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幸せになれ!-2-※

 訳が分からないまま部屋に戻ると机の引き出しを開け、年末に銀行が使えない事を見越して引き出しておいた十万円を確認した。  金の対価としてとはいえ一緒に時間を過ごしてくれる事になったのだ。  何か食べ物や飲み物を用意するべきだろうと冷蔵庫を開け、昨日作り過ぎてしまったビーフシチューを取り出すと火にかけた。  焦げ付かないようにレードルでかき混ぜる。  中々温まらない鍋の中の物に苛立ちを覚えながらかき混ぜ続ける。  グツグツと沸騰し、具の中まで火が通るまでと、温め続ける。  だが、十分以上経ってもチャイムが鳴る事はなく、バカな期待を打ち消すようにコンロの火を消した。  幸汰は来ない。  元ヤンキーの自分と揉めたら厄介だと、適当な事を言って車から追い出しただけなのだ。  ちょっと考えれば分かる事なのに、バカだな俺……。  盛大な溜息を吐き出すと、ベッドへ行き崩れるようにして座った。  そのまま身体を横たえると期待で胸が膨らんだ分寂しさが増し、心が震えた。  ツンと鼻の奥が痛み、涙が滲む。  身体を丸め涙を堪えていると何か音が聞こえた。  再び音が鳴り響き、それがチャイムだと分かり、俺は慌てて玄関へ向かった。  逸る鼓動を抑え、玄関ドアを開くと酷く不機嫌な顔で幸汰が立っていた。  幸汰は無言のまま上がると、勝手に部屋の奥へ入って行った。  俺はドアの鍵を閉め、後を追うようにしてリビングに戻ると、一足先にリビングに入った幸汰は着ていた黒のコートを脱ぎ、ソファの背もたれに投げた。 「幸汰腹減ってない? ビーフシチュー温めたんだけど食べる?」 「いい」 「なら、何か飲む? ビールとチューハイとシャンパンならあるけど……コーヒーとお茶もあるけど……」 「何も要らない」  車中の時に比べ、表情は冷く声に苛立ちを感じる。  一度目のチャイムで出なかった事を怒っているのだろうか? 「それで、俺は何をしたらいいんだ」  腕を捕まれ引き寄せられると壁に押し付けられた。 「お前のをしゃぶったらいいのか? それともケツに突っ込んだらいいのか?」 「へ?」  思いもよらない言葉に俺は何度も瞬きを繰り返す。  しゃぶる? ケツに突っ込む?  幸汰が……俺相手に? ノーマルな幸汰が?  それは無理なんじゃないのか?  でも、確認を取っているって事は出来る出来ないは置いておいて、チャレンジしてくれる気ではいるんだろう。 「幸汰は俺としてくれるのか?」 「犯る為に俺を買ったんだろ?」 「いや…えっと……」  正直それは考えていなかった。  初恋の相手と二年振りに会って、ぶっちゃけテンパッテて、そこまで考えが及んでいなかった。 「お、俺としてはただ幸汰と一緒に過ごせれば良かったんだけど……」 「一緒に過ごすだけで十万は多過ぎるだろ」 「でも、十万くらい出さないと幸汰は納得してくれない気がして……」  だって夜王だし。  女の子五人侍らせて夜の街を闊歩かっぽするような男だし。 「……お前の中で俺はどんな人間になってんだよ」  呆れの混じった溜息を吐くと掴んでいた腕を離し、幸汰はソファに座ってしまった。  あれ?  俺、何か失敗した?  今のって、金で買われた事に怒って、怒りのまま無理矢理犯す流れだったよな?  それを俺が断ち切ってしまったのか?  うおぉぉぉぉぉ! 俺のバカバカ!!  折角幸汰が犯る気になってくれたのに。何やってんだよ!  確かに一緒の時間が過ごせれば十分だったけど、上手くすれば幸汰とできたのかもしれないと思うと諦めるに諦めきれない。  だって高校三年間、幸汰に犯される妄想で何回抜いたかしれない俺だぞ。  妄想が具現化されるチャンスを見逃せる訳がない。  ノーマルな幸汰は怒りとか勢いとかがなけりゃ男となんか出来ないだろう。  怒りは兎も角、勢いを取り戻させる方法はないだろうか。  何かいい手はないかと考えるが、所詮単細胞に考え事は無理なのだ。  何も浮かばない。  俺はソファに座る幸汰に近付くと足元に座った。 「ノーマルな幸汰が俺を犯るのは無理だろ? なら、俺がしてもいいか?」 「お前が俺に入れるって事か?」 「ち、違うよ。口で……しちゃ駄目か?」  単細胞に思いついた案はこんなものだ。  身体をその気にしたら勢いとか流れで何とかなるのではないかという浅はかな作戦。 「口だったら女も男もないだろ。目ぇ瞑っててくれればいいし。俺も声出さないようにするし。何だったらAV見る? 近くにレンタル屋あるから好きな女優の名前教えてくれたら、借りてくるけど」 「……必死だな」  そりゃあ、必死にもなる。  こんなチャンス二度とないだろうから。 「そんなにセックスしたいのかよ?」 「したい。幸汰と!」 「俺?」  幸汰の表情が曇った。  あれ? もしかして俺、またやらかした? 「お前さ。もしかして俺の事好きなのか」  ド直球に訊かれ、どう返すのが正解なのか分からず、硬直する。  言葉とは言えない呻きのような声を漏らし、視線はうろうろオロオロ揺れ動く。  俺は今とても間抜けな顔をしているのだろう。  その証拠に幸汰の硬かった表情が緩んでいる。  これは笑いを堪えている人間の顔だ。 「あー、もういいよ。分かったから」  笑いを噛み殺しながら言われ、何がいいのか分からず俺は「あうあう」と呻く。 「俺が好きなら最初からそう言えよ」  自分に自信のある奴のみに許されたセリフが良く似合う。  流石は夜王。 「シャワー浴びて来いよ」 「へ?」 「ヤるんだろ?」  何がどう作用してその気になってくれたのか分からないが、セカンドチャンスを逃してなるものかとすぐさま立ち上がる。 「シャワー浴びている間に帰るとかなしだからな」  そう言って俺は幸汰のコートを弄り財布を取り出す。 「これは人質として預かっておく!」  人ではないので正確には人質ではないが、この際そんな事はどうでもいい。  防水の為に三重にしてビニール袋に入れ、財布と共に浴室へと駆け込んだ。  余すところなくキレイに洗い、浴室から上がると超特急で全身を拭き、着替えを入れている引き出しを開け、手が止まった。  何と言う事だ。  今週の部屋着がこれだったとは……。  もう一度今日着ていたものに着替えようかと持ち上げるが、飲み屋に居たせいでタバコと酒の臭いが染み付いてて気持ち悪い。  下着姿で出て行くのもなんだしな。笑われるのを覚悟でコレを着るしかないか。  仕方なく引き出しに入っていた部屋着に着替え、リビングへ戻ると案の定、幸汰は妙な顔で俺を見た。  やめて。そんな目で見ないで。俺だって恥ずかしいんだから! 「何、そういうプレイ希望なのか?」 「ちっ違う。これは部屋着で今週はたまたまコレだっただけで他意はない」  今、俺が着ている部屋着。それは高校時代の学校指定のジャージ。  胸には確り白神と名前の刺繍も入ったままだ。因みに色は緑。  高校時代のジャージ着て高校時代の好きだった奴と対面しているこの状況を笑ったらいいのか興奮したらいいのか分からない。  棒立ちになっていると幸汰は立ち上がり、目の前まで来ると俺の顔を形の良い手で鼻から口にかけてを覆った。 「お前、本当に白神なんだな」  本当にて何? 「お前こそ俺がシャワー浴びている間に逃げるなよ」  何処から俺が逃げるという発想が出てくるんだ?  明らかに幸汰の目に雄くささが滲んだ気がするが、そんなもの望むところだ。  幸汰が浴室へ向かうと同時にベッドメイクへと向かう。  シーツを新しい物に替え、チェスとの上にコンドームと潤滑剤。それから携帯電話を用意する。  よし。これで完璧!  と、思いきや一番大切な準備を忘れていた。  後ろほぐしてなかった!  俺は慌ててクローゼットにしまっている箱からアナル用の細いバイブを取り出し、除菌シートで拭いた。  ジャージを膝まで摺り下ろし、潤滑剤を手に取ると秘部に塗りたくってそっとバイブを押し当てた。  焦っている所為か緊張しているからなのか、上手く入らない。  おかしいな練習では入ったのに……。  興が乗り、いざ入れようとした時に中々入らず、幸汰が萎えたりしたら大変だ。  頼むから入ってくれと祈りながらバイブを後孔に押し当てる。  僅かに前進しては後退する。そんな攻防を繰り広げていると背後に人の気配を感じ、手を止めた。 「何してんの?」  恐る恐る振り返るとバスタオルを腰に巻いた姿で幸汰が立っていた。  バスタオル一枚でも様になるな。  なんて、感心している場合ではない。  俺は慌てて下ろしていたジャージのズボンを引き上げ、下半身を隠すが時既に遅し。  いきなり核心部分を見せてしまった。  セックスする際はタオルか何かで下半身を隠し、チンコとか尻とか見えないようにすれば女とヤッてんのと変わらないだろうからいけると思ったのに……。  現実を見て萎えただろうか? 「俺がシャワー浴びている僅かな時間も我慢できなくてバイブで遊んでたのか?」 「ちっ、違う! これは後ろを解そうとしてただけで……」 「ふぅん。で、解れたの?」 「まだだけど……」 「解さなくていいのか? 後ろ入れるんだろ」  まだ挿入してくれる気でいる!  これは直ぐに準備しなくては!!  バイブを持って立ち上がる俺の手を幸汰が引き止める。 「何処行くんだ?」 「風呂場で準備しようかと思って」 「何で? ここでしろよ」 「だ、駄目駄目。んな見苦しいもん見せらんねーし。時間かかりそうだから幸汰は携帯でエロ画像とか見て時間潰してくれよ。その間に準備するからさ」 「駄目」 「駄目って……」 「手伝うからここでしろよ」  何さらりと凄い事言ってんだこいつは。  手伝うってなんだ。手伝うって! 「そんな面倒な事させらんねーよ」 「面倒ってなんだよ」 「だって……」 「だって?」 「お…れ、後ろ使った事ないからさ……」  付き合っていたやつとは掻きっこと素股までしかしていなかった。  尻穴(うしろ)でするのはクリスマスの夜にと取っておいたのだ。  聖なる夜に処女喪失を目論んでいたと知れたらドン引かれるって分かっているから言わないけど。  だが、処女だと告白しただけで幸汰の表情の乏しい顔から更に表情が消えていた。  やっぱりな。処女は面倒だとか、キツイだけで全然気持ちよくないって聞くし、幸汰だって嫌がると思ったよ。  だから一人こっそり準備したかったのに……。 「えっと、そういう訳だからちょっと待っててくれよ」  何故か腕を離してもらえない。 「白神」 「何だよ」 「ケツを出せ」  え?  ゴメン意味が分からない。  俺のケツはまだ準備前で使えないよ? 「ケツを出せ」  何故二度言うんだ!  何度言われても無理なものは無理。  そう言って断りたいのに雄の目をした幸汰はそれをよしとはしなかった。

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