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第28話 二度目の手枷

 トイファーの姿で生活していた俺は、昨夜久しぶりにもとの姿に戻った。それをどこぞから見ていた誰かが、野盗の耳に入れ、これ幸いと襲撃したのだろう。イジドーアたち三人が吹聴するはずがないから、それ以外に考えられない。   「神官の姿に化けているという話だ」 「そうだ。神官を出せ! その中の誰かが魔王だ」  見られていたのなら、当然衣服もだ。やつらは俺が正体を隠し、いまだこの村にいるものと考えているらしい。  まさしくではあるものの、堂々としている限り気づかれる心配はない。変化の術を他者が解く方法はないのだから、別人になりきっていれば安心だ。   「イジドーア、これはどういうことだ?」  と思いきや、最悪のタイミングでライナーが戻ってきた。  あいつは俺たちに疑念を持っている。まだ正体にまではたどり着いていなかったが、すでに時間の問題だった。  タイミングと衣服、逃げおおせているはずの魔王がこんな辺鄙な村にいた事実は、やつの想像力を刺激するに十分だろう。  その思いつきに野盗たちの指摘が後押しとなり、昨夜よりも確信を強めてしまう可能性が高い。  くそ。  ライナーの帰還がもう少し遅ければ、まだ誤魔化しようがあったかもしれない。疑念というものは証拠がなくとも、寄せ集まるだけで頭の中では確信に変わるものである。  今は拘束もされておらず、透過術で姿も消しているから、このまま逃げることができる。世界征服のために粘るつもりでいたものの、捕まってしまっては元も子もない。  しかし、逃げ出すというのは、エルンストを裏切ることになる。  せっかく神祇官にまで上り詰めてくれた惜しい人材を失うことに……ではなく、最初から味方であり続けてくれた人間を裏切るような真似はしたくない。   「おい。トイファーとギースベルトに戻るぞ」 「えっ? てことは、あそこに行くんですか?」 「そうだ。魔王は神官に化けているかもしれないが、それは俺たちではないと証明しなければならない」 「……マジカヨ」  ビビリ散らかしているヨハネスの首根っこを掴んで人気のないところに降り立ったあと、透過術を解いて、まずは宿屋へ向かい、エルンストと合流した。 「お逃げになられたのかと」 「そんなことするか。もし逃げたらおまえはどうするんだ」 「先のことを考えていたら悪徳神官なんてやってられません」 「やけにそのネーミングにこだわってるようだな」 「気に入っておりますから……お逃げになられないということでしたら、どうなさるおつもりですか?」 「黙って状況に対処していればいい。変化の術は感知することもできないから、神官の振りをしていりゃ大丈夫だ」  そう高をくくっていたのだが、三人でイジドーアたちの元へ駆けつけると、嬉しげに笑みを浮かべたライナーに驚く間もなく手を掴まれ、魔封術の施された手枷──牢ではめられた懐かしきあれを、つけられてしまったのである。 「のこのことお出になられるとは、見くびられたものですね」  俺、もしかしたら間抜けかもしれない。   「そいつが魔王か?」  野盗どもが近づいてきて、俺たちを取り囲み始めた。   「いいえ。彼はただの犯罪者です。魔王とは関係ありません。お引き取りください」  ライナーの返答に、野盗たちは「嘘をつけ!」「そいつを寄越せ」と騒ぎだし、俺の腕や髪を引っ張り始めた。ライナーはやれやれとにやつきながら、自分のほうへ向かってくる攻撃を避けつつ、俺に当たるのは構わず眺めているだけである。   「やるってんなら相手になるぞ?」  イジドーアが凄みを見せたが、多勢に無勢は変わらない。野盗は引く様子もなく、「俺らだって構わない」と返して乱闘が始まってしまった。  さすがにライナーも俺に大怪我を負わせては困ると思ったのか、防衛魔法を発動したらしく、俺とライナーには誰も近づけなくなったが、すり傷はできたし、髪はごっそりと抜けてしまった。 「クッシュ様、トイファーはうちの神官です」  数歩離れた地点から、エルンストが不安げに声をかけてきた。   「……ほう。ここまできてもお庇いになられるのですか。まさか神祇官となるお方がと思いましたが、あなたも魔族だったとは驚きました」 「わたしは違います。神に仕える身です」 「でしたら、この手枷をはめていただけますか? 尖る耳や尻尾が出てこなければ信じることにいたしましょう」 「トイファーにもそんなものはないようにお見受けいたします」 「ええ。ですが、魔王はわたしの知らぬ特殊な術を使えますから、これもその一つであると推測しております」 「そんな……トイファーも魔族なんかでは」 「不思議ではありますが、研究してみればおのずとわかるでしょう」 「研究……」 「なにやら、血を求められておりましたから、そこに秘密があるのかもしれません」    ライナーはエルンストに答えながら、イジドーアが攻められているのを横目に、俺をどこかへ引っ張っていく。  ヨハネスは連れて行かれる俺を助けようともせず、ただおろおろとしているだけである。何もするなというのと、ライナーと喋るなという命を忠実に守っているのか、ただビビっているだけなのかはわからないが、どちらにせよあいつ一人ではライナーに敵わない。俺の魔法が封じられた今、腕ずくでは抗う術はないのである。  下手に正体を晒すような真似をしなかったことを褒めてやるべきだ。 「わたしはただの一神官に過ぎません。このような真似をしてしまえば後々面倒なことになると存じます」 「ご心配たまわりまして恐縮至極ですが、わたしは英雄の一人ですから、誤認逮捕程度で問題になんてなりません」 「ですが、騎士……」  騎士団長は、と言いかけて慌ててとめた。なぜミヒャエルの名を出そうとしたのか。  ミヒャエルに愛されている俺が魔王のはずがないとでも口にしようとしたのか?  自ら関係を隠すよう訴えておきながら、いざというときには利用しようとするなんて……いや、別にいいか。俺は魔王なんだから。  しかし、そのミヒャエルも今頃俺を疑っているはずだ。二人きりなら誤魔化せたかもしれない、その前にこんな有り様を見られたら、ライナーのほうを信じてしまうだろう。もしかしたら、見た途端に疑念が確信へと変わり、すぐに殺そうとするなんてこともあり得る。 「ミヒャエルがどうしたんですか? 恋人に助けを求めても無駄ですよ。騙していたことを謝罪する程度にしておきなさい」 「違います。ヴォーリッツ様お一人では対処できかねるとお見受けいたしましたので、騎士団をお呼びしたほうがよろしいかと」 「あの程度に手こずっていては英雄の名折れというものです」 「ですが、あの多勢はさすがに」 「イジドーアのことよりも、魔王を押さえるほうが重要です。野盗なんかに渡すわけにはいきませんから」  くそ。まったくもっての正論だ。  ライナーは歩く速度を変えず、見えてきた馬車へと近づいて俺を乗せた。  遠目にはまだイジドーアが戦っている。飛び遠具があるわけでもない彼は、その肉体での防御力はあるだけで生身一つしかない。さすがに五十人を相手には押されている様子だった。 「……意外とまともな相手のようですね。名のある盗賊団かもしれない」 「でしたら、彼らも捕縛してはいかがですか?」 「なにをおっしゃるのですか」 「わたしはどちらにせよ逃げられません」 「……そうですね……手が足りないのは事実ですが……」  ライナーは迷い始めている。あと一押しかもしれない。  そう追い打ちをかけようとしたタイミングで、ライナーのぼやきに呼応したかのように悲鳴が歓声へと変わった。 「騎士団だ」「助けがきたぞ」  イジドーアの後方から、馬にまたがった騎士団たちが、野盗たちめがけて剣を振り上げ駆けてきた。  騒ぎが起きて二十分は経過している。駐屯地から駆けつけるにしては早いが、昨夜の騒ぎについて警戒を強めていたのであれば当然とも言える速さだ。   「これで安心ですね。参りましょう」  言いながらライナーは乗り込み、御者に行き先を告げた。 「……フグルーアへ」  どうやら王都へ直帰するつもりらしい。五日もこいつと二人きりなんてまじかよ……

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