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第35話 似合いの二人
二時間ほどのちに、寝台がたわむのを感じて目を覚まし、ミヒャエルが戻ってきたことを知った。
風呂に入ってきたのか、ふわりと石鹸の匂いが香る。
もしかして……いや、考えないでおこう。
とどめまでは刺していないことを祈りながら、おずおずと首の下に回ってきた腕を枕に、そしてミヒャエルの体温を湯たんぽ代わりにして再び眠りに落ちた。
翌朝、ミヒャエルはライナーと騎士団員を引き連れてハルシュッフへと発った。
ぎりぎりになっても、「本当にあなたは来ないんですか?」としつこく聞き質してくるものだから、とっとと行けよと足蹴にするかのごとく出発させた。
もちろん俺も行くが、姿を現すつもりはない。暗躍とは、アグネスは的確な表現をしてくれたものである。
ここにいてもやるべきことのない俺は、完全に姿が見えなくなったのを確認したのちに、まずはとキセガセ村へと向かった。
透過術をかけたうえで飛翔の術を使えば、あっという間である。
ルクルー教会へと舞い戻った目的は、エレオノーラだ。
中へ入れば術が解けるため、浮いたまま覗き見るしかない、と覚悟をしていたのだが、幸運にもバルテンと二人で教会近くの厩舎にいる姿を見つけることができた。馬の世話をしながら、内密にも相談事をしているようだった。
「今さらというものはどんな場合にもないものなんだ」
「……そうでしょうか」
「当然だ。運命というものは、神の与え給うた機会なのだから」
「神が、わたしに還俗しろとおっしゃるのですか?」
「それが神の思し召しなのだろう。神は仕えるものだけに恩寵を与えるのではない。愛を求めて手を伸ばしてくる者に返す行為もまた、信仰の一つなのだから」
「神官長……」
よしよし。エレオノーラのほうもばっちりのようだ。
背中を押す必要はなさそうだが、せっかくエルンストに頑張ってもらったわけだし、わざわざの手間も無駄にすることはない。
俺は人気のない物陰に降り立ち、トイファーへと変化してルクルー教会のドアを叩いた。そして、出迎えた神官見習いにバルテンを呼ばせ、エルンストの使者だと言って招待状を手渡した。
招待するは、一週間後に開かれるフグルーアでの会合と勉強会を兼ねたものである。国中の神官をランダムで招待し、親睦を深める目的もあると付け加えた。
こういった場合は神官長を招くことが常であるが、今回は平の神官同士の親睦を主としているため、なるべくならその目的に沿った方をと説明し、他の教会へも行くからとすぐに辞去をした。
魔法はかくも便利なものである。
かなり無理をすれば、丸一日で国の端から端まで飛翔の術で移動することができる。相当量の魔力を消費するため、できるのは俺くらいだろうが、往復十日もかかるジュールへも二時間で行って戻ることができるわけである。
そんなわけでそのまま悠々と方向転換し、ハルシュッフへと向かった。
馬車で出発したミヒャエルたちの到着は三日後なので、どこぞを行くやつらを空中で追い越し、向かった先はヨハネスの元である。
「おい、ハルシュッフに来たぞ。隠れ家はどこだ?」
『マジカヨ!』
「なんだ? 何か問題でもあるのか?」
『いえ……えっと、まだ隠れ家の体を成してなくてですね』
「おまえ……二週間も何してたんだ!」
隠れ家へ行ってみると、ゴミ屋敷と言ってもいい有り様で、人間に扮して買い漁ったのだろう様々なガラクタや、食品の包装紙が散乱していた。
ヨハネスの怠慢は今に始まったことではない。怒鳴っても仕方がないので、寝転がれるだけのスペースを急いで片付けさせ、一晩寝ずに掃除を命じ、消音魔法で物音をシャットアウトしたのちに俺だけ横になった。
目覚めるとマシにはなっていたが、ゴミ溜めであるのは変わりない状態だった。
さすがにため息が収まらない。ユーア教会の自分の部屋に、いや、王城のミヒャエルの部屋に帰りたい。あそこはファブリックの色や置物、調度品のセンスなど、すべて俺の好みに仕上げられて一番居心地がいいのである。
部下よりも俺のことを気遣ってくれるミヒャエルは……と考えて慌てて振り払う。いないときくらい忘れていたい。あいつのことばかり考えている毎日なんて反吐が出るというのに。
「それで、計画はうまくいってるのか?」
「はい。取り締まりなんてゆるゆるで放置状態でしたので、部下たちに騎士団の真似事をさせたら一発でした。ヤク中の連中はスルハワ城に集まっています」
「スルハワ城?」
「城って呼ばれてますが、没落貴族の遺した邸です。廃墟のようになっていて、中にいる何百人って人間が日がな一日薬漬けになっていますよ」
想像するも怖気の走る光景だ。
「……じゃあシュトライヒも間違いなくそこにいるな?」
「ええ。確認済みです」
となれば、明後日には到着するミヒャエルたちも、すぐにご対面となれるようだ。
余計な気遣いをする必要もないし、これまでで一番楽な仕事かもしれない。
「フランツ様は、ラスベンダーを相手にするのが嫌なんですよね?」
「……いきなり何の話だ? あいつとは何もないって言ってんだろ」
「あ、そういうの面倒くさいんでもういいです。やりまくってるのは知ってますから」
やりまくるとか言うな。
たまに一日空くことはあるし、二回しないときだってあるんだから。
「ラスベンダーが何なんだよ」
「……嫌々お相手をされていらっしゃるようでしたら、俺が代わりになってもいいですか?」
一瞬、いや数秒ほどヨハネスの言葉が理解できなかった。
「……代わり?」
「ええ。俺がフランツ様に変化して、ラスベンダーに掘ってもらうのはどうかと考えまして」
下品な言い方をするな。
つまりミヒャエルとやりたいってことだろ……って、まじかよ!
「変化していれば見た目には同じじゃないですか。フランツ様は不快な思いをされないですし、ラスベンダーも満足できるし、俺も……」
「……おまえも、何なんだよ」
「フランツ様が捕縛されるまえは人間の男に相手してもらえたんすけど、あれ以来ご無沙汰で、正直きついんすよ」
「ユーアにいた頃、街の男がどうのって言ってたじゃねえか」
「あのときは一応エルンストに操を立てるつもりだったっていうか」
「じゃあ我慢しとけよ」
「いやあ、もうエルンストのところに戻れないですし、さすがに半年近くもやれないときついっていうか」
「だったらミヒャ、ラスベンダーじゃなくて、そこらの男を捕まえりゃいいじゃねえか」
「あれ……もしかして、っていうかやっぱり嫌々じゃないんですか?」
「えっ……」
「フランツ様も、ラスベンダーのこと……」
「違う! あいつはそもそも敵だ。敵なんだから、そんなめんどくさい相手じゃなくて、他の……人間の男なんてそこら中にゴロゴロいるだろ?」
「……あんないい身体した美丈夫は、そこらへんに転がっていません」
「そ、いい、びじょ……いや、だから敵だって……敵ってどういう意味かわかってるか? 戦った相手なんだぞ?」
「最初はそう思ってましたけど、ジュールへの旅路でそういうの吹っ飛んだっていうか、ていうかそもそもとか言うなら、フランツ様だってやってるわけじゃないですか。自分ならいいんすか?」
「えっ、いや、だから、あいつは俺のことを」
「ええ。ですから、嫌々なら俺が相手になるって話なんすよ」
「おま、ライナーがどうのとか言ってたあれは?」
「ええ。ライナーも悪くなかったんすけど、性格的にいまいちだったし、ヴォーリッツは好みじゃないし、やっぱラスベンダーがいいんすよ」
「そ……え……でも……だって……」
ミヒャエルは俺の……俺の、なんだ? 俺はなぜこんなに動揺しているんだ?
ヨハネスの言うとおり嫌々だったじゃないか。自分が自分じゃなくなることが嫌で、振り回されて泣きそうな思いをさせられて、目的に支障が出るかもしれないと恐れていた。
そうだ。
ヨハネスが俺の代わりになるなら、いい話じゃないか。
俺を愛しているその理由が、欲望の結晶だからというあんな男とやらずに済むなら歓迎すべきだ。
ヨハネスはそもそもが身体だけ満足できればいいっぽいわけだし、俺を人形のように考えているミヒャエルとなら、むしろお似合いと言える。
そうだ。
勝手にやりまくってもらえばいい。
そうすれば、俺は不快な思いもせずあいつを利用できて、目的を達するための邪魔にはならない。
いい考えだ。是非ともな話だ。これ以上ないくらいにいいアイデアだ。
ということで、一も二もなく快諾してやると、奴らが到着するまですべきこともない今、すぐにでも性欲を解消したいと言って、ヨハネスはミヒャエルの元へと飛び立っていった。
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