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第31話 友人と義兄弟、それぞれの距離

 夏休みまえに学校中の耳目を集めた異邦人と、敬愛の念を集めている神室が言い争っていた状況は、生徒たちの感心を大いに買ったらしかった。  口論の原因である神室海莉とは何者なのか。  夏休み前に集めた以上の好奇の目を、海莉は浴びることとなった。  じろじろと見られ、あんなやつがなぜ?とジャッジされる。途中入学組としての差別はされなくなっても、遠巻きにされている状況は変わらず、むしろ無関心であるよりもたちが悪い。  行く先々で好奇と落胆をないまぜにした目を向けられ、通り過ぎるとひそひそと話題にされる日々を、海莉はひたすら耐えていた。  ただ、そのことでつらいと感じることはなかった。神室が常にそばにいてくれて、自宅にいるときのように楽しく過ごせていたからだ。  つらかったのは、レイとまったく関わりがなくなったことだった。 「見せろよ」 「交換ならいいよ」  舌打ちを返した神室は、しぶしぶと言った様子で期末テストの結果票を差し出してきた。見せてくれるのならと海莉も自分のを神室に手渡し、受け取ったほうを開いてみた。 「やば! また学年トップなんじゃないの?」 「おまえまじで理系強いな。文系顔なのに」 「さすが神室さんですね」  割って入ってきた颯を、神室は睨みつけた。 「おまえには見てもいいなんて許可はしてない」 「えっ……すみません」  でしたらこれをとばかりに颯が結果表を神室に差し出した。しかし神室は手に取ろうとせず、鼻であしらった。 「おまえの見てどうすんだよ。どうせ中の下くらいだろ」 「なんでわかるんですか?」  颯はきらきらとした目を神室に向けた。自分のことを観察してくれているのかとでも言いたげな顔だが、勘違いである。 「……おまえさ、海莉のこと勉強しか脳がないとか言ってるけど、それ以外にも勝ってるところなんて一個もないからな」 「えっ?」 「バカにしてないで、海莉の爪の垢でももらっておけよ」 「爪の垢? そんなのもらってどうするんですか?」  ことわざを知らないらしい颯に、神室は呆れたとばかりにため息をついた。そこへ檜山と高階が「隆司、人格変わりすぎ」と言って近づいてきた。 「変わったんじゃねえの。もともとこう……てか、おまえらも女と遊んでばっかいないで少しは勉強したらどうだ? どうせまた平均八十に届いてないだろ」  二人はずばりを突かれたかのように面食らった顔をして、しかし檜山が「女の子と遊んでいても隆司以上のやつがいるんだから」とつぶやいた。 「あ? 俺以上ってどういうことだよ」 「全教科満点だったらしいよ」 「誰が? なんで知ってんだよ」 「久住(くずみ)に聞いて……久住は天王寺から」  天王寺と聞いて、神室ははっとした顔をした。誰のことかを悟ったらしい。海莉は神室以上と聞いた時点で察していた。 「彼氏の成績を言いふらすなんて、将来は夫自慢する女になりそうだな」 「夫って……結婚するの?」 「知るかよ。あんなにベタベタしてたらそう見えるってだけだ。父親と会食したとか、誰も聞いてないのに言いふらしてるじゃねえか」 「隆司、もしかして狙ってた?」  高階が挟んできた口に、神室の形相がさっと変わった。それと同時に、海莉の耳にはぶちっと血管の切れたような聞こえない音が聞こえていた。 「海莉、サボるぞ」 「えっ?」 「どうせあと一限だ。姫宮さんに連絡するからカフェで待つぞ」  神室は荷物をまとめて立ち上がり、海莉を待たずに教室を出ていった。 「ガチで狙ってたのかな?」  唖然とした様子の面々に、海莉は誤解を解くべきか考えて、「ただレイの話題が嫌なだけだよ」と伝えるだけに留めた。  誤解というのは、正論を重ねても解けないものだ。そうであるほうが面白いという期待を前にしては、事実はつまらないものとして掻き消えてしまう。神室が海莉を思いやったからという事実を知れば話は変わるだろうけど、それを自ら説明できるほど冷静になれる話題ではなかったし、バカでもなかった。  海莉も通学リュックを掴んで神室の後を追い、カフェでスマホをいじっていた神室の前に腰を下ろした。 「本気で帰るの?」 「帰ってもいいけど、なんならどっか寄ってく?」 「本気? 寄ってくってどこに?」 「……カラオケとか」 「カラオケかあ。音楽聞かないからなんにも歌えないよ」 「前は行きたそうにしてただろ」  行きたそうにしていたのではなく、神室の目にそう見えていただけだ。神室が檜山たちとカラオケへ行ってきたと聞いて、いかにも嬉しげに話を聞いたから。嬉しげにしていたのは、レイが帰国すると聞いたその日だったからであり、思い出した途端あの日期待した日々とはまるで違う現状に、気分が沈んでしまいそうだった。  神室は勘違いしたままのようだから、下手に断るより乗ったほうがいい。なぜと説明するより気が楽だと海莉はやけになった。   「うん。神室の歌、聞いてみたいかも。いいよ」 「じゃあ、迎えはカラオケが終わるころにしてもらおう。行くぞ」    カラオケボックスは、学校の最寄り駅近くのビルに入っている。平日の昼間だからか空いていた。  神室は思っていた以上に歌が達者だった。音楽を聞く習慣がないとはいえ、心地の良い歌声を聞いていると楽しい。神室は「知ってる曲はないのかよ」と気にかけてくれるし、二人でデザートやらを頼んで過ごしていたら、時間が惜しいほど楽しかった。    こんなに楽しいのならもっと早く来ればよかった。  レイとはあちこちへ出かけたが、カラオケには来たことはなかった。歌うことが好きで、電話口でもよく英語の曲を口ずさんでいたレイを思い出し、もしかしたら来てみたかったのかもしれないと頭によぎった。  いや、今や何度も来ていることだろう。レイが天王寺たちと一緒に楽しんでいる様子が思い浮かび、海莉はやるせない気持ちになった。  初登校する前から話題にあがっていたレイは、今や別の意味で噂の的となっている。  最初は夏休み前にカフェテリアへ侵入したことや、神室と言い争ったことが主な話題となっていたが、次第に天王寺との関係へと移っていった。  レイは海莉や神室とはいっさい関わろうとせず、天王寺たちカーストトップの女子たちと日々を過ごしていた。最初は妬みや不満を向けていた生徒たちも、レイの人柄やずば抜けた成績のよさを目の当たりにして、徐々に感情を変化させていったようだ。  レイはテストで必ず満点をとり、つまづいた生徒に教えてやったりと教師からの心証もよく、スポーツも抜群で、何をやっても完璧だった。  まるで神室俊一の再来とまで言われるようになり、天王寺が相手に選ぶのも納得とばかりに今や畏敬の念を向けられるようになっていた。    そして、男子トップの座を奪われた神室は、尊敬の念から一転、哀れなる凋落者として憐憫の目を向けられるようになっていた。しかし、当の本人は物ともしない様子で、むしろ変化を喜ぶかのように素の態度を表に出し始めた。海莉が義兄弟であることを打ち明け、差別していたから隠していたのだと憚らず、優等生の仮面を投げ捨てたのだ。  颯や檜山たちはそんな神室に当然戸惑った様子を見せたが、驚いただけで意外にもすんなりと受け入れた。海莉のそばから離れようとしない神室から檜山たちも離れることなく、颯も加わって、今ではなぜか五人グループとなっていた。  以前なら考えられないような五人だが、なんやかんやしながらも楽しめている。レイとはまともに挨拶すらできない関係となってしまっても、海莉は笑顔でいることができていた。  それが心からの笑みになるまでは、まだ時間がかかるだろう。  しかし、横に神室がいれば、いつかくるその日まで耐えられる。それほど神室の存在に助けられていた。

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