29 / 44
第29話 嘘をつかないはずの騎士
「最も厄介であろう騎士団長をたらしこんで我々の中へ入り込もうなどと狡猾の極みですね。ですがそれこそが魔王である証左なのですよ。魔族の中でそこまで頭の回る者がおりますか? フランツ以外に考えられないでしょう? おや、あなたも今首肯しましたね? いえいえ小指の腹程度は動きましたよ。それに目も揺れておりました。正体を隠すおつもりなら演技力を磨かなければなりません。魔族の娯楽にそのようなものがあるとは思いませんが、日がな毎日人間を脅していないでそういった娯楽をつくられたほうがよろしいのではありませんか? とご提案いたしましたが、あなたの至る道は処刑場ですので、改革など不可能ですけれども」
うぜえ。
無口設定どこ行った? べらべらとよく回るその舌を引っこ抜いてやりてえ。
「まさか教会の神官長を味方にして潜んでいたなどと、イジドーアたちは驚くかもしれませんが、なにも不思議なことはありません。ユーア教会の裏に魔族の隠れ家があったことから、ナウマン神官長ももとより魔族と通じていたことは明白ですから……なんだ?」
しかし、ライナーが事実を述べてくれていた途中、突然馬車が停車した。まさかという期待と恐怖に心臓が跳ねる。
「クッシュ様、騎士団長様です」
御者の声に、ライナーは舌打ちをした。
正体を見破られたら地獄だが、バレてなければ天の助けだ。
「ミヒャエル! トイファー神官はフランツなんだ。お前も昨夜ので気がついただろ?」
ライナーが馬車から顔を出して呼びかけたとき、ぞくりとするほど怒りに満ちた声が聞こえた。
「開けるぞ」
声とともにばきばきっと木の割れる音がして、日光の量がいや増しになり、目がくらんだ。
「お待たせいたしました」
馬車の壁が丸ごとなくなる勢いで崩れ落ち、そこから微笑を浮かべたミヒャエルが顔を覗かせた。
「ダグラス、ご無事ですか?」
俺の正体を微塵も疑っていない、いつものミヒャエルである。
心からトイファーを愛し、案じている様子を見て、安堵のあまり目頭がじわりと熱くなった。
「クッシュ様におっしゃってください。わたしは魔王ではありません」
俺が悲痛なほどの声で訴えると、入らせまいとするライナーを軽々といなして、ミヒャエルが中へ入ってきた。
「こんな手枷まではめられて可哀想に……ライナー、今すぐこれを外せ」
「いい加減目を覚ませ。こいつはフランツが化けているんだ」
「目を覚ますのはおまえのほうだ。彼は……ダグラスはフランツではない」
「こいつは、俺以上の魔力を持っているんだぞ。そんな魔法使いは魔王以外にいない」
「それはおまえの驕りだ。ダグラスは神官だが、魔法使いとしても食っていけるほどの力がある。こいつは子供の頃から神官になるべくの勉強の他に魔術も練習をしていたんだ。驚くことでもなんでもない」
ミヒャエルの言葉に、俺とライナーは二人揃ってぽかんとなった。
「……トイファー神官とは、ノーフへ向かうときに初めてお会いした……はずだろ?」
「いや、実はおまえたちには隠していたんだが、ダグラスは俺と同じ院出身なんだ。ノーフで彼と……ノーフでそれを思い出した」
「そんな、なぜ俺たちに隠していたんだ」
「それは……」
ミヒャエルは言葉を切り、俺におずおずとした目を向けてきた。その謝意を含む眼差しを見て、ただ俺を気遣い、助けになろうとしているだけであることがわかったので、何を言っても構わないというように頷いてみせた。
「彼とは……愛し合っているんだが、神官と騎士という立場でそれは隠すべきだと判断して、それが理由で言えずにいたんだ」
「隠すべきって、丸わかりだったが……しかし、隠すつもりだとしても、なぜ同じ院出身であることまで隠す必要がある?」
ミヒャエルは説明を続けた。
俺とは同じ孤児院出身だったが、年齢が違うことから院にいた当時は親しくしておらず、ノーフで意気投合したあとにようやく思い出したという、嘘を。
トイファーは内気で奥ゆかしく、努力をひけらかすタイプではない。神官になるべく熱心に励んでいた陰で、同時に魔術も同じくらい真剣に打ち込んでいたが、それをいっさい表に出さないため、知る人は少なかった。
魔術はかじった程度だと謙遜しているのも、神官であるがゆえに他の魔法使いと比較する機会がなく、自覚できていないだけなのであると、誠実さの滲む表情で説明した。
実直なはずの騎士が、後ろめたさの欠片もなく嘘を吐き続けている様は、呆気にとられるどころではなかったが、それほどまでに俺を愛しているのだと思うと胸がじんときてしまった。
なにやら人を観察する能力に長けているらしいライナーも、ミヒャエルが嘘などつくはずがないと頭から思い込んでいるらしく、驚きながらも信じている様子だった。
「じゃあ、ギースベルトはいったい誰なんだ? あいつもかなりの魔術を使っていたぞ」
「俺は、やつこそがフランツだと睨んでいる」
「そんな……そんなはずはない。だったら、同室であるこの二人が姿を見ているはずだ」
「いや、おそらくフランツは彼らと同じ部屋で寝ていない」
「な、なにを根拠に」
「ダグラスが言っていたんだ。毎晩不自然なほどギースベルトが動かないって」
ミヒャエルは、フランツ扮するマヌエルは幻覚の術を使って自身の寝ている姿を寝所に投影し、自分は朝まで姿を消していたのだろうとの推測を話した。そんな狡猾なことをするやつこそがフランツであり、とぼけた振りをしているのも、神官にしては魔力の強いトイファーを身代わりにするつもりだったのではと訴えた。
「つまり、すでにフランツには逃げられていることになる」
「そんな……」
「騎士団で盗賊たちを制圧したあと、イジドーアと俺で探してみたんだが、ギースベルトの姿はどこにも見あたらなかった。あのときおまえが気づいていれば逃げ出す隙はなかったはずだ」
「……と、いうこと、は……わたしの失態?」
ミヒャエルは「そうだ」と返さなかったが、ライナーは自分ですでにそれを認めている様子だった。呆然としながらも俺の手枷をはずし、がっくりと項垂れてしまったのである。
それからミヒャエルも馬車に乗り込み、キセガセ村へ舞い戻るよう進路を変えた。
ヨハネスに伝達魔法で命じる隙はなかったが、到着してみると、そこにいたのは傷だらけのイジドーアと、盗賊団を捕縛した騎士団、それから無傷で済んだ村人たちだけだった。
さすがビビリで考えなしの部下だけあり、俺とエルンストが捕まったことに恐れをなしたのだろう。ヨハネスは好都合にも逃げ出してくれていた。
ライナーは口で言っていたのとは真逆にも、自身の誤認逮捕に肩を落とした様子で、自ら盗賊たちの連行を買って出て、騎士団たちを率いて最寄りの街へと去っていった。
イジドーアは駆けつけた魔法使いによる治療を受けつつ、療養するためにルクルー教会の一室へ向かい、エルンストもそれに帯同していった。
そして俺とミヒャエルの二人だけが、村長宅にて残されたのだった。
ともだちにシェアしよう!

