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第17話 三日ぶりの声

 俺としたことが、である。 「エルンスト一人で行ってくれ」 「……わたし一人?」 「俺と……マヌエルは行けなくなった」  不覚にも程があるが、魔族が王城へ入ると術が解けてしまう、というのを馬車に乗り込んだあとにようやく思い出したのである。  宗教国家であるアルカディアーヤは、君主である国王と国を統べる神官長とを兼ねる仕組みになっており、王城は君主の住まう巨大邸宅でありながら、教会本部ともなっている。  俺が城を制圧したときは、城内を満たすほどの魔族とともに突入したため、神はすぐに出ていってくれた。打倒されるまでの間は、普通に魔法を使ってのびのびと暮らしていたから、今の今まですっかり失念してしまっていたのである。  今さら過ぎるタイミングだが、最高神官長であるハンス王太子が戻ってきた今や、城は再び神の加護を取り戻しているのは間違いない。たった二人の魔族で入城したところで、こちらの術が使えなくなるだけであるのは火を見るより明らかだ。 「どうなされたのですか?」  イジドーアが親切の押し売りみたいな笑みで、問いかけてきた。馬車の中で内緒話などできるはずがなく、お節介……もとい男気溢れる気立てのいい彼はすぐさま反応を返してくれた。 「いえ、このマヌエルが体調を悪くしたようで」  事実馬車酔いを起こしているらしく、顔を青ざめさせているヨハネスを指して答えた。 「大丈夫ですか? 医師のもとへお連れいたしましょうか?」 「いえ。そこまでは必要ありません」 「……なにか呪いでも受けていらっしゃるのですか?」  これまで一言も口を利かなかったライナーが突然声を発した。CV/|田中穂積(たなかほずみ)は、リアルだとこんな声になるんだ、などと不必要な感動が場をわきまえないタイミングで襲ってきた。 「呪い、ですか……」 「強い魔力がかかっているようです」  ライナー(こいつ)を舐めすぎていたようだ。魔力では俺のほうが秀でているから、気づくまいと高をくくっていたが、人間側では国一番と言えるレベルの魔法使いである。術を使用している状態を見破るのは高度な技術であるものの、いつの間にやらそれを身につけるほどの力をつけていたらしい。 「この方だけのようですが。……あなたは神官長よりも強い神の加護をまとっていらっしゃいますね」  ライナーは、ヨハネスだけが呪われていて、俺はエルンストより神の御力が強いと判断したらしい。もしかしてそれは、ノーフの教会で天使から授かったお礼によるものなのだろうか。 「わたしにはわかりかねますが、ライナー様がそうおっしゃられるのであれば間違いないことでありましょう。マヌエルは教会へ帰らせたほうがよさそうですね」 「ハンスなら祓う力があると思います」 「いえ、王太子殿下にそのようなことをさせるわけにはいきません。王城へ到着しましたら、そのまま馬車をお貸しくださいますか?」  ライナーに問いかけたが、面倒くさそうに目を逸らされただけだった。言うだけは言ったので後は好きにしたらいい、と言わんばかりの塩対応である。  対してイジドーアのほうは『それは大変です。是が非でもハンスに』と何度も説得を繰り返してきた。  その気立てのよさ、まじで今必要ない。しかもやるのはハンスだし、してもらうのはこっちで、おまえは何の関係もないだろ。  しかし、あと五分もすれば到着するというところで、ヨハネスがとうとう嘔吐して、白のダルマティカが目も当てられない状態になってくれたことで、イジドーアはようやく折れてくれた。着替える時間もないし、そんな姿でハンスに会わせるわけにはいかないと判断してくれたらしい。  臭いし最悪な光景だったが、ナイスゲロだ。  ライナーの見立てどおり、俺にまだ天使の加護が効いているというのは確かなようだった。  おそるおそる王城へと入ってみると、術は解けることなくトイファーの姿のままであり、馬車で去っていくヨハネスを無事に見送ることができた。  城の中は実に三ヶ月ぶりである。魔王として二年ほど制圧していた懐かしき我が家……というよりも、今はゲーム画面を思い出して感極まっているほうが強い。  謁見室へと向かう攻略対象者の姿は、まるでオープニングさながらであり、中へ入って我が子らが勢揃いした場面を見たときには、思わず目頭が熱くなってしまった。 「イジドーアにライナー? いったいどうしたんだ?」  壇上の豪奢な椅子に座る華美な衣装のハンスが、美麗な白い歯を輝かせた。   「謁見の約束だったんだろ? ちょうど街で彼らにお会いしたんで、そのまま馬車でお連れしたんだ」  イジドーアは答えながら歩みを止めず、ライナーとともに壇上へ近づいていく。その様子を、正面から見て左側にある王妃席から、主人公の聖女アグネスが穏やかな笑みで眺めている。  まさにオープンシーンの再現だ。  聖女アグネスが召喚されたことを聞きつけたハンス王太子が、王城へと招き入れ、友人であった攻略対象者たちとともに相まみえる場面。エンディングを迎えた今、彼らの関係性は変わってしまっているが、年月はそこまで経っていないので、姿はそのままである。  めちゃくちゃ懐かしい。ミヒャエルはいないけど、いなくても脳内補完できる……くらい、あらゆる角度から見たあいつの記憶が蘇り、同時に攻略対象者とあんな真似をしてしまった事実も思い出して、途端に恥ずかしくなってきた。 「謁見に参ってくれたのに失礼した。貴殿はユーア教会の神官長だったな?」 「ユーア教会神官長でありますナウマンと、神官トイファーであります。このたびは、拝謁のお時間を賜り、厚く御礼申し上げます」 「今回ノーフの村を救ってくださったそうだな。こちらこそ感謝の言葉を述べさせてくれ」  ハンスは、人懐っこい笑みを俺たちのほうへ向け、手前に用意してあった椅子にかけろと手で促した。 「とんでもございません。国民の義務として、そして神に仕える身として当然のことをしたまでです。魔王を取り逃がしてしまった失態がありましたゆえ、可能な限りお力になるべく励んだ次第であります」 「あれはナウマン神官長のせいではない。フランツが狡猾だっただけだ。それに、神官長は過分なほどのことをしてくれた。ノーフだけでなく、他にも神官が不在である村を調べ、そこへユーアの神官を派遣してくれたのだろう? 人は足りているのか?」 「それこそ過分なお心遣い、まことに恐縮でございます。もともと人員整理をする必要に駆られておりましたので、むしろよい機会でありました」 「しかし、本来であればわたしが命ずるべき仕事だ。重臣たちもナウマン神官長のように優秀であってくれたら助かるのだが」 「いえ。戴冠式をまえにご多忙でいらっしゃる殿下のご負担を、少しでも軽減したいという、臣下としての義務を全うしただけであります」 「……ふむ」  ハンスは、頷きながらその口元を覆うように手を添えた。  にやけてしまうのを見られまいとして隠したのだろう。  王太子の身である彼は、まだ二十代という若さで君主として国政を担う最高責任者でもあるのだが、それにそぐわないほど人の良い青年なのである。  この程度のおべっかを本気で受け取るくらいに純真で、裏表のない自分と同じように、世のすべては善人ばかりであると考えている。家臣の言葉に建前や裏の意図があるなどと露とも感じていない、いわゆる間抜けな意味での愚王と成り得る器なのである。  ゲームキャラとしては、母性本能をくすぐるお坊ちゃん気質という立ち位置で、そんな王子を聖女が支え、ともに国を立て直していく、という筋書きに添うよう設定されている。 「ノーフに関連することに問題がないのであれば、本日の謁見の目的はどういったものなんだ?」 「ええ。神官が不在の村を調査している途中に、表沙汰にはできない事案を発見したためであります」 「……どういうことだ?」 「こちらに書類をお持ちいたしましたので、お目通しをしていただけますでしょうか?」 「ああ。ではこちらに」  エルンストが一礼し、恭しくハンスに寄ってその手に渡したのは、アルカディアーヤの不正がまとめられている書類である。 「これは……」 「ひどいな」 「まあ」  ハンスの横や後ろから、パーティの面々が覗き込んで驚嘆の声を上げたのも当然の代物だ。  国庫を横領している地主貴族の名簿と証拠、そして賄賂を受け取っている教会の一覧と、それに関わった神官たちが、動かしがたい証拠とともに列挙されているのである。   「わたしが調査した村は、中央(こちら)では廃村と記されていた箇所ばかりでした。しかし、実態は廃村どころか田畑も健在で、むしろ肥沃とも言える土地でした。訪れた際には隣村の一部だと説明を受けましたが、書面上には存在していない。そのような村が山間や湖の奥などの見つけにくい個所に点在しておりました。お渡しした書類は、どれもそういった村に保管されていたものです。まさか見つかるとは思わず油断していたようで、焼き払われる前に押収することができました」 「いま、その村々には騎士団を向かわせている」  朗々と響いてきたのは、聞き間違うはずもなくミヒャエルの声だった。  入り口のほうから、柄をかちゃかちゃと鳴らしながら歩み寄る足音も聞こえてくる。  十時十五分。謁見室に入る前、従者に頼んでハンスに見せたものと同じ書類を届けさせたから、おそらく帰城するやすぐに目を通し、騎士団の派遣を指示してからここへやってきたのだろう。    「教会の礼拝は終わったのか?」 「礼拝ではない。トイファー神官にお渡しするものがあっただけだ。それが、まさか当の神官のほうが城へ来ていたとは」  ミヒャエルの声が真上にまで迫ってきたと同時に、手が汗んでくるのを感じた。  なんでそこで止まるんだよ。仲間なんだから、おまえもイジドーアたちのように、壇上のほうへまっすぐ向かえばいいだろう? 「神官とはノーフでご一緒されていたんだったな。先に予定を伝えておけば面倒をかけなかったようだ。すまない」 「いや、目的を話していなかったんだ。ハンスは知る由もないだろう」 「それで、お渡しするものとは?」 「忘れ物だ。急いでいたのは、すぐにお届けせねばと焦っていたからだ」  忘れ物? 身一つでノーフへ向かったのだから、そんなものあるはずがない。  いや、待てよ。もしかしたら『魔王の血清』のことか?  内ポケットに入れたつもりだったのに、衣服をひっくり返しても、どこにも見つからなかったのである。 「では、お会いできたのだから、ここでお渡しさしあげるといい」 「いや、部屋に置いてあるから、これが終わったら……終わったら、わたしの部屋へ来てください」  肩に手が置かれ、びくと震わせた直後に耳元で囁かれた。  声を聞いたあたりからばくばくと高鳴っていた心臓が、聞こえた直後に突然全力疾走しているかのごとく激しくなった。  ミヒャエルは、ちらと横を見れば鼻先が触れるかもという距離にいる。そのことが、俺に緊張を与えてしまっているらしい。 「お待ちしておりますよ」  息がかかるほどの距離で言われて、今度は心臓が止まるかと思った。   三日前に一日中張り付かれていたときも、確かにミヒャエルのそばでずっと緊張していた。あのときは、好意を持たれていることを知った気恥ずかしさと、前夜に致した行為を周りに気づかれたくないという不安、そしてそんな事態に陥ってしまった羞恥で戸惑うばかりだった。  しかし、三日ぶりの今日はそのときの比じゃなかった。  ミヒャエルの顔を見ることができないくらいに動揺している。なぜなのかを自問すると、どうやらどんな表情を向けられるのか、確認するのが恐ろしいらしい。  もし、笑みではなかったら、敵を見るかのごとく冷徹な目を向けられていたら、そう思うと見ることすら怖い。  忘れ物が『魔王の血清』だとして、俺の正体に気づいていたら? その魔王を抱いた事実を仲間に気づかれないうちに、俺を暗殺するつもりだったら?  違っていたとしても、そもそもが敵同士であんな行為をしてはいけないし、本来なら好意すらも持たれてはいけないのだから、気づかれる前にトイファー(おれ)に対しての興味を失くしたのなら歓迎すべきことである。  それなのに、確認すること自体を恐れている。  もしかしたら、ミヒャエルに嫌われてしまったとして、そのことを直視できないのかもしれない。  決まったわけではないのに、まるで死刑宣告とばかりに、俺の胸は締め付けられていた。

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