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第18話 怒りの騎士
世界征服が順調に進んでいるこのタイミングで、まさか命の危機に直面するとはなんとも運がない。
「ではお先に帰らせていただきます」
「待て。……一人だと俺は殺されるかもしれない」
「はあ? 何をおっしゃっているんですか?」
「部屋に呼び出したのは忘れ物なんかじゃない。俺の正体を見破って、暗殺するつもりなん……おい!」
謁見室を出て、城の出口のほうへと向かうエルンストを引き止めたのに、また歩き出していく。
「そっちじゃない。ミヒャエルの部屋はこっちだ」
「わたしは帰らせていただきます。ご同行したら別室で待機させられることになりますから」
「待機なんて、忘れ物を受け取るだけなんだから、すぐに済む話だ」
「賭けはしない主義ですが、すぐにはお済みにならないほうへ全財産を賭けても構いません」
「なん……」
「遅くなったら門番は下がらせるので、飛翔の術で窓からお入りください。それでは」
絶句してしまった俺の返答を待たずに、エルンストは一人すたすたと去っていきやがった。
確かにエルンストにはぐずぐずしている暇などない。想定していた以上の成果を得られた反面、時間も食ったので、神官長としての業務も処理するには一分足りとも惜しいのだろう。
ハンスに不正の書面を渡したあと、遇に集まっていたパーティたちと始めた会話が盛り上がり、ならばこのまま会議にしようとなって場を移動し、宰相も呼び出してその対策について練り始めることになった。
エルンストは助言の域を超えた的確な対応案を提示し、ハンス以下宰相たちの関心を得ることに成功した。お昼を過ぎてなお続く会議の場でもそれは続き、結果的に是非明日も王城へ来て欲しいと頼まれるほどの成果を得たのである。
不正の事実や証拠の所在は、実のところ俺の前世の知識を利用したものだった。これらの不正を正す展開は、本来エバーアフタークエストの一つであり、新婚旅行で国を見て回りながらアグネスが気がついて、結婚相手とともに是正していくためのものだった。
それを俺は世界征服の地盤づくりのために、俺側の手駒を王城へもぐらせるべく利用したのである。
かくして会議が終わったことで謁見も済み、あとは忘れ物を取りに行くだけとなったのだが、ミヒャエルの部屋が処刑場のごとく感じられて、足が進まない。
忘れた物などなく、あるのは亡くした物だけという現状、ミヒャエルが渡してくるのは『魔王の血清』に間違いない。
あいつは俺のダルマティカをまさぐって探し出し、『使う』とも言っていた。つまり、あれがどんなもので、その用途も知っていることになる。
トイファーがフランツだと知っていたならば、手籠めにする理由などないのだから、あのときは正体を知らなかったはずだ。
だとしても、行方知らずの魔王の血液を持っている理由なんて本人か仲間以外にないのだから、悟られるのも時間の問題である。この三日の間に俺の正体に気づいたとしてもおかしくない。
「そこで合ってますよ」
イジドーアの声がして、はっと肩を震わせた。
ミヒャエルの部屋にやってきたはいいものの、ドアの前で立ちすくんでいたのだった。
「……ええ」
「先に謁見室を出ていったので、ミヒャエルはもう戻っていると思いますよ」
イジドーアは心配そうに眉尻を下げてこちらへ近づいてくる。お節介キャラうざいと思ったけど、今はありがたい……わけがない。敵が増えたことになるじゃん。
「ええ。ありがとうございます」
「ミヒャエル、開けるぞ」
ノックをして呼びかけ、返答を待たずにイジドーアはドアを開けた。
そこには、確かにミヒャエルがいた。しかし一人ではなく、アグネスと二人だった。友人にしては近く、恋人にしては遠い程度の距離を空けてソファに腰をかけ、笑みを向け合っていた。
俺はそれを見て、パーティの面々が三人も揃っていることに怖気を走らせるよりも、なぜか胸がちくりと痛むのを感じた。
主人公と攻略対象者が仲良くしている場面なんて、何度も見ていた光景なのに。
「あれ、アグネス?」
「あら、イジドーア……あなたは、トンファー神官」
向き合っていた顔が、二つともこちらへ向けられ、慌てて目を逸らした。
アグネスはそのまま屈託のない笑みを向けてくれたのだが、ミヒャエルのほうは眉根をしかめたうえに、口元を歪ませたのである。
「アグネス、彼はトイファー神官だ」
言いながらミヒャエルは立ち上がり、こちらへ向かってきた。
殺気が半端じゃなく、今にも引導を渡されそうである。もう無理だ。いっそのこと最期のあがきに魔法が使えるか試してみたほうがいい。
「なぜ、お一人でいらっしゃらなかったのですか?」
「ドアの前で不安そうにしてたから、招き入れてやったんだよ」
「本当ですか?」
代わりに答えてくれたイジドーアには目もくれず、いまだ俺に睨みを向けている。
一人で来なかったことにキレてるってことは、やはり暗殺をするつもりだったらしい。
関係を持ってしまったことを、今際の際に俺がバラすかもしれないと恐れているようだが、そんなことするわけねえだろ。あんなのは墓の中に持っていくレベルの話だ。
「本当だって。なんでそんなこと気にしてんだよ。それよりアグネス、ハンスが探していたぞ?」
「ハンスが? あ、でもミヒャエルにまだ聞きたいことがあるから」
「ああ、魔王の行方か? 捕縛はできなかったようだが、見つけることはできたのか?」
ご乱心の聖女様は魔王を追ったミヒャエルに進捗を訪ねに来ていたらしい。
ミヒャエルがキレているのは、滅多にない機会を邪魔されたことも含まれているのかもしれない。人妻となっても愛する女性であることには変わりないのだろう。
「それが、部下は見かけたらしいんだけど、本人の姿は確認できなかったそうよ」
「部下って、あのレーナルトか?」
イジドーアの問いかけに、ミヒャエルはそちらへ振り向いた。
「いや、名も知らぬ雑魚だ」
嘘をついたぞ? 実直な騎士のはずが、なんで?
「そのことは夕食のときに詳しく話す。今はトイファー神官がいらっしゃっているから……」
「ああ、忘れ物をお渡しするんだよな? じゃあ渡しちまえよ。今なら上司の乗る馬車に間に合うんじゃないか?」
「お話することもあるんだ」
「話? だったら、おれが送って差し上げればいいか」
「おまえが?」
「ああ、例の防具が完成したってさっき文が届いたんだ。夕食のまえにでも取ってこようかと」
「……だったら今すぐ行けばいい」
ミヒャエルの声が低くなり、イジドーアの顔が強張った。
まじで怖い。二人が出ていったら途端に斬りかかられるかもしれない。
どうすべきか。やはり天使の加護が効いているのは変化の術だけらしく、何度も防衛魔法を試しているのに、まるで発動しないのである。
となると、多勢に無勢で魔術の使えない俺が生き永らえるには、走って逃げ出す以外に道はない。しかし、魔術に頼りきりで筋力の貧弱な俺は、脚力もこの三人に敵わない可能性がある。それに、逃げたら自ら正体を明かすようなものだ。万が一にも、まだミヒャエルが気づいていなかったら、バカを見ることになる。
「……なんだよ」
「おまえの用具屋は町外れだろ? 時間に間に合わないんじゃないか?」
「しかし、神官の教会と同じ方向なんだから、ちょうどいいじゃねえか」
「なぜおまえが教会の場所を知っている?」
「あのナウマン神官長とやらが教えてくれたんだ」
「そうか……じゃあまた夕食のときに」
「えっ?」
「行けよ。遅くなるぞ」
「だから、彼も一緒に……」
「トイファー神官はわたしがお送りする。アグネスもハンスが探しているという話だから、もう戻ったほうがいい」
「えっ? いえ、わたしはトンファー神官からもお話を伺いたいから」
ミヒャエルはアグネスの腕をとり、無理やり立たせた。無理やりだとわかったのは、アグネスの顔が痛みを感じたように歪んだからだった。
「わるかった。力の加減ができなかった……夫が探しているのなら早く戻ったほうがいい」
「え、でも、魔王のことを」
「魔王のことは、さっき話したことがすべてだ。彼もそれ以上のことは知らないから聞いても意味がない」
ミヒャエルは言いながらアグネスの腰を抱き、ドアのまえにいるイジドーアのほうへと誘導していく。
「でも、ミヒャエルのご友人なら、わたしもお親しくなりたいわ」
「その必要もない」
「……え、でも」
「ハンスによろしく伝えておいてくれ」
「……ミヒャエル?」
「それから、彼はトイファー神官だ。二度と間違えるな」
さっさと追い出すとばかりに背中を押し、二人が返事を返す隙もなくドアを閉めた。続いて、かちゃりと鍵を回す音が聞こえた直後、ミヒャエルは振り返った。
「イジドーアの言っていたことは本当ですか? ナウマンと教会で何をしていたんですか? もう一人お付きの神官がいたという話ですが、彼は部下ですか?」
睨みつけるごとくの表情のまま、まるで詰め寄るように俺のほうへ近づいてくる。
仲間を無理やりなほどの勢いで追い出して鍵までかけたのだから、やはりバレていて、俺はこのまま殺されるのだろうか?
「あなたは、わたしのものになったはずです。まさかあの一度きりではありませんよね?」
──は?
「わたしとはノーフだけの関係なのですか?」
一瞬、なんの話をしているのかわからなかった。
目の前にまで来たミヒャエルは、答えを間違えたら殺すと言わんばかりに睨みを鋭くしている。眉根にある皺もこれ以上ないくらいに深い。
「違うとおっしゃってください」
しかし俺がぽかんとしていただけだったからか、ミヒャエルの怒り沸騰といった表情が、まるで懇願するかのごとく悲痛なそれに変わった。
キレてる理由って、正体がバレたわけでも、アグネスとの時間を邪魔されたからでも……ない?
「あの、騎士団長……」
「……三日もお会いできなかったなんて」
混乱している最中、腰に何かが触れ、ぐいとミヒャエルの身体が近づいたと思いきや、その唇が俺のと重なった。
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