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幸せになれ!-5-

 身の危険を回避する為に仕方なく高校時代の淡い恋心を暴露すると、幸汰は怪訝な顔をした後に舌打ちした。 「クソ。勘違いかよ」  幸汰は苦々しい顔で俺に倒れ込んで来た。  勘違いって何?  どういう事?  訳が分からず、幸汰が退くのを待っていると、暫くして幸汰は起き上がった。  そして勘違いの意味を説明してくれた。  幸汰は現在探偵会社で働いており、福未先輩の所属する運び屋を頻繁に使うらしい。  仕事がらトラブルに巻き込まれる事もあり、同じ高校出身で顔見知りの福未先輩には個人的に何度となく助けてもらったそうだ。幸汰母の店で先輩の顔が利くのもそういう事らしい。  で、母に頼まれた買い物を持って行ったら俺が居て、送り届ける途中で俺に「十万円で相手をして欲しい」と持ちかけられ、疑念を抱いたのだそうだ。  俺が福未先輩に斡旋されて来たのではないかと。  真偽の程を確かめようと車を停めに行った時に携帯にかけたところ、福未先輩から俺がフラれて落ち込んでいるから相手してやってくれと頼まれてしまい、高校時代に福未先輩にベッタリだった俺を知っている幸汰は失恋の相手が福未先輩で、男の相手が出来ない先輩に俺の相手を押し付けられたと勘違いしたらしい。  確かに家うちに来た直後は物凄く機嫌が悪かったな。 「けど、お前の行動があまりにも必死だし、言動も引っかかるから確認したらあれだろ?」  言葉では肯定していないけど、表情とか行動から駄々漏れだったんだろうな。  恥ずかしい。 「俺が好きだっていうのは分かったけど、十万で買うっていうのが何処から来たのか考えたら、福未先輩に俺の仕事の事を聞いたのかと思ってな」 「仕事?」 「探偵て言ってもようは何でも屋でな。自分で言うのもあれだけど、見た目がこんなんだから別れさせ屋とかレンタル彼氏とかもやるんだよ」  あー……うん。  幸汰だったら簡単に女引っかかりそう。 「でも、金貰えば何でもやる訳じゃないから」 「うん」 「今まで客と寝た事ないから」 「うん」  プロとしてポリシーを持って仕事しているなんて流石だな。  かっこいいぜ。幸汰。  俺が心の中で感心していると幸汰の目に苛立ちが見えた。 「……何か言う事はないのか」 「えっと……プロ意識を持って仕事してるなんて凄いな」  褒めたのに何故か舌打ちされた。 「そうじゃねーだろ。金で動かない客とも寝ない人間が何でお前とヤッたのか考えろ。今直ぐ無い脳味噌で考えろ!」  俺と寝た理由……。  俺が振られたと知っていたんだから。 「同情?」  不正解だと幸汰の冷たい眼差しが言っている。  えっと……それなら。 「福未先輩に頼まれたから?」  眉間に深い皺が刻まれた。これも不正解か。  えっと、他に……他に……。 「あっ! 元同級生のよしみか!」  ギリリッ!  痛い。痛い。痛い!  アイアンクロー痛い!! 「お前の中で俺はどんだけクソ野郎な設定だ? あぁ?」 「クソ野郎だなんて思っていないって。痛たっ…。ちょ、一回離してくれって…いてて……」  頼むからこれ以上痛くしないでくれ。  でないと、ヤンキーの本能で幸汰の脇腹にパンチくれちゃうから。  俺の心の声が届いたのか、幸汰はアイアンクローを止めてくれた。  解放された顔を摩りながら見れば、幸汰は怖い顔で睨んでいた。 「んな事言われたって分かんねーよ」  恨みがましく訴えると、両手で顔を挟まれ幸汰の顔面三十センチの距離に固定された。 「バカで鈍いお前にも分かるように噛み砕いて言ってやる」  幸汰の顔がぐっと近付く。 「好きだからだ」  好き……。  好き……好き……。  それってセックスが好きって事か?  ああ! 「アナルセックスに興味があったのか!」  ぐおっ!  禁止。絞め技禁止!  チョークスリーパー禁止! 「何をどうしたらそんな答えに辿り着くんだ? ふざけてんのか?」  息苦しさから必死に幸汰の腕をタップし続けると、なんとか離してもらえた。  肩で息をする。 「好きって言ったらお前の事に決まってんだろうが。それくらい理解しろ!」  は?  俺の事が好き? 幸汰が? 「何言ってんの。幸汰が俺を好きとかありえないし。だって幸汰はノーマルだろ?」 「俺が何時ノーマルだなんて言った?」 「だって、女の子五人侍らせて歩いていたし……」 「何時、何処で見たのか知らないけど、それ多分姉貴達だよ」 「お……ねーちゃん?」 「ああ」  なんてベタな落ち。 「えっ……それじゃ幸汰ってゲイなの?」 「女もいけるから正確にはバイだな」 「そう……なんだ」  幸汰はバイ。  なら男の俺の事を好きになってもおかしくない。  いや、待て待て。  好きって何だ。  二年振りに会っていきなり好きになるか?  困っているところを助けたとかならまだしも、酔っ払って迷惑を掛けて、十万円払うから相手してくれと頼む人間の何処に好きになる要素があるって言うんだ。  無い無い。ありえ無いと訴えると幸汰は少し言い辛そうに「高校の時から気になっていた」と告白した。  高校から……。  それこそありえない! 「だって、俺。幸汰からアプローチ以前に話しかけられた事もないし」 「お前、何時も福未先輩やその他のヤンキーといたろ?」 「うん」 「話しかけられると思うか?」  あー……難しいよね。  福未先輩をはじめ皆良い人達だったけど、付き合わないと人の良さなんか分からないもんな。 「でも、教室にいる時とかなら……」 「何時も威嚇するようにガンたれてたの何処の誰だよ」 「いや、それは……幸汰かっこいいなぁってガン見していただけで。ガンたれていた訳じゃないよ?」 「それが分かっていれば、白髪のお前を犯していたのにな」  残念だと幸汰は肩を竦めた。 「えっと、幸汰って白髪萌えの人?」 「バカ。髪の色なんかどうでもいいんだよ。チビで粋がってて負けん気の強いお前を啼かせたかったんだ」  そっか。幸汰ってば俺の事啼かせたかったんだ。  いや、さっき散々啼かされたけどね。嗚咽上げてマジ泣きしちゃったけどね。 「それで返事は?」  返事……? 「俺、好きって言ったよな?」 「あぁ、うん」 「お前は?」 「そりゃあ、勿論好きだよ」 「つまり両思いって事だよな?」  両思い。  幸汰と両思い……。  想像しては諦めていた夢の展開に頭が付いて来ない。  本当だろうか?  ドッキリではないだろうか? 「お前は俺と付き合う気はないのか?」  付き合う!?  幸汰に犯される妄想で抜いていた俺だが、その妄想は何時も性処理の道具として扱われる設定で、付き合うなんて考えた事もなかった。  何て言うか、恐れ多い気がして。  だというのに、降って湧いた付き合うという難問をどう処理して良いか分からずにオロオロしていると痺れを切らせたのか幸汰は触れ合うほど寄せていた身体を離した。 「付き合う気は無いんだな」  ちっ違う! 「セックスして気が済んだか?」  そうじゃない!  立ち上がろうとする幸汰の腰にしがみ付く。 「待って。おっ俺、幸汰専用の穴になるから付き合って!」  決死の思いで告げた言葉だったが、幸汰の顔は冷たかった。  重い溜息の後。 「取り合えず、お前の中の俺と言う人物像を一度デリートしろ!」  本日何度目かのチョップが脳天に見舞われた。

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