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第27話 襲撃の目的

 日が昇り、村長宅の使用人がバタバタと朝の支度をする音が聞こえてきたころ、いまだ隣室から物音がしないのを確認して、エルンストに話しかけた。   「透過術を使って息を潜めているから、様子を窺ってきてくれないか?」 「……逃げたほうがよろしいのではないですか?」 「逃げても同じことだ。それなら状況を把握しておいたほうがいい」 「承知いたしました」  エルンストが出ていくのを見送りながら、ヨハネスと揃って透過術をかけた。 「……逃げましょうよ」 「逃げるのはいつでもできる。トイファーがフランツ(おれ)であることには気づかれなければいいわけだから、最悪、別の神官になりすましていたことにすればいい」 「ええ。ですが俺は?」 「おまえはマヌエルとしての役になりきっていろ」 「それだけですか?」 「ああ。何もするな。いや、クッシュとはこれ以上喋らないようにだけ気をつけろ」 「えー、恋しかけてるのに」 「恋って、エルンストに惚れてたんじゃないのかよ」 「俺にだけ態度が違うんすよ。そういうのに弱くて」  無口で無愛想なキャラが自分にだけ笑顔を向けてあれこれと話しかけてくる、いわゆるツンデレってやつだ。ヨハネスはまんまとその魅力にやられてしまったらしい。  しかし、ライナーがそれを自覚して、自在に演出できるようになっていたとは思わなかった。    ライナーのその設定は、不遇な生い立ちが背景にある。  攻略対象者の四人のうち、王太子のハンスを含めて全員、両親がいない。  ハンスの両親である国王夫妻はゲームの始まる五年前に事故死している設定だが、他の三人はもともと孤児である。  イジドーアは養子となり、ライナーとミヒャエルはそれぞれ別の孤児院で育てられた。ミヒャエルのいた孤児院は、引退した騎士団員が経営していたところで、そこで剣術に目覚めたという設定になっている。  対してライナーのほうは困窮した孤児院で、かつ虐待を受けて育てられたため、心を閉ざし、鬱屈していた幼少期を送っていた。  聖女に出会って心を開いていくという流れが攻略の醍醐味となっているのだが、ゲームをプレイするときは主人公アグネスの視点で彼を見ていたから、そのギャップに萌えていただけで、他者から見れば策士に見えても不思議ではないのかもしれない。 「トイファー神官、ギースベルト神官」  ノックとともに聞こえてきたイジドーアの声に、思わず身体を強張らせた。 「……いらっしゃらないのですか? それともまだお休みになられていらっしゃいますか?」  声を聞く限りは普段どおりのイジドーアである。演技をして誘い出そうとするような怪しげな響きは感じられない。  ライナーだったら怪しむべきところだが、イジドーアもミヒャエルと同様単細胞であるため、信用できるように思える。   「こちらにいらっしゃいましたか」  しかし、と迷っていたところ、エルンストの声が聞こえてきた。   「ナウマン神祇官、おはようございます」 「おはようございます。クッシュ様がたはどちらに? 皆さま方を探していたところなのですが、どちらにもお姿が見えなかったものですから」 「ミヒャエルはルトロワ地区におります。駐在している騎士団のもとへ行って指揮をとるため、昨夜のうちに発ちました。わたしとライナーは一晩中この近辺を見回っていたのですが、そろそろ合流する手はずなので戻ってまいりました。神祇官たちのほうは、お怪我などありませんでしたか?」 「ええ。わたしどもは全員無事ですし、この宿屋にも被害はありませんでした」 「それはよかった。駆けつけられず申し訳ありませんでした」 「いえ。宿から出ずにおりましたので。……クッシュ様が戻られたら、その後はどうなされるご予定ですか?」 「ええ。ミヒャエルとも相談したいところなのですが、昨夜の襲撃はローデンヴァルトではなく、魔族のようでしたので、そのことでやつらがどうでるかを確認したいと考えております」 「教会の地下のほうに、不審な点はなかったんですよね?」 「はい。地下道のようなものもなく、単に倉庫といった状態でした」  その後もエルンストが色々と聞き出してくれたのだが、俺たちの正体に気づいている様子はなく、単に心配してくれているだけのようだった。  俺の正体に不信の念を抱いているのはミヒャエルとライナーだけで、まだその二人と話していないからかもしれない。  であればと、二人のいる廊下へと出て、四人で朝食をとることにした。  その後、食事を片付けなければならない時間になってもライナーは戻らず、イジドーアはルクルー教会の様子を見に行くと行って出かけていった。  俺とヨハネスはイジドーアの様子を窺うべく、透過術をかけたうえで後をつけることにし、エルンストと宿で別れた。 「エレオノーラ様」 「あら、イジドーア様、昨夜はありがとうございました」  イジドーアはバルテンに挨拶をしたあと真っ直ぐに礼拝室へと向かい、そこにいたエレオノーラと顔を合わせた途端に、抱擁を交わすのかと見紛うほどの距離にまで歩み寄った。 「あのあとも危険はありませんでしたか?」 「はい。イジドーア様のほうは?」 「大丈夫です。付近に魔族の影もないようでした」  会話こそエルンストと交わしたそれと似たりよったりではあったが、互いに両腕を絡めて見つめ合うその態度は明らかに別物だ。 「やっぱり、俺の作戦が効いたんじゃないですか?」 「おまえの作戦じゃねえよ。あの美貌のおかげだ」 「美貌? 年増の豚にしか見えませんが」 「まじで口悪い。同じ豚でも、誰かに似てるだろ?」 「えっ……あー、もしかして聖女に?」 「そうだ」  エレオノーラはアグネスよりも二回りは年上だが、むしろそれが大人の品と言ってもいいほど彼女の魅力を高めており、瓜二つの美貌は負けず劣らずなのである。  神官という神聖な立場でありながら、その扇情的なほどの美貌と色香はなんとも魅惑的で、恋に敗れた無骨な男にとっては、抗いがたいほど魅力的に映っているはずだ。 「言われてみれば確かに……不思議なものですねえ。似た人を好きになるなんて」 「ああ。男なんてそんなもんだ」 「俺は違いますけど」 「おまえのことはどうでもいい」 「ですが、フランツ様も違いますよね。前魔王に似ておりませんし……」  ヨハネスがバカなことを口にしている途中で、突然悲鳴が聞こえてきた。  イジドーアも戦士の表情へと瞬時に変わり、エレオノーラの肩を抱いたあと、窓のほうへ近づいた。  その顔がはっと驚きに変わり、かと思えば次に青ざめた。いったい何事だ? 悲鳴はやまず、次々と上がっている。 「見て参ります……いえ、ご一緒にお願いします」  イジドーアはエレオノーラの手を取って、礼拝室から駆け出していった。 「またおまえか?」 「まさか! ……フランツ様じゃないんですか?」 「バカ言え。とりあえず見に行くぞ」  俺たちも様子を窺うべく飛翔し、天窓をそっと開け、礼拝室を出た。  宙から見下ろすと、眼下に逃げ惑う何十人もの人間の姿があった。視線をすべらせ、それを追っていたのは、野盗のような風体の武器を持った男たちであることを視認し、とりあえずの安堵をした。 「……魔族じゃないな」 「そのようですね」  イジドーアが飛び出し、野盗たちに立ち向かっていくその後ろを、屈強な村の男たちが、鍬や鋤を手に続いていく様が展開されていく。  野盗の数はざっと見て三十人はいる。いや、森のほうからも次々と来ているから、合わせたら五十人は越えるかもしれない。  いくらイジドーアでも、多勢に無勢過ぎる。村の男たちがいるとしても、見たところ武器代わりの道具を振り回すしかできない様子だし、さすがに無理があると思わざるを得ない。 「どうします?」 「駆けつけるべきだな」  どこか人目につかないところへ降り立ち、透過術を解いてイジドーアの助けになろうとしたときだった。 「魔王はどこだ?」 「隠しているんだろう?」  野盗たちの声を聞いて、寸前で思いとどまった。 「……フランツ様を探しているようですね」 「しっ。静かにしろ」    いつの間にか互いにやり合うのはやめて、威嚇するだけになっていたようだった。   「魔王なんてここにはいない」 「昨夜魔族の襲撃があったはずだ」 「確かにあったが、すでに逃亡してしまっている」    イジドーアの反論に、「嘘だ」「隠している」と声があがる。 「本当だ。おまえらの目的は村ではなく、フランツなのか?」 「そうだ。こんな村のものを盗ってなんになる? 魔王を出せ」 「だから、ここにはいないって言ってるだろ? なぜ魔王を探している?」    それに対して野盗たちが返したのは、「殺したのなら死体でもいい」「あいつの血をよこせ」などという要望だけだった。  血に飢えた盗賊という反応に、イジドーアは困惑した様子だったが、俺はようやく合点がいった。  野盗どもの目的は『魔王の血清』だ。  闇取引されるくらいだから、連中にとって俺はお宝に違いない。  ミヒャエルが俺を必死に守ろうとしていた理由は、これを見越してのことだったらしい。死体になってしまったり、怪我を負って血を流せば厄介だと考えて、無勢だった昨夜は逃がすことを優先したのだ。

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