16 / 44
第16話 城下町で奇遇にも
「フランツ様はまだ寝ておられるのですか?」
「ええ。よほどノーフでの生活にご苦労なさったようですよ」
「苦労って、教会を修繕していただけじゃないですか」
「いえ、ラスベンダー騎士団長と……」
ドア越しに聞こえてきた会話で、俺は飛び起きた。
すぐさま変化の術をかけてトイファーに扮し、廊下へ躍り出る。
「妙な話をヨハネスにするな!」
「フランツ様……おはようございます」
挨拶を返してきたエルンストの、その横に立っているヨハネスが目に入り、かっとなった。
「教会に来るなら、変化の術をかけてから来い」
「え、あれ? フランツ様は神官の姿ですね。なんで教会なのに魔術がかかるんですか?」
「ここは悪徳神官が収めているから、神がいないんだ……って、なんだその目は」
「あっ……いえ、エルンストの言う通りだったんだなあって……」
ヨハネスとエルンストの視線が、俺の胸元に向けられている。
俺は下着一枚にガウンを羽織っただけの格好だったのだが、はっと見てみると、そこにはミヒャエルにつけられた跡があちこちに残っていた。
これって、もしかしてキスマークってやつ? 三日も経っているのに? うげ……
慌てて胸元を隠したが、『今さら?』と言わんばかりに片眉をあげたヨハネスを見るに、手遅れだったらしい。
「なるほど、だからご加護がないんですねえ」
エルンストは天井あたりを見上げて納得の声をあげた。
「……魔族を出入りさせておくと、神は離れていく」
「では、どのようにして再び神を下ろすのですか?」
「えっ……あー、結婚式でも挙げてやればいい」
「そんなことで?」
驚きの声をあげたエルンストは、次に「そういえば久しく挙げていなかったなあ」とぶつぶつ言いながら廊下を歩き去っていった。
「ラスベンダーを落としたのなら、彼については片付いたと見ていいですね」
「なんでだよ……っつーか、落としたってなんだよ」
「あのブスを嵌めるために、パーティを瓦解させるんでしょう? 四人もいるんですから、ラスベンダーはそのまま捕まえておいたほうがいいんじゃないですか?」
「……あのブスって、アグネスのことか?」
「ええ。世紀のブスですよ」
「いくらなんでもブスじゃないだろ」
思わず口について出てしまった。
憎き敵であるから、悪く言いたくなる気持ちもわかるが、ブスなどという形容は聞き捨てならない。
三顧の礼で頼み込んだ人気デザイナーの栗林 さんが、腕によりをかけてデザインしてくれた主人公だぞ?
「おや? ラスベンダーがお好みかと思いましたが、本命はあの女ですか?」
「……だから、ラスベンダーとはなんでもない。アグネスも別に好みじゃないが、一般的に見てブスではないだろ」
「一般的と言われましても、俺は男にしか興味がないので女は全員豚に見えます」
豚って……口が悪いやつだな。
「おまえ、男が好きだったんだ」
「ええ。いい男は魔族よりも人間のほうに多いですね」
「へえ……」
ヨハネスは魔族の中では俺と二人、唯一美男と言っていいデザインになっている。悪役を推すタイプのユーザーを釣る目的からだ。
魔族は小柄で線が細く色白で、男というより少年に近い外見をしているのも、そういった趣味を持つユーザーへの目配せである。俺はそれでもまだ青年に近い風貌だが、ヨハネスはショタに近い。
魔族の設定に関しては、第二班のチーフリーダーである佐倉に一任していたので、細かいところまでは把握しておらず、ゲイであるという設定は知らなかった。そういった好みまでカバーしていたとは、販売戦略とは浅ましいものである。
とは言えこの世界で生きている今、そんな情報を得ても何にもならない。それどころか部下の性癖なんて死ぬほどどうでもいい。
聞かなかったことにして、いま最も重要な、空腹を解消するという目的のためにエルンストのもとへと足を向けた。
腹と舌を満足させつつ、雑談がてら三人で話し合った結果、ヨハネスにはマヌエル・ギースベルトという名が与えられ、神官仲間だなんだという冗談を本気でとった本人は、マヌエルとして街を歩いてみたいと言って聞かず、仕方がないので城下町へ連れて行くことになった。
今日は王城へ行く予定がある。俺が頼んでおいたとおり、エルンストが王太子夫妻への謁見を申し込んでくれていたのである。
まだ約束までは時間があるため、早めに向かって買い物でもするかと盛り上がり、食事を終えたあとすぐに出発することになった。
ダルマティカを新調し、下着なんかも買い揃え、わいわいと街をぶらつくのは思った以上に楽しく、もう少し、もう少しと眺め歩いていたら、時間を忘れて楽しみすぎてしまっていた。
「おい、あの陶器の店も面白そうだぞ」
「フランツ様」
「トイファーだ。これ見ろ。猫の置物、かわいくないか?」
「トイファー様、もう九時を過ぎておりますが」
「は? まじか、やばいじゃねえか。馬車はどこだっけ?」
「えっ、フラン……トイファー様が把握なされていらっしゃるのかと」
「そういうのは宰相のおまえが把握しておけ……あれ? エルンストは?」
ヨハネスと口論しながら歩いているうちに、エルンストを見失ってしまった。あちこちを探し回ったところ、広場にある国王の彫像のまえで、二人の男と向かい合っている姿を発見した。
「ヴォーリッツとクッシュじゃないっすか?」
驚くべきことに、エルンストと一緒にいた男たちとは、聖女パーティのメンバー、戦士のイジドーア・ヴォーリッツと、魔法使いのライナー・クッシュだった。
この広場は国最大規模の繁華街からすぐのところにあるため、有名人がいてもおかしくない。
しかし、なぜエルンストといたのかという理由のほうは まるで思い当たらない。
「彼がトイファー神官です」
エルンストが俺に向かって手を差し向けて、二人の仇敵が数カ月ぶりに見る顔をこちらに向けた。距離は三十メートルほどだろうか、イケメンは遠目にも目鼻立ちがばっちり見える。
「……フランツ様をお探しのようですよ」
「なんで俺を。適当につけた名で、誰でもない顔だぞ」
「近づいてきますよ……武器は手にしていないようですが、顔が怖い」
「うるせえな。実況しなくても見てわかる」
近づいてきた二人は、俺からやや距離を取った位置で足をとめた。
「貴殿がトイファー神官ですか?」
大柄な体躯の戦士、イジドーアが問いかけてきた。
「ええ。あなたは、ヴォーリッツ様、でいらっしゃいますね?」
「そうです。こちらはクッシュ」
「存じております。魔法使いで知らぬ者はおりません」
うやうやしく頭を下げてみたが、細身で背の高いライナーは、冷徹なほどのその表情をぴくりとも変えない。そして返答もない。さすがはツンデレ設定の攻略対象者 である。
「貴殿をお見かけしたら、帰還をお伝えするようミヒャエルから申し付けられておりました。四人足らずでご存知の方に行き当たることができたのは神の御心ですね」
嬉しげに口角をあげたイジドーアは、仲間のためなら迷わず死線へ身を投げる気概のある、いわゆる熱血タイプの男なのだが、仲間のために声をかけまくるような真似まではして欲しくなかった。
「承知いたしました。時間ができましたら、ご挨拶に向かおうと思います。騎士団長様はどちらにいらっしゃるのですか?」
「ええ。どこだったか、別の街の教会へと出かけたようでしたが、十時ころには王城へ戻ってくる予定だったはずです」
向かう場所も一緒なら、時間も同じじゃねえか。
「それでしたら、わたしどもの謁見の予定時刻と同じですね。拝謁のあとご挨拶に伺えるかもしれません」
くそ。エルンストが余計なことを。
「謁見、ということは、ハンスたちに会うご予定なんですか?」
「ええ」
「でしたら、ご一緒にいかがですか? わたしどもも城へ帰るところでしたから。馬車は六人乗りですので席にも余裕があります」
「それはご親切にありがとうございます」
「となれば、急ぎましょう。今から出ても間に合うか否かという時分です。馬車はこちらですので」
イジドーアは反対方向へと身体の向きをかえ、ライナーも同様に歩き出した。エルンストが続き、俺は五歩ほど後ろをヨハネスと二人でついていった。
「……よかったじゃないですか」
「なにがだ?」
「ハンスに会ったあとは、あの二人と会う機会もつくるつもりだったんでしょ?」
「ああ、まあ……」
「何をそう気に病むことがあるんですか?」
「……別に、気に病んでなどいない」
確かにヨハネスの言うとおり、謁見を済ませたあとは、城の中で迷った風を装い、残りの攻略対象者たちとも顔を合わせておくつもりだった。その手間が省けたうえに面識もつくれたのだから、棚からぼたもち展開ではある。
ただ、ミヒャエルと会わねばならない、というのが余計だった。ノーフでの最後の日の様子を思い出すと、仲間たちを前にして、何を言われてどんな態度に出られるのか、それを考えるだけで頭を抱えたくなる。
それに、俺自身があいつを見てどんな反応をしてしまうのか、それが、いやそれこそが不安で仕方がないのであった。
ともだちにシェアしよう!

