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第31話 殺意
俺は防衛魔法を発動した。
そして、着脱の術で服を着て寝台から飛び退き、驚き唖然とするミヒャエルを睨みつけながら臨戦態勢を取った。
「いつから気づいていたんだ?」
「……え」
素っ裸で呆然とするミヒャエルが哀れに見えて、余計なことだが服を着せてやると同時に、自分にかかっていた変化の術を解いた。
「フランツ!」
息を呑んだミヒャエルを睨みつけたまま、拘束の術で動きを封じて宙に浮かびあがらせた。
拘束魔法は、術師以上の魔力がなければ解くことができない。つまり、この世界で最も魔力のある俺に捕捉されたら、いくら国一番の騎士と言えども、俺の意志なくは逃げられないのである。
ミヒャエルは当然ながらそのことを知っている。そのはずが、である。
油断した隙を狙ったわけではない。抵抗する素振りがいっさいなかった。
「なぜ俺だと気づいていて殺そうとしなかったんだ?」
俺が敵であると知っていたのなら、殺すのなんて朝飯前であり、捕縛するにも隙だらけだったはずだ。
「わたしがフランツを殺すだなんてあり得ません。あなたを愛しているのですから」
言葉同様、表情からも命乞いをする様子は感じ取れない。
生かすも殺すも俺次第であるというのに、うっとりと目を輝かせ、にやけるほど緩んだ頬は赤く染まり、身体はかすかに震えている。武者震いというのではなく、感激にむせぶという感じである。
「演技は十分だ」
「演技ではありません。本気です」
白々しいそれに舌打ちを返し、ミヒャエルの愛剣を魔法で手元に引き寄せ、鞘から抜いて首元に突きつけた。
「死んで欲しいのですか?」
「そうだ、と言ったら死ぬのか?」
「……必要があれば構いませんが、できればあなたが老衰で亡くなるまでおそばでお守りしたいです」
「嘘ばかり並べるな」
「嘘なんて、あなたにはつく必要がありません。嘘はあなたをお守りするためのものです」
剣を突きつけながら睨みつけ、本気で刺すぞとばかりに威嚇した。
しかし、ミヒャエルは怯むどころか、相変わらず嬉しげに頬を染めているだけである。
「お会いするのは三度目ですね……感無量です」
ミヒャエルの目がじわりと潤み、端から涙がこぼれ落ちていく。
「三度目じゃないだろ。何度も顔を合わせているじゃねえか。何言ってんだ」
「これほどまでお近くに寄れたのはあの日以来です。ダグラスのあなたも中身はあなたですから、もちろん愛しておりますし、魅力的ですが、やはりフランツのお姿は……格別です」
ミヒャエルの涙は止まらずはらはらと溢れ、そして何やら息が荒くなってもいる。苦悶というより興奮に見えるそれは、後退りしてしまうほどキモい。
「はあ、フランツ、申し訳ありませんが、少し右を向いていただけませんか?」
「なんだって?」
「違います。右です。顎のあたりにほくろがあるんです。わたしと同じ、あ、ミヒャエルのわたしにはないのですが」
ミヒャエルのわたしではないって、じゃあ誰なんだよ。何を言っているんだこいつ。
「フランツは、ダグラスのときより背が低いですね。170センチ。わたしが179センチでしたので、程よいと思って設定したのですが、ミヒャエルはもう少し高かったようですね。屈んでキスをするにはどれくらいがいいかを考えたのですが、試してみたいので、拘束を解いてもらえませんか?」
本気で現状を理解していないらしい。
しかも、何を言っているのやら、俺ですら知らない背丈をなぜ把握しているのだろう。
身長測定なる概念なんぞないこの世界では、自分の背丈を把握しているやつはない。
ミヒャエルの身長が183センチであることを俺が知っているのも、設定した本人だからであって、測ったからではない。
「……拘束を解いたらどうするつもりだ?」
「ですから、あなたを抱きしめて、キスをさせていただきたいのです」
こいつ、相手が仇敵だと気づいても、なおそんな真似をするつもりなのか?
「おまえは騎士団長だろ?」
「ええ。そしてあなたは魔王です」
「その二人がそんな真似をしていいと思ってるのか?」
「すでに何度もさせていただいていたではありませんか」
「それは、トイファーのときに……」
言いかけた途中で、突然今にも斬り掛かかってやるとばかりの殺意を向けられた。
「トイファーのあなたはわたしを愛してくださっていても、フランツのあなたは違う、とおっしゃられるのですか?」
ミヒャエルは拘束されている。俺が術を解かない限り身動きすらできないのに、まるで立場が逆であるかのような威勢である。
「違うって答えたら殺すつもりなのか?」
「そんなことは何があっても致しませんが、どういうおつもりなのかは問いただしたいところです」
「どういうつもりって……」
「……あなたのほうからわたしを求められたはずです」
「あれは、だからトイファーとして……」
「あのとき、あなた自らフランツに戻られました。それは、あなたがフランツとしてわたしを求められたのだと解釈しておりましたが、違うのですか?」
なんと答えるべきか。そのつもりがなかったと答えたら、なぜと問い返されてしまう。
最初の夜は正体を悟られないためだと説明できても、その後のことはどうしたものか。
実は利用するための演技でしたと答えるのか?
そんなことをしたら怒り狂いそうな気がする。
ミヒャエルは、フランツであることを知ったうえで俺を抱き、愛していると言っていた。
昨夜も今日も、味方から俺を守ってくれた。
つまり、本気で俺の味方を……いや、本気で愛してくれているのかもしれない。
だとしたら、へたに拒否するより、俺も愛している振りをし続けたほうが得策なのではないか。
他にこのまま放置するという選択肢もあるが、イジドーアたちが戻れば、術を解くために必要なだけの魔法使いを呼び寄せて解放されてしまう。さすれば、怒り狂ったミヒャエルから追われる人生となるだろう。
この場で殺してしまうこともできる。しかし、おそらくというか、俺にはできない。
俺は魔王でありながらも、事故的に殺めた以外に、直接人間を死に至らしめたことがない。前世を思い出した今や倫理観的にも無理だ。
だとすると、やはり結局のところ、同じ岐路に戻ってきてしまう。
愛している振りを続けるか、一生逃げ続けるか、そのどちらかしかない。
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