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第26話 五十歩百歩の上司と部下
教会は正面以外の三方を森に囲まれている。それはキセガセ村自体に匹敵するほどの規模の森で、今はそのあちこちから火柱が上がっている。
轟音はやまず、数秒の間を置いて断続的に鳴り響いており、遅れて立ち上った炎が木に燃え移り、次々と火の手を伸ばしている。
「なぜ魔族がいきなり攻撃を……」
防衛魔法による淡い光をまとっているライナーが、火の手のあがるほうへと駆けながら呟いた。
「魔族? この攻撃はやつらの手によるものなのですか?」
俺も同じように攻撃を繰り出しながら、ライナーの横について走っている。
「あの爆撃魔法は、個人攻撃に特化している人間にはできない術なのです。何発も立て続けに撃てるなんて芸当も、魔族の得意技ですから間違いありません」
さすがはライナーだ。魔法攻撃の違いをよく観察している。
魔族は、個々の戦闘力がない代わりに集団で攻撃をするのが常なのである。
「直接の攻撃は飛んでこないな」
ライナーが呟いたとおり、おびき寄せるために派手な魔法弾を放っているというのに、一向に敵の姿が見えない。敵というか、俺にとっては味方だが、なぜ命じてもいないのに人間の村を襲っているのか、皆目見当がつかない。
おびき寄せつつも、ライナーより先に見つけて、問いただすべく探しているのだが。
「上から探したほうが早い」
言いながらライナーは飛び上がった。二手に分かれるのはありがたい。
「ではクッシュ様は上からお願いします」
「トイファー神官も術を使えるでしょう? 足で探していたら敵を取り逃してしまいますから、ご助力ください」
その手には乗るものか。ヨハネスが簡単にかかったからと言って、誘い受けに違いないそれに、フランツ がかかると思うなよ。
「わたしは飛翔の術を使えません」
「また誤魔化そうというおつもりですか? そんなはずは──」
またもライナーの言葉は爆発音にかき消された。しかも音の発信源は村長宅の方角である。森の中だから悠々としていられたのに、村のほうへ攻撃の手が進んでしまっては、おびき寄せるどころではない。
ライナーも同様に焦ったのか、煽るのはやめてすぐさま飛び去っていった。
せいぜいが脅しだろうなんて見誤るのもいいところだ。村人たちに怪我させたなんてことになれば、魔族に対する悪感情を高めることになり、世界征服が遠退いてしまう。
とりあえず、渦中にいるはずのヨハネスに状況を聞くべく呼び出すことにした。
「大丈夫か?」
『あ、フランツ様』
「なんだその間の抜けた返事は。エルンストの無事は確認したか?」
『ええ、もちろんです。エルンストが戻ってきたら開始するように命じましたから』
ヨハネスの返答をすぐには理解できず、頭の中で二度繰り返して、ようやく飲み込んだ。
「まさか、おまえが命じたんじゃないよな?」
『まさかもなにも俺に決まっているじゃないですか。部下たちが勝手にこんなことするわけないでしょ』
ふざけたことをぬかしやがる。上司 を舐めくさる口は、それだけでは済まず行動に移してくれたらしい。
「……それはおまえもだ! おまえは俺の部下だろうが」
『ええ。ですから、そのフランツ様を思ってやったことです』
「頭沸いてんのか? 俺のことを思って、なんで攻撃させることに行き着くんだ?」
『フランツ様の世界征服の一助として、あの二人を急接近させるためですよ。魔族からの襲撃があったら、驚いて緊張するじゃないですか、それが恋の動悸と勘違いするかもと思いついたんです』
苛立ちながらも目的は理解できた。いわゆる吊り橋効果ってやつを与えたかったらしい。
助力するためと言う話だが、こんな余計かつ迷惑な真似をするくらいなら、思いつき段階で諦めてくれたほうがよほどの助けになっていた。
「だとしてもこんな手段を取るな!」
『直接攻撃しないようには厳命してありますから、危害は与えないはずです』
「そういうことじゃねえよバカ! ただでさえ困窮している村をさらに困らせるなんて、悪魔の所業をやるなって言ってんだ」
『……フランツ様が、まさかそのようなことをおっしゃられるとは驚きました。恋というものは、こうも人を変えるものなんですね』
また何をふざけたことぬかしてんだ? 世界征服ってもんは、国民いてのものだろうが。
そう言い返そうとしたとき、部下らしき姿が遠目に見えてきた。
ヨハネスにかまっている場合ではない。
あばよとも死ねとも伝えずに伝達魔法を解除したあと、続いて変化の術を解き、フランツの姿に戻ってから、魔族たちの元へ飛翔の術で近づいた。
「おい! 攻撃をやめろ!」
「敵か?」「えっ?」「魔王様?」「なんで魔王様が」
あわあわと狼狽えているのは、人型ではない魔族連中だった。知能の低いやつらがゆえに、命じてもパニック状態で話にならない。
であればと指揮官の名前を聞き出してみたのだが、まるで聞いたこともない下士官で、伝達魔法は相手を知らなければ使えないためこの場でできることはなかった。
今度は居場所を聞き出し、数百メートルほど先で見つけた下士官に問いただすと、確かに攻撃の命を出したのはヨハネスで、目的は脱獄した俺が再び世界征服をする、その一貫であるからと命じられたらしい。
逆にとんだ邪魔だと説明し、二十人足らずの部下たちをもれなく呼び戻させて、帰ってもらった。
やれやれどころじゃない。なんでこんな面倒な真似をしなければならないんだ。
毒づきながらも、次は村人たちの無事を確認しなければと思い出し、慌てて村のほうへと足を向けた。
そして森の中、村へと続く道を全力で駆け進んでいたところ、ミヒャエルがこちらへ向かって走ってくる姿が見えてきた。
「ミヒャエル! 大丈夫ですか?」
「……これは、どういうことですか?」
「魔族の攻撃のようです」
「それはわかります。なぜこんなことをさせたのですか?」
「えっ」
「理由はともかくとしても、そのお姿でいらっしゃるのは危険です」
苛立ち、慌てていた俺は、気づいていなかった。天使の加護を受けて以来、術が解けないままであることに慣れすぎていたせいもあったのだろう。
「ミヒャエル、捕まえておけ!」
イジドーアの声とともに、魔法弾が飛んできた。即座に反応し、咄嗟に防御したのだが、その後ろから短剣が飛んできたことにまでは気づくことができず、腕をかすめてしまった。
左手がやや抉れて血が流れてしまう。痛みに顔をしかめながら、自分の姿がフランツであったことを今さらながらに自覚した俺は、寸前の行動に血の気が引いていた。
いつものようにミヒャエルのそばに寄り、当然とばかりに腕に手なんぞを置いていたのである。
「何てことを……」
青ざめていたところに、わなわなと怒りに震える声がして、続いて魔法弾が目の前で散った。
二発目も俺へと届く前にかき消える。
俺に背を向けて目の前に立っているミヒャエルが、まるで盾となっているかのように、剣で攻撃を防いでくれているらしい。
「ミヒャエル、そこをどけ」
「攻撃をやめろ!」
「おまえに攻撃してるんじゃない。後ろを見てみろよ」
イジドーアの言葉を聞いてはっとした。逃げるべきところで、何を放心しているのか。
透過術をかけて飛翔しよう。
そう考えて発動しようとしたが、先読みされていたらしく、魔封の術をかけられていた。解くには術師の攻撃範囲から出れば済むため、物理的に抑えられているわけではない現状なら簡単に解ける。であればと、いまだ放たれ、ミヒャエルが防いでくれている攻撃のさなか、イジドーアたちとは真逆のほうへと駆け出した。
「待て!」
走りながら攻撃魔法がかすめてくるも、後ろでかき消える音もする。
「やめろ! 手を出すな」
ミヒャエルの言動が意味不明過ぎる。フランツ だとわかっているはずだ。それなのに、まるでトイファーであるかのごとく守っている。なぜそんな真似を。
まさか、トイファーがフランツであることに気づいていて、それでもなお愛しているのだろうか。
そんなバカなことがあるか。
自分の思いつきに自嘲しながら、そろそろいいかと透過術を発動してみると、姿は消え、飛翔することもできた。
「逃がすか!」
余計な考えに気を取られていたせいで、またも短剣が足をかすめてしまう。
「フランツに傷を……血を流させやがって」
直後に、激昂したと言わんばかりの怒鳴り声が聞こえて驚き、逃げる足を止めて地面を見下ろした。
ミヒャエルがイジドーアとライナーに斬りかかり、三人でもみ合いになっている。
イジドーアとライナーを相手にミヒャエルは負けていない。というかむしろ押している。いつの間にあんなに強くなっていたのか。
などと、感心して見ている場合じゃない。人気のない付近を探して降り立ち、トイファーに変化したあと治癒魔法をかけて傷を治した。
傷を見て、ミヒャエルがキレていたときのことを思い出し、もしや『魔王の血清』のことを危惧したのかと思い当たる。
ミヒャエルが俺を守っていた理由は、血を流させないためだったのかもしれない。俺の血を採取され、また闇取り引きに使われることを恐れたのではないか。
考えながらミヒャエルたちのいるほうへ足を向けていたのだが、途中でダルマティカの袖が血で濡れているのを見て、目の前が暗くなった。
魔王がダルマティカを着ていたなんて、バカじゃね?
その状態で合流したらバカを見るどころじゃない。
慌てて宿屋へと走って戻り、飯屋にいたエルンストを見つけて、すぐさま部屋へと連れて行った。
ヨハネスと合流してしこたまブチギレたあと、エルンストが渡してくれた予備のダルマティカに着替えて、俺の着ていたほうは翌朝隠れて燃やすべく、細かく切り裂いておくことにした。
そしてエルンストから、村はどこも破壊されておらず、村人たちにも怪我はないと聞いて、その点に関して安堵することができた。
しかしその夜、ミヒャエルたちの部屋には誰も帰ってこなかった。
トイファーがフランツであることに気づかれたのか、気づかれていないのか、彼らが帰ってこないため、その審判はいつまでも下りず、戦々恐々とする一夜を過ごすこととなってしまったのだった。
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