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第15話 聖女のご乱心

 お昼前に、エルンストが新任の神官を連れて村へやってきた。  ノーフの村でのエバーアフタークエストはこれにて完了である。エルンストは神事用の道具の他に、国からの見舞金を持参するという、驚くべくアシストをしてくれて、神の恵みだとばかりに、村人たちの信仰心に火がついたようだった。  信仰を取り戻させるのも目的の一つなので、簡単に事が運んでくれたのはありがたいことだが、窮状を助けるべく奔走してくれたのは、国ではなく騎士団たちだったことを思い違えないでもらいたいものである。  エルンストたちは、修繕した教会で礼拝をしたあと、講堂で歓待を受けることになった。  神官に扮している俺も当然ながら参加しなければならなかったわけだが、宴会と言っていいそれは、盛り上がるばかりで終わる気配がない。いつ術が解けるか戦々恐々としていたところ、驚くことにトイファーの姿を維持することができていた。天使から礼だとしてかけられた術は、解かなければ効力が続くものらしい。  ただ、その懸念に関して安堵した反面、それとは別の問題はあった。   『今日は忙しくなりますから、後でにしましょうね』  そのミヒャエルの言葉が実行されるのを避けるべく、なんとしてでもその日のうちに帰りたかったのである。  焦れた挙げ句、翌日は外せない神事があると嘘の口実をひねり出し、到着は朝方になるという時刻にも関わらず、エルンストと馬車に乗り込み出発したのだった。   「……フランツ様、騎士団長と何があったんですか?」 「名を呼ぶな!」 「わたしたちの他に誰も乗っておりませんよ」 「御者がいるし、騎士団が一人後ろについているだろ?」 「……聞こえませんよ。それより、騎士団長のあれは一体何なんですか?」    騎士団長のあれとは、ミヒャエルが俺から頑なに離れまいとして常にそばにいたことを指しているのだろうか。  思い出すだけでも顔から火が出そうだ。  関係を続けさせないよう努める以前に、気づかれてもいけないからと、俺がしようとした配慮を、ミヒャエルはことごとく踏みにじってくれていた。  歓迎一色の今日は、騎士団長としての仕事がなかったせいか、RPG画面の移動グラフィックよろしく俺の行くところを付け回し、介護人のごとくやることなすことに手を出してくれては、俺にだけ極上の笑みを向けるという、人目を引いて憚らない振る舞いをしてくれたのである。  人間が両手を広げたときの端から端までの長さは身長とほぼ等しいという言説が正しければ、馬車に乗り込むまでの間はずっと、俺の手が届く範囲からミヒャエルは出なかったことになる。  清廉実直で名高い騎士団長のそんな様子は、さぞ異様に見えたことであろう。  俺たちが滞在中、教会で寝泊まりしていたことは周知のことだったので、二人の間に何かが起きたことは一目瞭然である。それでも神官と騎士団長のただならぬ関係など、触れてはいけないと思われたのか、今の瞬間まで誰からも問われたことはなかった。 「俺のことはトイファーと呼べ。それよりも頼んでいた件はどうなった?」 「……質問は無視ですか?」 「今はそれどころじゃない」  エルンストを睨みつけると、やれやれと呆れたような微笑を返された。 「神は愛を奨励いたしますから、結構なことだと思いますけどねえ」 「黙れ。まだその話を続けるつもりならぶん殴るぞ」 「それこそ自ら正体をさらす振る舞いだと思われますが……承知いたしました。ええ、例の件ですが、お二人の行方は見つかりました。あとのお一方は詳細を掴めていないだけで、時間の問題と言えるところまではきております」 「そうか。思っていた以上の進捗を聞けてありがたい」 「魔族の金庫を自由にさせていただいておりますので」 「ああ、限度は設けていないが、だからって収入はないんだから、あまり無茶な支出はするなよ」 「ええ、その点に関してはお任せください」 「帳簿はお手の物ってか?」 「おっしゃるとおりです。それにしても、魔族側も国に匹敵するほどの財源を抱えながら、なぜ……」  エルンストは、言いかけて咳払いをした。俺はその続きを読み、ふんっと鼻をならして睨みを返した。 「なぜ、負けたのかって?」  その答えは明白だ。金があっても使う方法を知らなかったからである。  世界征服のために、以前の俺が考えた手段は暴力での支配だった。国中に魔族を放ち、人間たちの土地に基地をつくり、脅しつけて貢物という名目で食料を巻き上げた。金があるのに払う頭はなく、抵抗するなら家屋を壊すぞ、と怒鳴りつけるだけだった。  金で取引をすればよいと思いついたのは、前世の記憶を取り戻したあとのことなのだが、そのとき同時に、そもそも魔族はやられるべき存在であり、使う頭がなかったのもゲームの設定がゆえだった、ということも気づいたのである。  魔族は迫害されるべく存在だったため、気候が悪く地盤のゆるい森を住処とし、食事も不味い魔獣(げてもの)や、苦みばかりの苔くらいしかないのも当然だった。しかし、乙女ゲームのRPGでもあるので、人間を食うような魔物はいないし、頭も弱く、すぐに倒されるような奴らばかりだ。  だから、征服の目的も、魔族(おれたち)の望みは、人間を虐殺して回ることではなく、むしろ共存することなのである。住心地の良い人間の居住地で安寧とした暮らしをしたいのと、栄養があり味もよい食事以外に望むものはない。  俺たちは人間を忌避するどころか尊重している。人間どもの育てる農作物や家畜を賛美し、その味を生み出す人間に畏敬の念すら抱いているのだから。  聖女アグネスたちに打ち倒された魔族の数は、俺達が支配すべく事故的に死なせてしまった人間の千倍はいると思う。  見た目にグロテスクで、暴力的に怒鳴りつけてきた魔族たちを忌避したがゆえのことではあるが、結果として見れば虐殺してきたのは正義(主人公たち)の側なのである。  同じ真似をしてやり返されるべくのバカな真似はしない。次こそは人間世界のシステムに則ったうえで金銭での交易をし、むしろ友好的である姿勢を示していきたいと考えている。  そのためにも、先に仇敵たちを片付けておかなければならない。一度暴力で魔族を打ち倒してくれたやつらは、友好的な態度をとったとしても、いつ刃を向けてくるかもわからないからだ。   「……あの聖女様が降臨してくれたからだ」 「聖女……アグネス様ですか?」 「聖女と名乗るからには、暴力的な解決ではなく和平交渉をしてくれたらよかったのに、あいつのせいで改革するどころか斬首刑の手前までいったんだからな」 「となると、フランツ様はこれから暴力を行使するおつもりはない、ということですか?」 「これからどころか最初からなかった。相手が向けてきたから仕方なく相手をしてやっただけだ。あの女は、今や王太子妃になったんだろう?」 「ええ。ご結婚されましたので。ですが、もうすぐ戴冠の儀が行われますから、すぐに王妃となられますね」 「となると、ハンスが国王になるってことか」 「ええ。今も五年前に崩御された前国王の代理をなされていらっしゃいますから、外交上の変化がある程度ですけれども」 「二人が結婚したのは、正確にいつだ?」 「正確に、ですか?」 「ああ。俺が捕えられて、すぐのことか?」 「……えっと、一月(ひとつき)ほど後でしょうか? もうすぐで三月(みつき)になりますから」  三ヶ月となると、そろそろ聖女様がご乱心なされておかしくない時期だ。  ノーフ村でのクエストを終えたあとは、ボーナスタイムとなり、国中を観光のごとく見て楽しみながら、聖女は結婚相手といちゃいちゃすることになる。そこで、気候や環境を変えても、彼の身に変化が起きないことに気づく、という流れになっている。  王城で過ごしていた間、寝所をともにしても一向に反応してくれなかった夫のそれは、国政によるストレスから来ているものと判断していたが、どうやら違っていたようだと知るのである。  ゲーム性をもたせるためとはいえ、恋愛のゴールが性行為という安直さゆえに、世界を救った聖女は夜毎悩まされているわけである。  俺の刑の執行は、本来であれば投獄されて半年程度経ったあとのことだった。三ヶ月で出ることが決まったのは、アグネスが俺の血の効果を聞きつけたからである。  精力増強剤(おれの血)があれば、夫のあれも勃つと知り、一刻も早く手に入れたかったからだ。  しかし、その俺は脱獄し、すでに二週間以上経っている。  渇望していたものが、得られる寸前で手元から離れてしまうというのは、存在そのものを知らなかったときよりも苦痛を伴うものだ。  俺とエルンストが馬車に揺られているこの間にも、彼女は血眼になって探し続けているであろう。  無駄にその血を大地に吸わせることなく、夫の体内へと注がれるよう神に祈りを捧げているに違いない。 「帰ったら朝になるが、探し出した二人の行方についての詳細を教えてもらえるか?」 「ええ。朝食をとりながら、ゆっくりご説明差し上げます」 「それはいい。ムーア教会の飯は評判だからな」 「魔族の間で、ですか?」 「そうだ。魔族のポーションは、街で密売すれば高い値がつく。それをおまえのところの残飯と取り引きしていたんだ。それほど価値のある食事ということだろう」 「光栄ですね。わたしの舌を満足させる調理人を探し出すのに苦労いたしましたから」 「それはますます楽しみだ……っ」  腰の痛みがひどくなってきた。馬車の振動が腰に悪いらしく、時を追うごとに悪化してきたのだが、とうとう神経にまで障りだした。 「……魔王様が、ご苦労されていらっしゃるんですねえ」 「なんだよ、嫌味か?」 「いえ、純粋に心配しております」 「世界征服の一貫だから、仕方がない」 「腰を使うのが?」 「違う。肉体労働が、だ」

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