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第4話

「ねぇ! 何でさっき名前呼んだのに無視したの!」 車に乗り込んできた天城の第一声はそれだった。 「いや、無視したっていうか……」 「ちょっと待って」 急に口調を強めて制してくるので、何事かと思い口をつぐむと、天城はじっと瞳を見つめてきた。 黒曜石のように澄んだ瞳が、至近距離で僕を捉える。その瞳の奥に自分の姿が反射して映っており、恥ずかしさで視線を逸らした。 天城はそれでも顔を寄せてくる。体が強張り、徐々に後ろへと体を引くと、車の扉に背が当たった。これ以上近寄られたら、逃げ場がない。 唇を噛んだその時、天城の動きが止まった。そして形のいい鼻を数回動かす。首筋を空気が撫で、肩がはねた。 「……なんか、吸血鬼臭いんだけど」 「そ、そりゃ天城に触れられたら、匂いが移る……」 両手で天城を押し返しながら言いかけて、思い出した。そうだ。ついさっき他の吸血鬼に抱き止められたばかりだった。 言い淀む僕を見て、天城は射るような冷たい視線を向けてきた。車内の温度が二、三度下がったように、背筋がぞくりとする。 「その……」 別に悪いことをしたわけじゃない。それなのに、なぜこんなにも居心地の悪さを感じるのか。転びそうになったのを助けてもらった、と言えばいいだけなのに、舌が強張って上手く喋れなかった。 「他の吸血鬼に触らせたんだ」 「さ、触らせたというか、その……転んだのを助けてもらったんだ」 「それだけでこんなにも匂いが移るの?」 彼は時々、独占欲のようなものをぶつけてくることがある。僕が他の人と仲良くしていたり、他の吸血鬼と会うことに対して、極端に嫌悪感を滲ませる。 掴み返された手首をきつく握られ、思わず「痛っ」と声が漏れたが、それでも天城は手を離すことはしなかった。 「は、離して……っ!」 その凍てつく視線に耐えられず、ありったけの力で腕を振りほどいた。だがその行動と返答は、天城の機嫌を損なわせるには十分だった。 「意地悪」 ぼそっとつぶやいた天城は、それきり窓の方を見て口をつぐんでしまった。 掴まれていた手首を見ると、ほんのりと赤くなっている。そこを反対の手でさすりながら、窓の外を見た。外の景色はどんどんと後ろに流れていき、考える暇も与えてはくれない。 口の中が、じんわりと苦くなった。 天城以外の吸血鬼と会うのは、ずいぶんと久しぶりだ。天城とは大丈夫なのだから、他でも大丈夫だと思っていたのに──── 残り香が制服についていて、今すぐにでも脱ぎ出したかった。 ぼんやりと景色を眺め続けること少しの間。「着きましたよ」とかけられた運転手の声に、はっと我に返った。顔を上げると、いつの間にか車は止まっていて、天城家の大きな邸宅が窓の外に広がっていた。 「ありがとうございます」 ドアを開けてくれた運転手に礼を言い、車から降りた。 相変わらず大きな家だ。 白を基調とした外壁に植物の緑が映える重厚な邸宅は、誰もが羨むような豪邸。この家を見るたび、スターズの飛躍を思い出す。その転機となったのが、一本の薬だった。 そんなことを思い出しながら、僕はちらりと天城の顔を見た。まだ拗ねているのか、仏頂面を浮かべていた。視線に気がついたのかこっちを向く。 一瞬口を開きかけたが、またすぐに顔を背けてしまった。 「まだ怒ってるの?」 「……別に怒ってないし」 そう言葉では言うものの、声の裏には不機嫌さがまだ滲んでいた。それでも、長年の付き合いで、もう少しすれば斜めになってしまった機嫌もなおるだろうとわかった。 それよりも、問題は違うことにある。 彼に無理難題を押し付けられませんように、と祈りながら玄関に足を踏み入れた。

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