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第2話
「王」の字型をした校舎の隣には、大きな塔のような建築物がある。
聖アルカナ大図書館。
学園の敷地の隅にのっそりとそびえ建つその建物は、国内でも指折りの書物庫の一つだ。バロック様式の豪華絢爛な装飾や視覚的要素は、見た者をヨーロッパへといざなうよう。
だが秘密主義のこの学園内にあるせいで、世間一般の目に触れることはまずない。だからこそ、ここに来るたびに少し得をした気分になる。
僕は木製の大きな扉を開け、中に入った。
中央は吹き抜けのホールに、ガラス造りの天井から太陽光が降り注いでいる。壁一面を埋め尽くす巨大な書棚の間を、まるで巨大迷路のような木製の階段が繋いでいた。
何度来ても、その圧倒的な光景には息を呑む。が、僕は上を見上げ、思わずため息をついた。
気の遠くなるような高さだ。
はあともう一度息を吐きだし、仕方なく迷路のような階段を上り始める。
課題の資料集めのためによくここを利用するが、今日の目的はそれじゃない。興味をそそられる書物があるが、なんとか自分に言い聞かせてスルーした。
「誰にも見られないようにとはいえ、この高さはな……」
無意識に声が漏れた。
階段を上がるにつれ、床が遠くなっていく。下を向くと足がすくみそうになるので、顔は上方向に固定したまま、足を動かし続けた。
ようやく一番上まで着くと、手すりに体を預けた。
もう何回も上っているはずなのに、毎回疲れる。
何とか息を整え、一歩踏み出した。
そこは────
植物園だった。
南国の樹々やシダが生い茂り、天窓から射し込む柔らかな日光に明るく輝いている。ここはほとんどの生徒が知ることのない秘密の花園だった。誰の目にも触れることのない場所であるにもかかわらず、驚くほど丁寧に手入れが行き届いている。
その温室の床に寝そべり、昼寝をしている生徒が一人いた。百九十センチを超える長身を、マリンブルーカラーのブレザーが包み込んでいる。艶のかかった黒髪が、そよ風に優しく揺れていた。
ガラス天井から降り注ぐ光が柔らかに彼を照らしており、まるで神からの祝福を受けているかのよう。その空間だけ周りと違う空気感が漂っていた。そのあまりにも神々しい姿に、僕は見惚れ続けた。
「そんなに見つめないでよ。恥ずかしいんだけど」
気配を察したのか、彼は目をつぶったまま口を開いた。
「……起きてたんだ」
彼────
天城零夜 は「よいしょっ」とつぶやきながら上半身を起こすと、大きく口を開けて欠伸をするのと同時に、すらりと長い手足を伸ばした。
「ここポカポカしてて暖かいから、思わず寝ちゃった。彗月 もそんなところにいないで、こっちおいで」
天城は自身の隣をポンポンと軽く叩いた。吸い寄せられるように近寄っていき、隣に腰を下ろす。それと同時に腕が引っ張られ、吸血鬼特有の甘い香りに包まれた。
「あぁ……めっちゃ癒される」
耳にかかった吐息がむず痒くて、体がビクンと無意識に反応してしまった。
「あ、彗月 って耳弱いんだ」
「ちょ、耳元で喋んないでよ……」
「素直に認めないところも可愛いね」
「……っ」
気が付いた時には床に押し倒されていた。ネクタイがしゅるりと引き抜かれ、ワイシャツのボタンが器用に外されていく。
「今日の午前中、体育があったから疲れちゃって。いつもより多めにもらうけど許してね」
言い終わるのと同時にシャツがはだけ、肩までが一気に露わになった。急に外気に触れた肌が、寒さに震えた。
「……力抜いててね。いただきます」
天城が大きく口を開け、尖った犬歯が太陽の光を受けてきらりと光った。それを目で追い、視界から消えた次の瞬間、鈍い痛みが首筋を襲った。
「んん………っ」
目を強くつぶる。歯が皮膚に突き立てられる瞬間は、何度経験しても慣れることはない。無意識に力が入ってしまうのを、天城は指と指を絡み合わせながら、ゆっくりとほどいていく。
天城いわく、こういう少しの力みや緊張によっても、血の味や舌触りが変わるらしい。
直後、全身をじんわりと温かさが包み込んだ。痛みが和らぎ、自然と体の力も抜けた。
それを合図にするかのように、天城が血を吸った。
「ん……あっ」
まるで何か違う行為をしているかのような自分の声に、羞恥心でいっぱいになった。手で口を塞ぎたいのに、血を吸われている間は天城の手によってがっちり固定されてしまうため、自分で唇を噛み締めるしかなかった。
飲まれている時間がいつもより長いせいか、体が急激に熱を帯び始めている。体の中心部から熱い何かが込み上げてきて、何も考えられなくなりそうだった。
「……ねぇ天城、もう……ッ」
頭が朦朧とする。
それに気づいてか、天城は最後に強く吸い上げると口を離した。下唇についた血痕をぺろっと舐め、「ごちそうさま」とつぶやく。
「はぁ……はぁ……」
呼吸の乱れている僕を、天城は申し訳なさそうな瞳で見つめてきた。手が伸びてきて、頭を撫でられる。
「……起こしてあげるから、時間まで寝てていいよ」
天城はブレザーを脱いで僕にかけると、また優しく頭を撫で始めた。
疲れと、日光の暖かさと、天城の手と。
襲ってくる睡魔にあらがえず、瞼をそっと閉じた。
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