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第30話 手遅れなほどのようやくというタイミングで※
「ご無事でよかった。十六時間もおそばから離れてしまって申し訳ありませんでした」
村長宅の部屋へ入った瞬間に、ミヒャエルから抱きしめられた。そしていつものように、優しく愛おしげに俺を撫で、熱烈とも言えるキスをしてくれた。
仇敵に対してするものではない。本気で愛している相手でなければできないほどのものだ。
もしかしたら、と思っていた。本当は正体に気づかれていて、しかし関係を持ってしまったことを表沙汰にしたくないからと、二人きりになった途端暗殺されるかもしれないと恐れていた。
殺意があったらとっくに殺されている。俺も逃げようと思えばいつでも逃げられた。
しかし、世界征服のためにも、味方 を失いたくなかった。万が一に賭けて、そして勝ったのである。
息苦しくなるほどのキスを受けたあと、二人並んで寝台に腰をおろした。
「……信じてくださってありがとうございます。助かりました」
「あなたをお助けするのは当然のことです。ですが、あなたに傷をつけさせてしまいました。騎士の名折れです」
「怪我は……しておりませんが」
「手枷なんて野蛮なものをはめさせるのは、そういったプレイだけにすべきです」
突然エロい話を持ち出してきた。
「わたし以外があなたを拘束するなんて二度とさせません」
おまえは拘束する気なのかよ。これから先が恐ろしいな。
「跡は残りましたか?」
ヒャエルは俺の服の袖をまくり上げ、しげしげと観察し始めた。
「申し訳ありません。あなたの腕に跡が残ってしまうなんて、わたしの失態です。お許しください」
今は手首をさすってくれているが、もう少し上に向かうとフランツのときにつけられた傷へと至ってしまう。まさかと思うが、跡という表現が気にかかる。急に不安に駆られた俺は、不自然に思われるのも構わず手を引っ込めた。
「あの、クッシュ様にお話ししていたあれは……」
「ええ。嘘をつくことは教義に反することですが、あなたのためであれば、神も怖くありません」
そう言ったミヒャエルは、あの実直かつ真摯な顔つきで、誠実なまでの眼差しを俺に向けてくれていた。
嘘なんてつけない性分のくせに、あんな大嘘を平気でつくなんて、いまだに信じられない。
いや、そもそもつけない男だ。俺を守るために無理をしてくれたのである。
「あなたのことは、わたしが命に代えてでもお守りいたします」
胸にじんときた。いや、きゅんときたと言うやつだろうか。
「……ありがとうございます。それほどまでにわたしのことを想ってくださっているとは」
「いいえ、こんなものではありません。言葉ではお伝えしきれないほど愛しております。あなたが不快に感じることはいたしません。先ほどは安堵に駆られて触れてしまいましたが、これ以降はあなたの許可を得ない限りあのような真似はいたしません。お約束いたします」
まじかよ。それまでもかなり感激していたというのに、今のはかなりやばい。
身体だけを求められているのではと訝しんでいたこともあり、誠実なまでのその言葉は俺の胸を貫いた。
突如として動悸が激しくなり、ミヒャエルにだけ照明が当たっているかのごとく輝いて見えてきた。
赤く染まった頬、誠実さの滲む凛々しい眉、引き結んだ口元からは有言実行すべくの強い意志が、そして熱っぽい目からは溢れんばかりの愛を感じてやまない。
「あの……」
なにかよくわからない衝動が、俺の中に、これまで感じたことのない渇望が、溢れんばかりに湧いてくる。
「いかがされました?」
心配げに眉尻を下げたミヒャエルの美しさに、思わずうっとりとした。
俺に触れようとして伸ばしかけた手が寸でのところで止まり、遠ざかっていく。なぜかその手を引き止めたくなり、行かせまいと掴んでしまった。
びくと震えたその手は、かすかに汗ばんでいる。手首に指を滑らせ、どくどくと脈打ったその鼓動を感じたとき、速さが伝染したかのように無性に熱くなってきた。
このまま手を、放したくない。
そのままミヒャエルの手を自分の頬に持っていき、続いて口元へと動かして、手のひらに口づけた。
タコのある分厚い皮膚が、ざらざらと唇に触れる。舌で舐めると、ミヒャエルの味がする。
手のひらだけでなく、唇にもキスをしたい。いや、首筋にも。もっと、騎士団長の制服の中にも。そんな欲ばかりが頭に浮かんでくる。
たまらなくなり、衝動のままにミヒャエルを抱きしめ、キスをした。自分から舌を割り入れて、その勢いで寝台のうえへ押し倒す。
止まらない。止められない。
ボタンがなかなか外れず、ふと着脱の魔法を思い出し、それを発動させた。驚いたかどうかも気にかけず、あらわになった胸元を見てたまらず吸い付いた。細身ながらも逞しく筋肉のついた、ミヒャエルの胸板に、うっとりとする弾力の肌についばんでいく。
滑らかな肌に舌が喜び、指は絹に触れているかのように心地よい。
この肌が俺を求めて汗の玉を生む。この腕が俺を抱き、この足が俺を支えてくれる。
清廉で実直な騎士団長のはずが、魔王の俺に欲情するというかくも背徳的な事実が、ぞくぞくと頭を酩酊させた。
抱かれるのではなく、抱きたい。愛してもらうのではなく、愛したい。
喘がせてやりたい、と思った。
その欲に支配された頭で、下着一枚となっているミヒャエルのそれを、あらわにさせた。すでに硬く屹立し、見た目にも濡れそぼっている。これが俺の中に入って蹂躙してくるのだと思うと、なんとも淫靡な気持ちになった。
ごくりと唾を飲み、生まれて初めて他人のものに手で触れた。
「っ……そんなことをしてはいけません」
動揺の声を聞いてほくそ笑む。
止めて欲しいと願うならむしろ続けたい。
先走りを使ってぬるぬるとこすり、いつも俺がされていることを逆に仕返してやる。「んっ」ともらす声を聞きながら、もっと喘げと快楽のツボを探してこすり続けた。
しかし、無理に声を我慢し、息を荒くさせているだけだ。それではつまらない。手では限界だと悟り、ぱくりと咥えてみた。
「あっ、だめです……そんな、ことは……はあっ」
まさかという声を耳にして、ようやく溜飲が下がった気分になった。俺ばかりが攻められていては面白くない。びくびくと脈打つほど舐め、味にも慣れてきたころ、ミヒャエルが俺の腕を掴んできた。
「もう、だめです……続きをさせてください」
頬を上気させ、潤んだ目で訴えかけている。
しかし、答えはノーだ。今日は俺の好きにする。したいのである。
言葉では返さずに、着脱の術を自分にもかけて衣服を脱いだ。魔法とは便利なものである。洗浄の術で一発だし、おそらく室内にあるはずだと召喚してみたらやはりで、ローションのようなあれが手の上に現れた。
いつもはミヒャエルに好き勝手にされているそこを、自分で押し広げてみる。
「はあっ、んっ」
「おやめください……そんな、こと……ああ」
ミヒャエルの驚愕に見開いていた目が、ぎらついた雄のそれに変わっていく。目の前にある獲物が手に入らず、よだれを垂らさんばかりに求めている。
俺はその視線を受け止めながら、自分の口元がほころぶのを感じ、わざと笑みを大きくしてやった。
許可していないのだから手を出すな。
見て興奮し、俺を求めろ、と。
「はあ、あなたがそんな……はあ、だめです」
触れてもいないのに、ミヒャエルのそこからはとろとろと透明な汁が溢れている。
俺を見上げながら、はあはあと息を喘がせている。
それを見ていたら、俺のほうも指以上のものが欲しくなってきた。さっきまで舐めていたあれを入れてもらいたい。
十分かどうかでも定かでないままに、寝かせたミヒャエルの上にまたがって、ミヒャエルのものをあてがった。
「はあっ、……あなたがそんな……あ、うっ」
自分で入れる、ミヒャエルを犯すというのは、思っていた以上に愉快だった。みちみちと入る感覚が気持ちいい。苦悶に顔を歪ませるミヒャエルは扇情的で、視覚からの快楽もたまらない。
キスをしたくなり、深く繋がったあと、動く前に口づけた。
息を喘がせているミヒャエルは、甘い呼気を俺にくれ、俺は唾液を落としてやる。
たまらくなってきた俺は、その衝動のままに腰を動かした。すると、数回とこすらぬうちに「もう、無理です」と苦しげにミヒャエルの口から声が漏れ、中にどくどくと熱く注がれるものを感じた。
しかし俺は、それを感じながら、いかせてやった喜びと渇望が入り混じり、むしろ恍惚として抽挿の動きを止めなかった。
「あっ、いっていますから、動か……だめで……ああっ」
萎えた途端にまたも硬くなったミヒャエルのものは、再び俺の中で膨らみ、内壁を刺激してきた。
気持ちいい。下手くそかもしれないが、構わない。自分でいいと感じるところをこすってみる。ミヒャエルのものを使っての自慰だ。勝手に蹂躙し、自分だけが快楽に興じる。なんとも倒錯的で、酔ったようにくらくらとしてきた。
「あっ、んっ、はあっ」
しかし、何かが足りない。自分の好きにできるのに、もどかしい。奥に至っているようで、届いていない。
気持ちいいのに、満たされない。
「ミヒャエル、はあっ、突いて、奥まで」
「いいんですか?」
「いい、から、あっ」
許可を与えた途端、豹変したミヒャエルが激しく動き出した。
「あっ、いいっ、気持ちい、ミヒャエル」
これだ。これが欲しかった。
奥へと深く当たり、突き上げられる。動く暇もないほどに肌が打ち付けられ、頭が痺れるような快感に背中を仰け反らせてしまう。
「んっ、んっ、ミヒャエル」
「はあ、でも、だめです、これでは」
ぴたりと抽挿をとめたミヒャエルは、突然起き上がり、逆に俺のほうを寝台へと押し倒した。繋がったまま態勢を変えられて、中でミヒャエルのものがずるりと動く。
「ああっ」
ひざ裏に触れたミヒャエルの手が、俺の足を持ち上げ、直後に深く貫かれた。奥を穿ち、中を抉るようなその抽挿に、もどかしさが快楽に塗り替えられていく。
「あっ、深い、ミヒャ、ミヒャエル」
「あなたが、あんなことをするなんて、もう、やめろとおっしゃっても、止められません」
「やめなくていい、あっ、あっ、気持ちい」
求めていたものが得られた満足感と、愛おしく感じ始めた男から与えてもらえる喜びに、いつも以上の快楽を感じた。俺の痴態を見逃すまいとじっと見つめてくるその眼差しにもぞくりとし、中が勝手にミヒャエルのものを締め付けてしまう。
「キスを……」
命じてすぐに応えてくれたミヒャエルの舌が、口内を刺激し、胎内とのそれと合わさりくらくらとする。
甘い。鈍い疼きが満ちていく。
苦悶の顔で俺を見下ろすミヒャエルが愛おしくてたまらない。
俺も、ミヒャエルのことを愛してしまっているのだろうか。
まさかのことだが、利用すべく受け入れた愛に絆されてしまったのだろうか。
ともかくも、歓喜の中にいる。ミヒャエルにしがみつき、キスをされ、刺激を与えられていることが嬉しくてたまらない。
「ミヒャエル……」
首に回した俺の腕に、ミヒャエルが口づける。
「愛しております」
愛おしげなその所作にまたもぞくりとして、俺もミヒャエルを愛しているということを、どうしようもなく自覚した。
そして、それを伝えたくなった。仮初の演技ではなく、本気であることを、彼に。
「ミヒャエル、俺も、俺もミヒャエルのこと……あっ」
動きが激しくなり、絶頂の兆しを感じ始めた。ぐんぐんと募るそれが、高ぶるミヒャエルへの想いと合わさり、愛おしさが増していく。
「はあ、んっ、ミヒャ、あっ」
伝えたいのに言葉が出てこない。あまりの気持ちよさに喘ぐしかできない。
「はあっ、いっ、いってもいい、ですか?」
「いい、んっ、んっ、いい……」
気持ちいい。愛おしい。想いを自覚して味わう刺激は何倍もの快感で、今はそれにすべてを預けたくなった。
後でいくらでも愛を語ればいい。二人で快楽を共有したあとに、いくらでも言える。
これまでのように、これまで以上に。
「はあ、いい、んっ、いいです……」
「ミヒャエル、あっ、俺もいきそ、んっ、んっ」
「フラン……フランツ……っ」
がくがくと震え、動きのとまったミヒャエルが、再び俺の中で精を吐き出した。
俺もいきそうだった。二人でいくのだと思った。
しかし、寸前に聞こえた声によって瞬く間に快楽は消え失せ、熱くなった身体は冷えて、全身の血が流れ出たようにぞっとし、すべてが急激に覚めた。
ミヒャエルは、必死に空気を吸い込んでいる。対して俺は、そんなミヒャエルの姿も、彼の汗ばんだ肌も、中に熱く広がるものも、まるで別世界のできごとのように感じていた。
「愛しております、ダグラス……」
いまだ繋がったまま、ミヒャエルは俺にキスをして、首から胸へとちゅうちゅうついばんでいく。
いつもなら、そんなミヒャエルが愛おしくなり、胸元で動くそのきれいなオレンジの髪に触れ、抱きしめ、キスをしたりなんてしていた。
しかし、今は無理だった。
そんなこと、できなかった。
頭が真っ白になったからではない。そもそもがしてはいけないことだった。
そのことにようやく気がついた。
手遅れなほどの、ようやくというタイミングで。
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