迎えたことはショックだったが、そのこと以外に関しては、不愉快どころか、楽しんでしまっていたと言っていい。入れられる側であったことの衝撃は別としても、気持ちよく感じてしまっていたのは事実で、憎むべき仇敵であるはずのミヒャエルに対して、好意を覚え始めていたのもまた、事実だった。
俺は今、腕枕をしてくれているミヒャエルを見つめている。
彼の目が開いたら、腕に抱いている男が、トイファーではなくフランツであることを知ってしまうことになる。
気づいたらすぐに臨戦態勢をとるのだろうか。愛おしげに撫でてくれていた手で、俺に向ける剣を握るのだろうか。
もしそんな事態になったら、魔法が使えない状態である俺は、抵抗もできぬままに瞬殺されるだろう。
「……はあ」
ため息をついてしまう。静かにしなければならないのに抑えきれない。
大きく息を吐いたあと、ミヒャエルの腕をどかすべくそっと持ち上げ、寝台をたわませながら、静かにそこを出た。そしてダルマティカを拾い、頭からそれを被って、音を立てぬよう慎重に居室を出た。
死ぬほど腰が痛む。足が床につくたびにガクガクと震え、歩くのに老人のごとく背を丸めなければうめき声をあげてしまいそうだった。
しかし、歩みを止めてはいけない。
教会にいる限り魔法を使うことができないのだから、トイファーの姿になるためには出ていくしかないのである。
一階へ下りて、礼拝堂を通りかかり、聖物の置かれるであろう台座を睨みつけた。
ミヒャエルがトイファー に惚れていたとしても、それはフランツ ではない。演じている架空の人物でしかないのだから、本来であれば想いを遂げさせてはいけなかったのである。
神が下りたせいで術が解け、誤解を招くような事態になってしまった。面倒なことになったのは、すべて神のせいだ。と、そう思いたかった。実際は違うとわかっていたが、苛立ちをぶつけたかったのである。
『過去一最高の愛の営みをありがとう』
頭の中に突如響いてきた声に、驚いて足を止めた。見渡してみても、誰かがいる気配はない。
「誰だ?」
宙に向かって問いかけると、ふふと笑い声が響いてきた。
『美しい男たちによる愛の交わりなんて、ご褒美以外にないわあ』
部屋に反響しているのではなく、頭の中に直接聞こえているような響きである。こんな真似ができるのは、生き物あらざるモノ以外にない。
「……誰だ」
『魔王と騎士がっていう、意外なカップリングにもそそられたわ』
「神……じゃないよな。天使か?」
『ふふ。お察しのとおり。わたしは神の使いよお。観察しながらちょっと期待していたんだけど、まさか本当に始まってくれるとは思わなかったわ。かぶりつきで見ちゃった』
「……何を見たんだ?」
『決まってるじゃない。三回もしてくれるなんて、ファンサが過ぎるわ』
俺は脱力し、礼拝度の横長の椅子にへなへなと座り込んだ。腰も痛いし、疲労も凄い。立っているのもつらい状態で、あの痴態をかぶりつきで見られていたと知って、ショックを受けずにはいられなかった。
「……死にたい」
あのとき二人でいったあと、ミヒャエルは抜かずに再び硬くし、やめてくれと訴えても、俺の声に真実味がなかったせいか、攻めるばかりでやめてくれなかった。俺の抵抗が中途半端だった自覚はある。だとしても、抜かずに二回して、抜いたと思ったら別の体勢でと三度もしたうえに、最初にローション代わりに出したのを入れたら四回も中に出してくれやがったのは、やりすぎだと思う。
不快ではなかったとはいえ、羞恥では死ねる。複雑な感情を処理するべく必死だというのに、天使に見られていたと知って、頭を抱えたくなるのも当然だろう。
『あら? 生きるために頑張ってるんじゃないの?』
「なんのことだ?」
『世界を征服するためにこの村を救ってくれたんでしょ?』
「……なにもかもお見通しだっていうなら、礼でもしてくれ」
『礼? あら、いいわよ』
投げやりに吐き捨てた俺の手元に、水の入った瓶が現れた。確かに、今めちゃくちゃ喉が渇いている。
「……ありがたいが、それよりあいつの記憶を、いや俺のごと消してくれないか?」
『そんなこと、神の御業でもできないわ。でも姿を変えさせるくらいなら、してあげてもいいわよお』
天使の声がした直後、魔術のかかるほの明るい閃光があたりに散った。まさかと思い、尾てい骨付近にあるはずの尻尾を確かめてみると、驚くことになくなっていた。耳に触れてみても尖っておらず、犬歯も人間のそれである。
「……トイファーにしてくれたのか?」
『そうよ。ほんのお礼。じゃあまたね』
いっそ殺してくれたほうがありがたかったのに。
そう思いつつ、疲労とショックと安堵が入り交じった俺は、天使の声がしたと同時に脱力し、椅子のうえに寝転んだ。
そしてそのまま寝入ってしまった。
◇ ◆ ◇
もぞもぞと動く異物感、そして散々味わわされた快感に再び襲われて、はっと覚醒した。
目を開けると、礼拝堂が見えた。後ろからぐちゃぐちゃと聞こえて、次に感覚から、指を抜き差しされていることに気がついた。
「何してんだ……っ」
「おはようございます」
身体を起こそうとしたときに、びしっと背中に痛みが走る。昨夜の余波と、木の椅子のうえで眠ってしまったせいだろう。身体のあちこちがひどく痛んでいる。
「中を掻き出さないと、あちこちに垂らしてしまいますから」
「何を……はんっ、やめろっ……」
ミヒャエルはいじる手をとめず、にこにこと嬉しげな顔で俺を見ている。
「寝台から抜け出して、こんなところで寝てしまうなんて、風邪でも引いたらどうするんですか?」
「んっ、んあっ」
掻き出すって言っていたのは、中に出されたミヒャエルの精液のことなのかもしれない、と考えながら、気持ちよさのほうに気がそれてしまう。
「襲いたくなるような声は我慢してください。もうすぐ終わりますから」
「んんっ……」
こんなところでまたやられたら、天使に何を言われるか……じゃなくて、そもそもが二度としてはいけないことである。
「やめ、もう、……やめろ」
「……ええ。終わりました」
指が抜かれたとき、思わず腰が動いてしまった。恥ずかしくなりミヒャエルから目を逸らすと、くいと顎を戻されてキスをされた。
その瞬間、身体が熱くなるのを自覚した。朝っぱらからいじられた羞恥もあったが、喜びのようなものもあったように感じて戸惑った。
しかも抵抗を示すどころか、ミヒャエルの腕を掴んでしまっている。キスすらも二度としないほうがいいというのに、まるで、やめるなと訴えているかのようである。
「どうしたんですか? 昨夜の続きをしたいんですか?」
「違う……」
自分で自分がわからない。違うと言いながら、心では真逆のことを願っている。
「ふふ、かわいいですね」
くそ。朝日を浴びて頬を緩ませているミヒャエルが、輝いて見える。
イケメンの笑顔は、確かに清々しくなるものではあるけど、こんなふうに心臓がばくばくとするものだろうか。
「わたしもしたいところですが、今日は忙しくなりますから、後でにしましょうね」
後でと言われて、それも否定するべきなのに、言葉が出てこない。離れていくミヒャエルにほっとするべきところなのに、がっかりしてしまっている。
思考と感情が剥離しているような気がして、言いようのない不安を感じ始めた。
ミヒャエルは呆然としている俺の手を取り、「湯浴みをしましょう」と言って、俺を立ち上がらせた。そして戸惑うばかりの俺は、未だ自分の感情が整理できないままに、教会の裏手に設置してある五右衛門風呂へと連れて行かれたのだった。
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